【連載】agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第4回

2019/09/27
先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その3

もうすっかり涼しい日も増え、秋の様相を見せていますね。ですが、この夏自分は夏らしいことをほとんどしなかったなぁ、なんて思いながらこの記事を書いています(笑)

 

前回までは、レコーディング・エンジニアの仕事内容、特に自分たちが普段「録り」と言っている部分、ベーシックレコーディングからオーバーダビング(ダビング)について大枠で触れてきました。

 

現代の音楽制作スタイルだと、ベーシックレコーディングすらなく、アレンジャーやプロデューサーが作ってきた打ち込み(※1)トラックを基本使い、一部の楽器や歌周りだけをダビングするだけのレコーディングも非常に多いです。もしかしたらその方が多いかも、ですね。

 

とはいえ、ベーシックレコーディングや、皆が一緒に演奏をして録音をする、いわゆる「同録」は全くしないのか?というと、そういう訳ではありません。

 

トラック(楽器)単体で見ても、やはり打ち込みトラックでは出せない「ノリ」みたいなものがあります。更に複数の楽器を同時にレコーディングとなれば、それこそセッションだからこそ生まれる「ノリ・空気感・熱量」といった「数値では表せない何か」を収めることができます。カッコ良く言うと「グルーヴ」や「ヴァイブス」といった言い方になるのでしょうか。それが更に全員一斉となれば…言わずもがなですね。

即興演奏、すなわちインプロビゼーションやアドリブが生命線とも言われているジャズや、側にいる楽器の音をヘッドホンからではなく直接聴きながら演奏・録音をするクラシックでは、ダビングが主体となったポップスのレコーディングとは違って、皆で演奏・録音が今でも第一選択肢となっています。それこそ作品によっては「マルチトラックレコーダーには録らずに、各マイクの音をそのまま卓でMixし、マスターレコーダーに直接録る」というような、いわゆる「2ch一発録り」も珍しくはありません。


自分もアシスタント時代はジャズレーベルのレコーディングに参加することも多く、2ch一発録りが非常に多かったです。乃木坂のスタジオにしかないレコーダーもあり、ニューヨークでそれを使って録音をしたい、じゃあお前一緒に来い、となって、NYの超名門スタジオであるAvatar Studiosでレコーダーをオペレート、なんてこともやりました。同時に録っていたハーフインチのテープも、今はもちろん当時でもまずやらなくなっていた 「テープ編集」でテイクを繋げたりも。実際に ”テープそのもの” を切って貼る作業、しかもそれが替えのきかないマスターテープだったので初めて切るときは手が震えてました。そういったレアな経験が出来たのは、あれだけの規模のスタジオに入れたからだと思っています。自分にとっては財産ですね。

 

キャリア最大規模のレコーディングとなった作品

フリーになり、そこからagehaspringsに所属してからも、ある程度の頻度で規模の大きめなレコーディングには参加させていただいています。バンドものはもちろんですし、映像作品の劇伴やテーマパーク等のBGMはクラシック寄りのアレンジが多いので、ストリングス(弦楽器)や管楽器の編成をレコーディングする機会もいただいています。

 

その中でも特殊だったのは、8月に公開されたOfficial髭男dism 「宿命」

Official髭男dism『宿命』

のブラスバンドバージョンのレコーディングです。 


Official髭男dism - 宿命 (Brass Band ver.)[Official Video]

自分のキャリア最大規模のレコーディングとなった作品です。全国から選ばれた高校生87名と髭男メンバーで総勢91名、という編成規模でした。

当初は「いくつかのグループに分けてダビングで重ねていこう」という話でしたが、ある日一転して「いや!ここは皆でせーのでやってこそ…!」という話になったようで、急遽57名(ブラスバンドと髭男メンバー)で同録、となりました。

しかもそれが結構直前に変更となったので、自分とスタジオのスタッフさん達は大慌て!57名が一度に収まるのか?マイクはどのくらい用意できる?いやいやその前に立てるスペースどれだけあるの?卓やレコーダーのインプット足りる?Cue Box(※2)も数が…、などなど…。


そのスタジオは、演歌・劇伴・フルオケ、なんでもござれの日本トップクラスの大規模スタジオだったのですが、そこのアシスタントさんやブッキングの方が口を揃えて「この規模はウチでも聞いたことがない」「初めてなので正直やってみないと何とも…」と、不安しかありません。


ブラスバンドは指向性(※3)が強い楽器が多いので、複数の楽器をまとめて一本のマイクで狙う手法が難しく、マイクを立てるスペースがオーケストラより必要になります。なので、フルオケレコーディングが可能なハコでもブラスバンドとなると…となりやすいのです。しかもメンバー以外の演者は高校生。恐らくスタジオでヘッドホンやイヤホンを聴きながら演奏なんてほぼ未経験だろうし、皆個々で応募しての参加だったので、当然「はじめまして」からのレコーディング…。
自分の経験を余裕で超える規模な上に、皆それぞれが ”初” で不確定な事ばかりという、綱渡りのようなレコーディングでした。

実際のセッティングに入るとやはりスペースはキツく、マイクの本数は減らさねばならず、残ったマイク達も思ったように楽器を狙えず…。しかも木管を始めとする弱音楽器のすぐ側に金管の強音楽器がいる状況。キャパオーバー気味の状態、かつそのハコがかなり反響の強い造りになっているので反射音も凄く、それによるカブり(※4)もなかなか…。それらのコントロールやリカバーが何よりも大変でした。弱音樂器や低音楽器はよりオンマイクにする、カブりが出来るだけ減るようにマイキングを変える、など。


ただ、試し録りをしてみると、最初からかなりのクオリティになっていました。トロンボーン奏者の村田陽一さんが指揮をしてくださったのですが、レコーディング前の練習・指導にも時間を割いてくださったおかげもあると思います。この時点で、自分を含めた録音スタッフ側も「これはかなり良い音で録れる」という確信を得ることが出来ました。この瞬間の嬉しさと安堵感は今までとはまた一味違ったものでしたね。

その後、何回かの本番録音を経ていよいよ「メンバーも交えたレコーディング!」となったのですが、高校生達にとってはサプライズだったので、その瞬間の彼らの盛り上がりは相当なものでした。そこからの演奏は劇的に変わり、前述の「ノリ」や「熱量」の変化をスピーカーからバシバシと感じましたね。OKテイクが録れた直後、自分は「あ、”(同録の醍醐味である)最高の瞬間を捉える” ってこういうことなんだ…」と僅かに鳥肌を立てながら感じたのを良く憶えています。


プロとはまた違った「高校生の若さ・熱さ」みたいな部分を感じたからかもしれません。しかも好きなアーティストと、ですからね。結果として関係者皆の予想を遥かに超える出来栄えとなり、反響もかなりいただいているようです。規模ももちろんですが、「高校生とアーティストの共演の同録」という稀有なレコーディングに参加し、やり切れたこの経験は、また一つ自分にとっての大きな財産になると思います。

瞬間を捉えるライブレコーディング
このように自分は、卓もないコンパクトなスタジオでダビングし、「In the box」すなわちPC内で完結するような、最新レコーディングスタイルを象徴するような作業もあり、一方では、劇伴や上記ブラスバンドのようなレコーディングもあり、と幅広く関わらせていただいています。

それこそ、レコーディングスタジオという空間ではない所での作業もあります。その代表例が「ライブレコーディング」ですね。これもまた、スタジオ録音とは違った意味での「瞬間を捉える」作業だと思います。観客を巻き込んだ録音ですし、ファンの前に立ったアーティストのパフォーマンスはスタジオ作業時のそれとはまた全然違いますから。何よりも録り直しが出来ない一発勝負ですし。


e-onkyoサイト内でも取り扱いのある、

 

Aimer『Aimer Live in 武道館 "blanc et noir"』

は自分のLive Mix作品で(録音は別の方がしてくださっています)、Aimer初の武道館ワンマンライブを収めた作品です。普段Aimerの作品に多く参加させていただいてますが、それとはまた違う彼女のパフォーマンスや会場の空気感を感じ取れる作品となっています。是非ハイレゾで自分のMixの意図と共にそれらを感じていただければと思います。

更に、これまたレアな機会なのですが、10月13日(日)に大阪YES THEATERで開催する『agehasprings Open Lab. MINAMI WHEEL EDITION ライブ&レコーディングワークショップ』に参加します。このイベントは普段はあまり人目に触れることのないプロデュースワークはもちろん、レコーディング・エンジニアの作業が見れる貴重な機会ですので、ご興味のある方は是非会場までお越しください。
ご応募はこちらから  http://ageha.net/lab/join/

※1: PCのミュージックソフトなどで演奏情報をプログラミングすること
※2: 録音している音を演者さんのヘッドフォンやイヤフォンに返すための機器
※3: 音の出る向きの強さや、その狭さ
※4: 録りたいもの以外の音がマイクに入ってきてしまうこと

【バックナンバー】
agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第1回
agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第2回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事
agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第3回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その2


◀森真樹 Profile▶ 

レコーディングエンジニア。agehasprings所属。

◀EVENT INFORMATION▶ 

 

森真樹 出演

agehasprings Open Lab. MINAMI WHEEL EDITION ライブ&レコーディングワークショップ』

 

agehasprings Open Lab. in Osaka
日時:2019年10月13日(日)12:30 Open / 13:00 Start / 17:30 終了予定
会場: YES THEATER

参加費用:無料(完全事前申込制)http://ageha.net/lab/join/

特別協力: 大阪スクールオブミュージック

 

1部『agehasprings Open Lab. MINAMI WHEEL EDITION ライブ&レコーディングワークショップ』

出演:玉井健二(音楽プロデューサー兼agehasprings CEO)
野間康介(音楽プロデューサー/agehasprings)
森真樹(レコーディングエンジニア/agehasprings)

ゲストアーティスト:The Songbards

MC:板東さえか(DJ)

 

~内容~

ゲストアーティストにThe Songbardsを迎え、ヒット曲を題材にライブ・レコーディングを実施。本イベントを通して、「良質な音楽」がいかにして制作されているか、「プロデュース」によって楽曲がどう変化するのかを紐解きます。

普段は決して公開されることのない、プロのアーティストとアーティストを陰で支える音楽クリエイター陣が、実際にレコーディングスタジオの中で行っている作業の一部をリアルタイムで公開する貴重なプログラム。本ワークショップ終了後にはThe Songbardsのライブ&トークもお楽しみいただけます。

 

2部 『agehasprings Open Lab. featuring Steinberg Cubase vol.2 公開アレンジ & ミックスワークショップ』

出演:玉井健二(音楽プロデューサー兼agehasprings CEO)
百田留衣(音楽プロデューサー/agehasprings)
MC:寺岡歩美(Sugar me)

 

特別協力:株式会社ヤマハミュージックジャパン

~内容~
前半では百田留衣のクリエイターとしてのキャリアや作品の数々を紐解きます。後半では2人が手掛け実際にリリースされた楽曲をピックアップし、そのアレンジ過程を再現しながら楽曲の解説をするとともに、視点の変化により楽曲がどう変化をしていくのか、サウンドのビフォー・アフターも体感できるプログラムです。

第一線で活躍するプロの音楽プロデューサー・作曲家は日々どういったことを考え、ヒット作品を創出しているのか、プロデュースとは何か、アーティストを影で支えるクリエイターの仕事に迫ります。



 | 

 |   |