【新連載】agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第3回

2019/08/30
音楽プロデューサー・玉井健二が代表を務め、 蔦谷好位置、田中ユウスケ、田中隼人、百田留衣、 飛内将大、釣俊輔など今や日本を代表するヒットメーカーが多数在籍する クリエイティブカンパニー・agehaspringsがプロデュースを手掛ける、 音楽の奥行き・音楽に詳しくなっていく楽しさを体感できるプロジェクト agehasprings Open Lab.発の新連載『agehasprings ハイレゾ Open Lab.』

第3回目も、agehaspringsの気鋭のレコーディングエンジニア・森真樹が独自の視点でハイレゾ音源の魅力を探求していきます。
先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その2

連載第3回目となる今回は、前回からの「レコーディング・エンジニアって何してる人?」という、世の中の大多数の人が思っているであろう疑問に対するお答えの続きになります。

普段、自分の仕事のことを人に説明する時に、たまにこういう質問を受けることがあります。「長くたってせいぜい5分やそこらの曲になんでそんな何時間もかかるの?」といったような。

そんな流れになった時に色々その人に伺うと、大抵 ”マルチトラック録音” の事を知らず、「せーので録って(いわゆる同録ですね)、良いテイクが録れたら出来上がり」と思っている場合がほとんどでした。

 

PCが普及して手軽に録音や音楽制作が出来るようになったとはいえ、音楽を作ることを掘り下げようとしなければ、なかなか知る機会はないですよね。マルチトラック録音は現代レコーディングの核とも言えるものなので、そこにもう少し触れてみたいと思います。

前回「各マイクの音を各トラックに録音していく」とご説明しました。前回のご説明の通り、トラックとは録音領域の事で、陸上のトラックを思い浮かべていただくと分かりやすいかと思います。「走者=録音される音」です。一つのトラックには同時に一人しか走ることは出来ませんが、全トラック同時に走る必要はありません。どのトラックを走らせるかは好きに選ぶことが出来ますし、一曲の間、最初から最後まで走っている人もいれば、どこかだけちょろっと走っている人もいます。空いているトラックには後から足すことも出来ますし、抜くこと(消去)も自由に出来ます。イメージとしてはこんな感じでしょうか。


その各トラックが別の音として録音・再生されるため、混ぜる前であればそれぞれの音を加工したり音量を変えたり、というのが可能になります。逆に、卓で混ぜられてしまった音はもう「一つの音」なので、それぞれの加工や調整は出来ない代わりに、一つのトラックに収めることが可能です。その仕組みを利用して、トラック数が少ない頃は、完成までのレコーディングプランから逆算して複数のマイクの音を卓で混ぜてから録ることで、トラック数を節約していました。

前述の通り、トラックさえ空いていれば後から足すことが出来るので、その曲に必要な楽器(ミュージシャン)を一同に揃えて一緒に演奏してもらう必要がなくなりました。元々録られている音に合わせて別の楽器を演奏してもらい、それだけを追加で録音が出来ます。また、別トラックに録音されていることで、後からそれぞれを弄れるので、「あとでじっくり音を調整しよう」ということが可能になりました。前者をオーバーダビング、後者をミックスダウン(トラックダウン)と言います。


この2つの作業は、作品を完成させるまでの自由度を上げる事に貢献しましたが、その反面で、トラック数の増加に伴いその割合や分量が増え、レコーディング作業全般に要する時間が飛躍的に増えることになりました。

結果、冒頭の話のような「せーので演奏して録音→良かったテイクがそのままOK =製品」ということはほとんどありません。例えば、バンドアレンジの楽曲でよくある進め方が、ドラム・ベース・メインのギターはせーので何回か録って、その中から良いテイクを選びます。軸となるリズム隊が出来たら、そこからギターを何種類も重ねたり、ピアノ、ブラス隊、ストリングス(バイオリン、ビオラ、チェロ)等はバンドメンバー以外のスタジオミュージシャンに後日演奏してもらおう、他のトラックはシンセ音源(今はPC内がほとんど)を使って作ろう、などなど。


ボーカルは更に別日を設けて録る事が多く、テイク選びや編集作業にも非常に時間を掛けます。
というように、録音だけでも数時間どころか数日掛けて作業をしていくのです。そして、それらの楽器(トラック)を録る度にエンジニアはマイクや機材を選び、セッティングを変えます。

 

ヴィンテージ機器の効能 アナログサウンドへの回帰

 

マイクや機材の選定やセッティングには前回も触れましたが、ここでもう一つ、自分が仕事のことを人に話していて、相手に良く言われることがあります。現在のレコーディング業界全体では、古い機材、いわゆる「ヴィンテージ機器」が非常に好まれるのですが、それを話すと「へえ、最新機器ばかりでやってるんじゃないんだね。」と。
もちろんレコーディング機器も日々進化してるので、最新機器も導入されています。しかし、音(サウンドキャラクター)への影響が大きいマイクやレコーダーまでの各種機材はヴィンテージ機器使用率がかなり高いと言えます。新しい機器だとしてもヴィンテージ機器のキャラクターを模したモノだったり。


理由は様々ですが、「皆過去の名盤や名曲の音を記憶していて、その音を自然と求めるから」というのが一番の理由だと自分は思っています。アナログレコードやカセットテープの音を「良い」「落ち着く」と感じたり、銀塩カメラや8ミリフィルムに根強いファンが多かったり、スマホで撮った写真をモノクロやセピア調に加工したり、というのと似ているかも知れません。古き良き雰囲気を求める感覚なんでしょうか。


逆に、その時代を経験してきていない若い世代にはカッコ良く感じたりするのでしょう。カセットテープの人気再燃はまさにその現象ですよね。

レコーディング機器だと、1970年代の機材はもちろん1950年代のものまで未だに現役です。しかも「新しいほうが良いけどこれもまだ一応使えるよ。」ではなく、皆が好んでそれを求めます。もちろんメンテナンスが行き届いている事が大前提ですが。「音が太い」「芯がある、コシがある」など、色々言われますが、要は「それでしか出ない音がある」ということです。楽器と同じ感覚ですよね。レコーダーも、録音編集の便利さからコンピューターベースのものが主流ですが、音だけで言えばアナログテープレコーダーのほうが良い、という人も多いです。

 

しかし、これらヴィンテージ機器も1980年代にはほぼ使われず、ただの「過去の機材」として倉庫に眠っていたといいます。前回も触れましたが、80年代は最新のデジタル機器台頭の時代で、皆が新しいものを好んで使用していたのが理由のようです。


そして90年代に入り、サウンドの傾向が「アナログサウンド」に回帰し始めたときに、皆がかつてのアーティストや名盤をお手本としたため、当時使われていた機材を再び引っ張り出してきた、と聞きます。

 

ビートルズサウンドとオアシス


特にThe Beatlesは、彼らの名作を数多く手掛けたエンジニアの故ジェフ・エメリック氏が革新的なレコーディング手法を次々と生み出し、現代レコーディングの礎を築いたことでも有名なので、回帰当時、いわゆる「ビートルズサウンド」を求める勢いは非常に強かったようです。
楽器に対して近距離でマイクを立てる「オンマイク」や、マイクを数本立てる「マルチマイク」は今では当たり前になっていますが、それを初めてやったのはエメリック氏だと言われています。1967年リリースの「Strawberry Fields Forever」はオンマイクレコーディングの代表的作品です。残響のない(少ない)楽器の生々しい音が非常に特徴的ですね。現代レコーディングでも、このようにトラック一つ一つを聞くと生々しく録れている状態から、Mixで色々と加工をしていく事が良くあります。

さて、90年代に再評価されたヴィンテージ機器のサウンドを求める流れは今でも続いており、今となっては価格のプレミア化が起き、中身のパーツまで同じものを使ったレプリカが次々と発売され、最新のモデリング技術を駆使してコンピューター上でヴィンテージ機器を再現するまでになっています。当然ながら自分も、当時の実機からモデリングされたソフトウェアまで、いくつも所有しています。


この「ビートルズサウンド」を始めとした、ヴィンテージ機器が持つサウンドを求めた楽曲の例として、Oasisの爆発的ヒットアルバム「(WHAT’S THE STORY) MORNING GLORY?」をご紹介します。


OasisはThe Beatlesの後継者を自ら名乗っていただけあって、サウンド面以外もその影響を色濃く感じますが、非常に明快な例と思ったので挙げさせていただきました。

当時の最新機器を考えても、決してレンジが広くスペック的な「良い音」や「キレイな音」ではないです。ですが、ビートルズサウンドのような押し出しの強さや力強さ、多少の歪み感を伴った「尖った印象」のようなものを感じていただけると思います。ただの「古臭い音」ではない、理屈じゃなく感情に訴えるような説得力があります。


全てに於いてではないですし、匙加減は様々ですが、エンジニアはこのような要素を楽曲の根幹やエッセンスとして盛り込みます。非常に気づきづらい部分ではありますが、ハイレゾ環境でしたらこのようなエンジニアの意図や思いも、より感じていただきやすいかと思います。

【バックナンバー】
agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第1回
agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第2回


◀森真樹 Profile▶ 

レコーディングエンジニア。agehasprings所属。

特注フェーダーをリアルタイム・ムーヴで操る独自のVo.レコーディング技術が並み居るアーティスト、プロデューサー陣から絶賛され、センスのみならず確かなノウハウに裏打ちされた極めて良質なサウンドメイキングに定評がある。

2001年3月Sony Music Studios Tokyoにてキャリアをスタート。
“緻密、且つスピーディ”をモットーとするそのスタイルで、久保田利伸、鈴木雅之、ケツメイシ、伊藤由奈、CNBLUE、flumpool、元気ロケッツ、Aimer等、多くのヒット作に携わり、スタジオ監修までも手掛ける若き職人。

2013年agehaspringsに加入。以降もYUKI、ゆず、JUJU、安田レイ、SHE'S、井上苑子やアニメ音楽(CX系『サムライフラメンコ』(~2014年OA)主題歌・挿入歌・劇伴)に参加するなど、精力的に活動中。

■agehasprings Official Web Site
http://www.ageha.net/archives/ageha_creator/mori_masaki



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