HOME ニュース 【9/13更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く 2019/09/13 月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。 ジェイムス・テイラー『The Warner Bros. Albums: 1970-1976』じっくり聴き込むにも聴き流すにも最適な、ワーナー時代の全アルバムをコンパイルした豪華セット大好きだから取り上げたいと思いつつ、なかなか取り上げられなかったのが、シンガーソングライラーのジェイムス・テイラー(以下:JT)です。20歳でアップル・レコードからデビューするも、いろいろあって契約打ち切り。翌年にワーナーへ移籍して起動に乗ったのに、妻だったカーリー・サイモンとの離婚、薬物依存症、兄の死など、いろいろな苦難に直面してきた人物。だからというわけでもないでしょうが、彼の繊細なヴォーカルとメロディラインからは、人間本来の心の機微が垣間見えるような気がするのです。そしてそれは、誰の心のなかにもある悲しみや苦悩などともリンクするはず。ですが、かといって押しつけがましさのようなものは一切ありません。そのため聴く人を選ばないし、聴けば聴くほどどんどん好きになってしまうような、不思議な魅力があるわけです。ちなみに彼は1977年にコロムビアに移籍したのですが、その年の大ヒット作『JT』は、当時15歳だった僕が初めて“アルバム単位で”聴いたJT作品でした。もちろんそれ以前にも、各時点でのヒット曲は耳に入ってきていましたが、ここで本格的に「ジェイムス・テイラー」という名前を意識するようになったのです。で、そこからリアルタイムで追いかけつつ、過去の作品にもさかのぼっていったということ。だから、のちに1979年作『Flag』が再発されたとき、ライナーノーツを書かせていただけたことには本当に感動しました。でも、そんなに好きなんだったら、さっさと取り上げればいいって感じですよね? ところが、そうはいかなかったんですねえ。なぜって、どのアルバムもそれぞれ好きすぎて、一枚を選ぶのが難しいから。アップルからのデビュー作と、コロムビア時代の作品はハイレゾ化されていませんから、現実問題としてここで取り上げるのは難しいと思います。そんなわけでワーナー時代に絞ったとしても、『Sweet Baby James』(1970)、『Mud Slide Slim and the Blue Horizon』(1971)、『One Man Dog』(1972)、『Walking Man』(1974)『Gorilla』(1975)、『In The Pocket』(1976)と6枚ものアルバムが残されていて、どれも甲乙つけがたい完成度の高さ。したがって、そこから1枚だけを選ぶということが非常に難しく、「あれがいいかな、これもいいよな」と悩み続けているうち、無駄に時間が経過してしまったというわけです。そんななか、e-onkyoトップページにJTの『The Warner Bros. Albums: 1970-1976』を見つけたのは、7月の初めごろのことでした。最初はベスト・アルバムかと思ったのですが、どうやらそうではない様子。曲目をチェックしていくと、上記6作がすべて収められています。つまり、フィジカル・アルバムでいうボックス・セットであるわけですね。とはいえハイレゾでDLした場合、6枚分・計75曲を一気に聴くことになります。それはそれで体力が求められそうだなぁとも感じたのですが、JT作品となると、たとえそれが過去作品のセットだったとしても好奇心を抑えることができず、DLして聴いてみたのでした。よく晴れていたその日のことは、いまもはっきりおぼえています。BGMとして本作を流したまま、いつものように仕事をはじめたら、なんだかすごく快適だったから。もちろん聴き慣れた楽曲ばかりですから、「おお、懐かしい!」「これ、好きだったよなー」というような思いが、何度も頭のなかを通りすぎていきます。けれど前述した聴きやすいヴォーカルとメロディは、決して仕事の邪魔をしません。それどころか、仕事をするペースにリズム感がついたようにすら感じました。もしかしたら、知らず知らずのうちに気持ちが高まっていったからかもしれませんが。いずれにしても、この日の僕は、それまでとは違うJT体験をしたのでした。少なくともその日に関しては、腰を据えてじっくり聴き込んだわけではなく、仕事をしながらBGM的に聴き流していたにすぎません。しかし、それでもJTは邪魔をせず、かといって引っ込みすぎもせず、適度な距離感でその日の僕をサポートしてくれたのです。僕はもともと、ボックス・セットをまとめて聴くということをしたことがない人間でした。いくら好きでも、まとめて聴けばそりゃ飽きるだろうと思っていたから。でも本作は、そんな考え方を心地よく否定してくれました。CDと違って1枚ごとにかけかえる必要はないし、ハイレゾだけに音質も抜群だし、なによりJTの声と世界観が、ちょうどいい距離感で伝わってくるから。そのため、以後も数時間かけてじっくり取り組みたい仕事をするときには、本作を聴くようにもなりました。初めて聴いた日から42年後に、JT作品のこんな利用法を知ることになるとは思ってもいませんでしたが。◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」 『The Warner Bros. Albums: 1970-1976』James Taylor ◆バックナンバー【9/6更新】ディープ・パープル『Shades of Deep Purple』チープな牛丼チェーンの記憶と連動してしまう、ディープ・パープルのファースト・アルバム【8/23更新】ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ『The Velvet Underground & Nico』アンディ・ウォーホルによる「バナナ・ジャケット」も有名な、絶妙のバランスがクセになる傑作【8/9更新】ニルヴァーナ『Nevermind』当時のティーンエイジャーの不満や不安のはけ口となった、グランジ・ムーヴメントの火つけ役【8/2更新】ケニー・ドーハム『Una Mas』ボッサのリズムが強力なタイトル曲を筆頭に、モダン・ジャズにおける重要人物の力量が遺憾なく発揮された秀作【7/19更新】カーリー・サイモン『No Secrets』素晴らしく完成度の高いアルバム。なのに、余計な情報までがついてまわるサード・アルバム【7/12更新】フィービ・スノウ『Phoebe Snow』これからもきっと聴き続けることになる、大好きなシンガーソングライターのデビュー・アルバム【7/5更新】KISS『Alive!』ライヴ・バンドとしてのKISSのポテンシャルが最大限に発揮された、スケールの大きなライヴ・アルバム【6/21更新】マイルス・デイヴィス『Doo-Bop』頭の硬い方々からの評価は厳しいものの、時代性を色濃く反映した秀作だったことは事実【6/14更新】ドクター・ジョン『Dr. John’s Gumbo』謎の留年大学生が教えてくれた、セカンド・ラインの心地よさ【6/7更新】アース・ウィンド&ファイア『Faces』リリース当時はいまひとつ評価の芳しくなかった大作も、いま改めて聴けばなかなかに新鮮【5/24更新】クルセイダーズ『Street Life』ジョー・サンプルが、本作リリース後のランディ・クロフォードについて語ってくれたこと【5/17更新】マイケル・ジャクソン『Off The Wall』アイスコーヒーを飲みながら、井上と聴いた“Don’t Stop ‘Til You Get Enough”【5/10更新】フリートウッド・マック『Rumours』コーヒーショップで出会ったクリスチャン・グループの彼はいまどこに?【4/19更新】ザ・ビートルズ『The Beatles』ザ・ビートルズの名作に刻まれているのは、中学時代の親友との思い出【4/12更新】サリナ・ジョーンズ『My Love』サリナの名作を聴くたびに思い出すのは、本人を怒らせてしまった痛恨のミス【4/5更新】萩原健一『熱狂・雷舞』ショーケンの才能が明確に表れたライヴ・アルバムは、亡き叔父との記憶とも連動【3/29更新】ザ・スミス『Meat Is Murder』30数年前と現在をつなげてくれることになった、いま聴いてもまったく色褪せない名作【3/22更新】スティーヴ・ミラー・バンド『Fly Like an Eagle』日本での評価は低すぎる? 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