坂本龍一『B-2 UNIT』の革新性について、音楽評論家・柳樂光隆に聞く

2019/10/18
坂本龍一のセカンド・ソロ・アルバム『B-2 UNIT』は、YMO人気が絶頂を極めていた1980年にリリース。当時の先端音楽シーンで注目されていたダブやアフロといった要素を、独自の解釈で取り入れた意欲作で、今なお聴き手に新鮮な驚きを与え続けています。そんな名盤『B-2 UNIT』に、リマスタリングが施されたリイシューが登場。e-onkyo musicでも本作初のハイレゾ音源の配信がスタートしています。この機会に、本作の革新性に迫るべく、音楽評論家の柳樂光隆さんをお迎えし、ハイレゾ音源を試聴しながらお話をうかがいました。

文・取材◎北口大介 写真◎山本 昇 協力◎DYNAMIC AUDIO 5555

■90年代末に『B-2 UNIT』と出会う


── 柳樂さんは1979年のお生まれですので、『B-2 UNIT』はリアルタイムではなく、後の時代になって聴かれたと思うのですが、どのようなきっかけで本作と出会ったのですか?

柳樂:時代としては再生YMOのころです。中学生のころ、『テクノドン』(1993年)に収録されていた「ポケットが虹でいっぱい」がドラマ(『谷口六三商店』/TBS/1993年)の主題歌に使われていたんですね。インド人役の鷲尾いさ子が象に乗って下町に嫁いでくるという、さくらももこ原作の、ものすごくぶっとんだ、しかしだれも覚えていないドラマです(笑)。これがYMOとの出会いかな? その後、『土曜ソリトンSIDE-B』(NHK教育テレビ/1995年〜1996年)で盛んにYMOや坂本龍一が特集されていて、それをきっかけに坂本さんが好きになり、新譜を買ったり、旧譜をレンタルしたりしていました。その流れで『B-2 UNIT』に出会ったという感じです。

僕の世代はDJをやっている人が多かったので、テクノやオールドスクール・ヒップホップの文脈でさかのぼって収録曲の「riot in Lagos」にたどり着く人も多かったと思いますけど、僕はそういうおしゃれな流れではありませんでした(笑)。

── 90年代の末ということになるかと思いますが、初めて聴いたとき、どのように感じましたか?

柳樂:聴きやすいといったら変ですけど、そのころすでにWarpなどからリリースされているテクノを聴いていたので、その耳には自然になじみました。逆に、多くの70年代/80年代のテクノポップはちょっと変わったものというイメージで、自分たちの世代の音楽と関係がある感じがあまりしなかったので、なじみにくかったですね。だから、『B-2 UNIT』に関しては、YMOの諸作よりもリアリティがあるものとして聴くことができました。

YMOが一度解散した後のプロジェクト……例えば『テクノドン』はYMOの3人が90年代のテクノを意識して作った感じがあるし、スケッチ・ショウも同時代のMorr Music的なエレクトロニカと通じるサウンドで、自分たちに近い感じがしていたんです。『B-2 UNIT』はその延長で聴ける不思議な作品だと感じていました。それもあって、なんとなく『B-2 UNIT』はYMOが解散した後に作られたものかと思っていたんですけど『テクノデリック』(1981年)や『BGM』(1981年)よりも前と知って驚きました。


── 90年代の音楽シーンの中で、柳樂さんはどのように『B-2 UNIT』をとらえていましたか?

柳樂:当時は、マッシヴ・アタックなどブリストルのアーティストが注目されたり、プライマル・スクリームがダブを取り入れたり、その流れでダブの再評価が行われていた時期で、Pressure SoundsやHeartbeat、Soul Jazzといったレーベルからレゲエのリイシューものがたくさんリリースされていて、僕もそういったものが好きで買っていたこともあり、ダブに親近感がありました。その中でも僕は、キング・タビーやリー・ペリーあたりのオーガニックなサウンドよりも、デニス・ボーヴェルの『I Wah Dub』(1980年)のような、ほぼテクノと言えるような硬質なものが好きでしたね。『I Wah Dub』がCD化されたときはタワーレコードの試聴機で聴いてびっくりしてすぐレジに持って行ったのを覚えています。

『GROOVE』などのクラブ系雑誌で、テクノに影響を与えた存在としてダブが取り上げられるような時代で、僕自身Basic Channelの元ネタとして名前が挙がっていたNYのダブ/レゲエ・レーベルのWackiesの音源を探してみたり、オーディオ・アクティヴや、こだま和文さん、エイドリアン・シャーウッドあたりのデジタルでドライなダブをよく聴いていて、『B-2 UNIT』は、そういう美意識に近い音響という感じがしました。

少し話は逸れますが、そのころはみんなテクノのルーツや近い感触の音を探していて、僕はライターの原雅明さんが紹介するものをかなり読んでいました。あとは、ゆらゆら帝国のようなサイケな人たちが好んだノイ!やアシュ・ラ・テンペルといったクラウトロックをテクノのルーツとしてとらえたり、クラスターやメビウス、ローデリウスなどの電子音楽や彼らとブライアン・イーノがコラボしたアンビエントをエレクトロニカのルーツとしてとらえたり、そういった文脈でコニー・プランクやPhewにたどり着く流れがあり、坂本さんがプロデュースしたPhew(「終曲」/1980年)も聴いていましたよ。

■あらためて聴いて感じる革新性


── 今あらためて『B-2 UNIT』を聴いてみて、出会ったころの印象と変わったところはありますか?

柳樂:出会った当時は、なんとなくテクノっぽいなくらいのイメージで聴いていましたけど、あらためて聴いてみると本当に『async』(2017年)なんかでやろうとしている音像と通じるものを感じます。90年代にシカゴの音響派の人たちがやろうとしていたような、奥行きやパンニングをうまく使って、少ない音数で表現するような。かといって実験音楽っぽくならないようにやっていて、坂本龍一という人は、やりたいことと言うか、美意識みたいなものは変わらないんだなと思いました。

── 本日は、DYNAMIC AUDIO 5555のハイエンドなシステムで『B-2 UNIT』を聴いていただきます。さらに新しい発見があるかもしれませんね。

<「differencia」を試聴>

柳樂:僕の『B-2 UNIT』のイメージはこの曲です。ドカドカいっていて……すごいですね。これはすごい。ハイレゾで聴くと音が全部聴こえるので、今までの印象よりさらに「何をやりたかったのか分からない」感が増しました(笑)。それくらいすごい。ザラッとしていて刺々しくて。クールじゃない感じがありますよね。坂本さんってそういうのをアルバムでガンガンに出すタイプじゃないですもんね。

<「thatness and thereness」を試聴>

柳樂:歌もので“ザ・教授”という感じ。なんだか『ブレードランナー』っぽさを感じるんだけど、あの映画は1982年公開なので『B-2 UNIT』よりも後なんですね。テクノロジーに希望があったころの近未来感というか。

僕は、1曲目と2曲目がすごく坂本さんっぽいと思っていて。ご本人に2回ほど取材させていただいたことがあるんですけど、『The Revenant』(2016年)の取材をしたとき、当時はわりとメロディなど、いわゆる音楽理論的なものから離れてやりたいというモードだったところに「チャイコフスキーのような曲を書いてくれというオーダーがきたのですごくムカついた」と。「あんな甘ったるいものが書けるか」と言って突っぱねたという話をされていたのですが、僕は「そうは言ってもあなた『BTTB』(1998年)の人ですよね」と思わずにいられませんでした(笑)。ラディカルで非西洋的な、ルールに縛られない、あらゆるものを解体したようなものを目指す一方で、ちょっとメロディを書くとすごく印象的で分かりやすく、みんなが好きになってしまうようなものを書いてしまう。その2つの面が共存しているなと思って。1曲目と2曲目にそのアンビバレントな二面性を感じて、ここがすごく坂本龍一っぽいなと思います。さらに言うと、2曲目もメロディを抜いたらすごく実験的な感じになりますよね。後ろの音自体はクラシックやポップスの考え方と全然違う。それが『B-2 UNIT』らしさなんだと思います。


<「participation mystique」を試聴>

柳樂:かっこいいですね。ちなみに、こういうスティーヴ・リリーホワイトみたいな、サスティンの短いドラムはこれ以前の時期にもあったのですか?

── ゲート・リバーブの手法が注目されたのは1980年の『ピーター・ガブリエル III』ですので同時期だと思います。

柳樂:なるほど。生とシンセが混じったようなドラムの音が面白いですね。ハイレゾで聴くと印象が違うというか、より実験的な音に聴こえる。サスティンの短い音の組み合わせで、微妙に定位を変えるだけでこんなに面白い効果が出るのかと思いました。すごくドライで、テクノっぽいですね。ストイックな音楽だ、あらためて聴くと。

ドラムは教授本人がたたいているんですね。そういうところポストパンクっぽいな。ジャズでも、オーネット・コールマンが自分の息子にドラムをたたかせたりしているんですよ。それまでビリー・ヒギンスという名手をずっと使っていたのが、突然アマチュアの息子を連れてきた。プリミティブさとか、それによってしか出ない質感やエモーションを狙ったものだと思いますが、この曲にもそれを感じました。

<「E-3A」を試聴>

柳樂:この曲が一番ダブっぽいですね。でも、デニス・ボーヴェルを起用しているわりには、いわゆるみんなが思うようなダブにはなっていない。ダブっぽいディレイの「ここから先が気持ちいい」というところをバサッと切っていて。そういう分かりやすい感じはいらない、という硬派さというか。そうやって一番気持ちいい部分をあえて抜いたことによって作品の寿命も延びている気がします。ジャンル感が希薄なのもそのせいかもしれないですよね。

<「iconic storage」を試聴>

柳樂:リマスターのせいでしょうか、すごく低音が出ていますね。『千のナイフ』(1978年)の発展系という感じで、分かりやすく宇宙っぽい。80年代の宇宙観。展開もすごく変わるし、ところどころ使われるディレイやフランジャー……本当に何を考えて作っていたのか分からない(笑)。今で言うDJの感覚に近かったのかも。先ほども言ったゲート・リバーブ的なドラムとか、シンセ・ベースの音色が逆に今っぽいですね。シンセ・ベースは、ここ5年くらいジャズのシーンでも使う人が多いんですよ。

今思ったのは、90年代の終わりごろの、レディオヘッドの『OK Computer』(1997年)やシカゴのトータスあたりがやっていた、エディットされたバンド感、それの機械寄りのものとして『B-2 UNIT』を聴いていたかもしれない。全く人間性のないテクノよりも人間性が混ざっている感じ、そこが面白かったのかな。打ち込みの上に生演奏を乗せるデトロイト・テクノやクラブ・ジャズの考え方とは違う、人間っぽさはあるんだけどそこに人がいない感触もあるというか。

<「riot in Lagos」を試聴>

柳樂:いやぁかっこいいですね。ミックスもすごくいい。生かデジタルか分からない不思議な音の組み合わせ。リズムも、フェラ・クティやトーキング・ヘッズのようなアフロ感なんだけど、一番それっぽいシグニチャーとなるところは使っていない感じがしますね。そこが無国籍感を醸し出している。メロディのせいもあり、アフリカだけどオリエンタルな感じ。そういうところも教授っぽい。

2018年に、アンジェリーク・キジョーがトーキング・ヘッズの『Remain in Light』(1980年)をカバーして、それについての原稿を書いたことがありました。ディアンジェロのバンドのベーシストやトニー・アレンを起用してフィジカルなネオ・ソウルに仕上げ、すごくかっこよかったんですけど、そのときあらためてトーキング・ヘッズを聴いてみたら、そういうフィジカルな要素が全くなくて、すごく人工的な、すごく即物的なところがポストパンクだなと感じたんです。インスパイアはされているけどファンクもアフリカもそんなに感じない、そこが面白い。『B-2 UNIT』にも同じものを感じました。「よくある感じにはしないぞ」という、カウンターというかオルタナティブというか、ひねくれた感じが坂本さんらしくて好きです。

<「not the 6 o'clock news」を試聴>

柳樂:ハイレゾだと質感がよりはっきり出ますね。ラジオみたいな音とギターのコントラストが際立っています。ギターは、本当にすぐそこで弾いているように聴こえる。録り音がすごくいいんですよね。フレーズやカッティングの感じがパンクっぽい。しかし……これはリリース当時のYMOファンは困惑したでしょうね。これを聴いた後だと実験的だと言われている『BGM』もキャッチーに思えますね(笑)。


<「the end of europe」を試聴>

柳樂:終末感ありますね。マーラーみたいな音楽を聴いているような気持ちになりました。ハイレゾの音だと後半の迫り方がすごいですね。一方ちょっとスペイシーで、『2001年宇宙の旅』ノリの壮大さもあり、近未来思想と終末思想が混ざっている気がします。

以前、『Ryuichi Sakamoto: CODA』について坂本さんにインタビューしたとき、映画の中に出てきた昔のドキュメンタリー映像で坂本さんがテクノロジーについて楽観的に語っていたのを見て「ずいぶん楽観的でしたね。もっとシニカルな人かと思っていました」と伝えたら、「今思うとそうだよね。未来、テクノロジーに対して楽観的だった」とおっしゃっていて。制作当時、そういう気分があったのかもしれないですね。

■こういうものがキャッチーである可能性を確信していたのかも


── 全編を通して聴いていただきました。あらためて、感想は?

柳樂:全体的に「これは合っているのだろうか」と感じさせる、ズレた感じがたくさんあったのが印象的でした。「the end of europe」も思わぬタイミングでリズムが重ねられていたし、ズレているというか、同期していない感じがすごくある。

少し前に、シャソールというアーティストにインタビューしたことがありました。彼は映像に合わせてピアノを弾くというスタイルを持っているのですが、話を聞くと「映画にしてもミュージカルにしても、基本的に同期なんだ」と。「画面の中の人が動いたときに音が鳴り、止まったときに音も止まる。その快感なんだ」と。教授は逆に、合わないことへのこだわりがずっとありそうだなという感じがする。YMOはもっと整合性のある整った音楽だけど『B-2 UNIT』は何が合っているか分からない感じ。かといって、実験的な現代音楽というほどではない。意外と聴きやすいところもあるでしょう? だから長い間、聴き続けられていると思うんだけど。なんだろう……坂本さんのポピュラー音楽に対するとらえ方はかなり先を行っていたのかなという気がしますね。こういうものがキャッチーである可能性を、当時から確信していたのかも。

── なるほど。

柳樂:坂本さんってそういうところがある気がするんですよ。今当たるかどうかに関心があるようでないというか。先見性があって、例えば『BTTB』を出したら、そのあとにポストクラシカルみたいな動きが出てきたり、「ジョビンはショパンやドビュッシーのようだ」と言っていたら、そのあとにボサノバをクラシック音楽的にやる人たちが増えてきたり。嗅ぎつけているのか、たまたまなのかは分からないですけど。

また、やりたいことをやっているだけのようでありながら、その中に彼が考えるポピュラー音楽観みたいなものがあって、あとからそれが誰かに刺さったりする。キングというプリンスが晩年に可愛がっていたR&Bトリオがいて、彼女たちが坂本龍一好きで、『sweet revenge』(1994年)、『SMOOCHY』(1995年)の時期がいいって言っていましたね。フライング・ロータスやサンダーキャットも坂本龍一を敬愛しています。ジャズ・ミュージシャンにもファンが多いんですよ。ジェイソン・モランという、ジャズ・ピアニストの中ではトップクラスのミュージシャンがいますが、彼は教授のニューヨークのコンサートで挨拶しに行ったほど。いつか一緒にやりたいと言っています。彼らはきっとまだ我々が見えていない坂本龍一の面白さに気づいていると思うんですよね。

何がどこでどのタイミングで評価されるか予想がつかないのも坂本龍一作品の特徴なのかもしれませんね。そんな彼の諸作品の中でも『B-2 UNIT』は、われわれにも分かりやすい普遍性と実験性を備えた常にフレッシュに聴くことができる作品だと言えると思います。


柳樂光隆 プロフィール
79年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。『MILES:Reimagined』、21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など
オフィシャルサイトはコチラ

<試聴システム>
パワー・アンプ:Accuphase A250
プリ・アンプ:Accuphase C3850
スピーカー:B&W 800D3
ネットワーク・トランスポート:ESOTERIC N-03T
アップ・サンプラー:CHORD BluMK2
D/A コンバーター:CHORD DAVE
ミュージック・サーバー:DELA HA-N1AH20/2

※機材に関するお問い合わせはDYNAMIC AUDIO 5555(担当:島・天野)まで
https://dynamicaudio4f.wordpress.com/
TEL : 03-3253-5555

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<YMO過去記事一覧>
・YMOハイレゾ第1弾発売記念!TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND ハイレゾ版YMO試聴座談会
・YMOハイレゾ第2弾発売記念インタビュー! シンセサイザー・プログラマー松武秀樹が語るYMOの音作り
・YMOハイレゾ第3弾発売記念インタビュー! エンジニア飯尾芳史に聞くYMOのレコーディング
・YMOハイレゾ第4弾インタヴュー! ブロードキャスター、ピーター・バラカンが語るYMOの歌詞作り

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