■『特別な演奏家による神々しい音楽の記録』 を聴きたい!
ひと昔前までの音楽制作というと、大きなスタジオで高級機材を使用し、熟練したエンジニアが参加して行われるものでした。そうして完成した音楽作品だけが、レコードやCD盤となり流通していく。リスナーに聴いてもらうメインの手段としては、盤をプレス量産する必要があり、そのためにはレコードやCDのジャケットといった印刷物が必要。更には、量産した数百枚の盤の在庫を保管する場所も考えねばなりません。そう、当時の音楽制作は、高額な制作予算が必要な一大プロジェクトだったのです。
多額の費用をかけて録音する音楽ですから、演奏の力量はもちろん、記録に値する音楽であることや、商売として成り立つようなヒット性が求められました。昭和や平成の膨大な音楽の記録たちが今もなお輝き続けるのは、こうした音楽制作費という高いハードルが、良い方向のリミッターとして働いていたのではないかと想像しています。
そして現代、コンピューターを使用したレコーディングの発展は、大型スタジオでなくとも、マンションの小さな一室での音楽制作を可能としました。当時の個人では購入不可能だった超高額の録音機材でなくとも、現代なら10万円そこそこの機材でDSD録音だってできてしまいます。エンジニアとしての技量よりも、いかにコンピューターでの補正作業を素早く行えるかのほうが、今の音楽制作現場では重宝されるかもしれません。音源は配信販売となり、印刷物やプレス量産の在庫問題からも開放されました。
私は、こうした音楽制作が身近になることに、すごく夢を持っていたひとりです。もっともっと音楽が誕生する機会が増え、聴きたい作品があふれかえる未来がくると信じていました。
実際、いよいよCD盤量産時代が終焉に向かいつつある今、何が起こったかと見回してみると、欲しい新譜がほとんど無くなってしまったという事実。音楽が売れない時代=音楽制作にお金がかけられなくなった・・・この負のスパイラルを抜ける突破口が、なかなか見つからないのです。
確かに新譜は、毎日のように量産されています。高額な音楽制作費というリミッターから開放されたというメリットを感じるものの、私が聴きたかった“特別な演奏家による神々しい音楽の記録”からは、大きく逸脱していっているように思えます。
聴きたい新譜が無くなっていくということから、この連載を続けていく意味を見失いそうになっていたとき、猛烈な音源の1曲がアルバム先行シングルとして配信されたのでした。私の聴きたかった、“特別な演奏家による神々しい音楽の記録”が、再生ボタンを押した瞬間からなり始めたのです!
■ムターさんの泣きのバイオリンが、ジョン・ウィリアムズ作品で炸裂!
私は、ムターさんのエモーショナルなバイオリンの音色が大好物。この連載でも、イベントで鳴らしたときに拍手が起こり、オーディオで聴く演奏に泣く人まで現れたという、ムターさんの伝説の音源をご紹介しました。(第20回 https://www.e-onkyo.com/news/280/)
そんなムターさんが映画音楽を弾く。しかも、これまた私の大好物である、ジョン・ウィリアムズ作品を弾く。まるで、盆と正月状態ではないですか!
最近の連載でご提案している購入ファイルの選び方。私は迷わずflac 96kHz/24bit
を選択し、試聴前にwav 96kHz/24bitファイルに変換保存しておいたものを聴き、本連載の音質評価もwavで行っています。今回の音源でも、flacと事前変換wavとを比較試聴しましたが、バイオリンの高域への伸びが別物でした。96kHzか192kHzかを議論するよりも、このファイル形式の違いのほうが、私の試聴環境では音質差が大きく出る印象です。
本作を聴いたときの、私の試聴メモをご紹介しましょう。
・バイオリンの高音がどこまでも伸びていく
・再生機器の性能を暴くような、低域の底が見えるくらいズンとくる低音
・ストリングス・セクションの大編成パフォーマンスでも、各音が混沌としない
・弱音時の凄まじい演奏コントロールテクニック
・バイオリンの凄腕を家のシステムで堪能できる幸せ
・バイオリンがキュ~やギュァ~ンと鳴る。キーキーではオーディオ再生不合格
・猛烈なダイナミクスにヒヤヒヤするくらい
とまあ、こんな絶賛が並ぶ試聴メモでした。とにかく聴いていて耳が喜ぶ、いや、再生しているスピーカーですら喜んでいるのが分かるくらいの音源。久しぶりに出会えました、こんなワクワクするハイレゾ音源に。魂が引き込まれるような、ムターさんの熱いパフォーマンスが圧巻です。
映画サントラだとリスニング音楽として何となく物足りない、クラシック作品だと難解すぎる・・・そんなふうに感じているなら、本作が超オススメ! 演奏、録音、アレンジなどなど、全てが超一級品でスキが全くありません。
ちなみに、本作は定額音楽配信でも聴けますから、ハイレゾ音源とガチンコ試聴してみました。いや~、ハイレゾの圧勝。ハイレゾを聴いてしまうと、定額音楽配信で聴くバイオリンは高域が丸く感じます。音像は狭く、立体感も甘い。本作はハイレゾで聴く価値がある。ハイレゾで聴いてこそ、真の魅力に触れることができる。そう断言しましょう。
時に稲妻のように激しく、時に鏡の水面のような静寂を感じさせるバイオリンの音色。しかも、見た映画なら、なんとなく知っているメロディーたち。こういう泣きのバイオリンが聴きたかった! ムターさんの作品で、私は本作が一番好きかも。早くも2019年の個人的ナンバーワン候補のハイレゾ作品が登場しました。
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【バックナンバー】
<第1回>『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』 ~アナログマスターの音が、いよいよ我が家にやってきた!~
<第2回>『アイシテルの言葉/中嶋ユキノwith向谷倶楽部』 ~レコーディングの時間的制約がもたらした鮮度の高いサウンド~
<第3回>『ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」(1986)』 NHK交響楽団, 朝比奈隆 ~ハイレゾのタイムマシーンに乗って、アナログマスターが記憶する音楽の旅へ~
<第4回>『<COLEZO!>麻丘 めぐみ』 麻丘 めぐみ ~2013年度 太鼓判ハイレゾ音源の大賞はこれだ!~
<第5回>『ハンガリアン・ラプソディー』 ガボール・ザボ ~CTIレーベルのハイレゾ音源は、宝の山~
<第6回> 『Crossover The World』神保 彰 ~44.1kHz/24bitもハイレゾだ!~
<第7回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~ スペシャル・インタビュー前編
<第8回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~ スペシャル・インタビュー後編
<第9回>『MOVE』 上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト ~圧倒的ダイナミクスで記録された音楽エネルギー~
<第10回>『機動戦士ガンダムUC オリジナルサウンドトラック』 3作品 ~巨大モビルスーツを感じさせる、重厚ハイレゾサウンド~
<第12回>【前編】『LISTEN』 DSD trio, 井上鑑, 山木秀夫, 三沢またろう ~DSD音源の最高音質作品がついに誕生~
<第13回>【後編】『LISTEN』 DSD trio, 井上鑑, 山木秀夫, 三沢またろう ~DSD音源の最高音質作品がついに誕生~
<第14回>『ALFA MUSICレーベル』 ~ジャズのハイレゾなら、まずコレから。レーベルまるごと太鼓判!~
<第15回>『リー・リトナー・イン・リオ』 ~血沸き肉躍る、大御所たちの若き日のプレイ~
<第16回>『This Is Chris』ほか、一挙6タイトル ~音展イベントで鳴らした新選・太鼓判ハイレゾ音源~
<第17回>『yours ; Gift』 溝口肇 ~チェロが目の前に出現するような、リスナーとの絶妙な距離感~
<第18回>『天使のハープ』 西山まりえ ~音のひとつひとつが美しく磨き抜かれた匠の技に脱帽~
<第19回>『Groove Of Life』 神保彰 ~ロサンゼルス制作ハイレゾが再現する、神業ドラムのグルーヴ~
<第20回>『Carmen-Fantasie』 アンネ=ゾフィー・ムター ~女王ムターの妖艶なバイオリンの歌声に酔う~
<第21回>『アフロディジア』 マーカス・ミラー ~グルーヴと低音のチェックに最適な新リファレンス~
<第22回>『19 -Road to AMAZING WORLD-』 EXILE ~1dBを奥行再現に割いたマスタリングの成果~
<第23回>『マブイウタ』 宮良牧子 ~音楽の神様が微笑んだ、ミックスマスターそのものを聴く~
<第24回>『Nothin' but the Bass』櫻井哲夫 ~低音好き必聴!最小楽器編成が生む究極のリアル・ハイレゾ~
<第25回>『はじめてのやのあきこ』矢野顕子 ~名匠・吉野金次氏によるピアノ弾き語り一発録りをハイレゾで聴く!~
<第26回>『リスト/反田恭平』、『We Get Requests』ほか、一挙5タイトル ~イイ音のハイレゾ音源が、今月は大漁ですよ!~
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<第31回>『SPARK』 上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト ~ハイレゾで記録されるべき、3人の超人が奏でるメロディー~
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<第53回>『厳選! 太鼓判ハイレゾ音源ベストセレクション キングレコード ジャズ/フュージョン編』~ 試聴テストに最適なハイレゾ音源は、これだ! ~
<番外編>『厳選! 太鼓判ハイレゾ音源ベストセレクション キングレコード ジャズ/フュージョン編』を、イベントで実際に聴いてみた!
<第54回>最新ロサンゼルス録音ハイレゾを聴くなら、これだ! ~『22 South Bound』『23 West Bound』~
<第55回>『Franck, Poulenc & Strohl: Cello Sonatas』Edgar Moreau~ エドガー・モローのチェロに酔うなら、これだ! ~
<第56回>『大村憲司 ~ ヴェリィ・ベスト・ライヴ・トラックス』大村憲司~ ライブの熱気と迫力を聴くなら、これだ! ~
<第57回>『ドリームス』シーネ・エイ~ 部屋の照明を落として聴きたい、ハイレゾ女性ボーカルはこれだ! ~
<第58回>『今ここにあるべき百戦錬磨~7人~』NOBU CAINE~日本最強の重厚グルーヴを聴くなら、これだ! ~
<第59回>『Laidback2018』、『Call me』~ OTOTEN 2018で、女性ボーカルお二人とトークイベント! ~
<第60回>『Laidback2018』、『Call me』~ OTOTEN 2018トークイベントは満員御礼! ~ たくさんのご来場、ありがとうございました!
<第61回>『B'Ridge』B'Ridge~佐山雅弘氏のピアノと、新リズム隊の強烈グルーヴ!
<第62回>『音楽境地 ~奇跡のJAZZ FUSION NIGHT~ Vol.2』 村上“ポンタ”秀一~限りなくライブそのままのハイレゾ音源! ~
<第63回>『la RiSCOPERTA』 KAN~補正に頼らぬ精密なパフォーマンスが素晴らしい、歌とピアノと弦楽四重奏!~~
<第64回>~イベントで聴いた、今一番熱い高音質ハイレゾ音源はこれだ!!~
<第65回>~二人の巨匠が強烈グルーヴする、NY録音の低音ハイレゾ決定版!~
<第66回>~音楽愛あふれる丁寧な仕事で蘇る、奇跡の歌声! ~
<第67回>『SLIT』 安部恭弘~80年代シティポップの名盤が、まさかのハイレゾ化! ~
<第68回>『Essence』 Michel Camilo~バリバリ鳴る熱いホーンセクションを堪能するハイレゾはこれだ! ~
<第69回>『Red Line』 吉田次郎~DSD一発録音は凄腕ミュージシャンが映える! ~
<第70回>『Don't Smoke In Bed』 ホリー・コール・トリオ~オーディオ御用達盤のDSDハイレゾ化は買いだ! ~
<第71回>『Double Vision (2019 Remastered)』 Bob James, David Sanborn~あの音ヌケの良い高音質アルバムの音を、ハイレゾで更に超える! ~
筆者プロフィール:
西野 正和(にしの まさかず)3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー 株式会社レクスト代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。『厳選! 太鼓判ハイレゾ音源ベストセレクション キングレコード ジャズ/フュージョン編』をプロデュース。