【10/18更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2019/10/18
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
トム・ウェイツ『Heartattack And Vine』
20代のころの大切な仲間を思い出させてくれもする、地味ながらも心に染みるさくれた名作


20代の前半から中盤にかけ、荻窪にあったマニアックな貸レコード店で働いていました。ジャーマン・プログレから最新のヒップホップまでを採算度外視で網羅した、必要以上にマニアックなお店。

ちなみに当時は「自称フリーランスのイラストレーター」だったのですが、実際のところほとんど仕事はなかったので、その店が本業のような感じになっていたのでした。

もちろんメリットは、好きなレコードをいくらでも聴けたこと。しかしそれ以上に、常連さんが頻繁に会いに来てくれたことがとても重要だった気がしています。

「別に借りたいものはないんだけど、(僕の)自転車が停まってたから、いるんだなと思って来てみた」

そんなことを言いながら店に入ってくる常連が多く、いつの間にやら小さなコミュニティのような感じになっていったのです。

何時間もとぐろを巻いているやつも少なくなかったし、仕事が終わってから飲みに行くこともあったし、つまりは仲間がたくさん集まってきたわけです。

初めて会ったときは23歳くらいだったタケジも、そんな仲間のひとりでした。

若いのにブルースが好きで、安い古着も最高にかっこよく着こなすセンスの持ち主。

交通誘導員のアルバイトをしながらお金を貯めていて、しばらくしたら編集の専門学校に通いはじめたんじゃなかったかな。そうだそうだ、そののちSM雑誌の編集者になって、「ああいうのを見せつけられちゃうと、きつくてさー」とか愚痴っていたこともあったっけ。

いずれにしてもタケジは常連である以前に、大切な仲間だったわけです。僕がその店をやめたことで、そのコミュニティも自然消滅してしまったのですが。

なんの脈絡もなかったのですが、先日いきなりタケジのことを思い出しました。そして、「どうしてるのかな」と思って名前を検索してみました。いまは検索すれば、どこでなにをしているかがわかったりもするじゃないですか。

その結果、13年前のミクシィの記事に引っかかりました。発信者は中野のブルース・バーの方で、そこには衝撃的なことが書かれていました。

「訃報【○○○○さんが亡くなりました】」

いうまでもなく、「○○○○」に書かれていたのはタケジの本名です。やつはそのブルース・バーの常連だったらしいのですが、なんでも心筋梗塞で他界したとのこと。一人暮らししていたマンションで倒れているのを、会社の人が見つけたのだそうです。

正確な年齢はわからないものの、40代前半だったはずだというので、残念ながら年齢的にも計算が合います。

晩年は、カメラマンをやっていたのだとか。そういえばあのころも、故郷のおじいちゃんを黒いサングラスとアコースティック・ギターで“正装”させ、ブルースマンっぽくして撮影したりしてたな。あれは遊びだったけど、そういうセンスをお金にすることができていたんだな。

しかし、やはり後悔の念に襲われたのでした。僕は13年間も彼の死を知らなかったことになるわけですし、その書き込みによれば、さほど遠くはない場所で暮らしていたようでもあるので。

だから、なぜもっと早く連絡しなかったのかと、自分を責めずにはいられなかったのです。「人って、あっけなく死んでしまうものなんだな」と考えると、体の力が抜けいくような気がしました。

その日からしばらく経って、もう何年も聴いていなかったトム・ウェイツの1980年作『Heartattack And Vine』をまた聴きたくなったのは、タケジのことを思い出したからかもしれません。

ジム・ジャームッシュの映画『ダウン・バイ・ロー』で主演していたトム・ウェイツのコミカルな演技がたいそう気に入ったらしいタケジが、店に来たときに何度もその真似をしてみせたことをおぼえているからです。

トム・ウェイツに関してはタケジとも、『Rain Dogs』や『Franks Wild Years』について「いいねえ」と話していた記憶があります。でも、今回『Heartattack And Vine』が頭に浮かんだことには、取り立てて意味があるわけではありません。

つまりはなんとなく思い出しただけなのですが、『Heartattack And Vine』というタイトルは彼の死因である心筋梗塞を思い出させたりもして、そう考えるとちょっといやだな。

ただ、改めて聴きなおしてみると、とてもいい作品。

タイトル曲のブルージーなイントロや、バラードの“Saving All My Love For You”、ブルース・スプリングスティーンも取り上げた“Jersey Girl”などなど、どこを切っても時流に左右されることのないトム・ウェイツらしさが充満しています。

聴いているとどうしてもタケジの顔を思い出してしまうのが、少しばかり困りものですが。

近いうち、ミクシィに訃報を書いてくれたオーナーがいる中野の店を訪ね、生前のあいつのことを聞いてみようと思っています。



『Heartattack And Vine (Remastered)』
Tom Waits



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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

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