HOME ニュース 【8/2更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く 2019/08/02 月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。 ケニー・ドーハム『Una Mas』 ボッサのリズムが強力なタイトル曲を筆頭に、モダン・ジャズにおける重要人物の力量が遺憾なく発揮された秀作 ジャズの名門ブルーノート・レーベルといえば、各プレイヤーの個性と実力はもちろん、レコーディング・エンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダーによるサウンド・クオリティも魅力的。 しかし同様に、オリジナリティ豊かなアルバムのグラフィック・デザインもまた見逃すわけにはいきません。 グラフィック・デザイナー、リード・マイルスによるその表現は、なにより画期的なタイポグラフィ(書体やその配列によるデザイン)と、斬新な写真のトリミングが絶妙のひとこと。フォトグラファー、フランシス・ウルフによるクールな写真の魅力を、最大限に活かしていたのです。 彼はブルーノートのレコード番号1500番台と4000番台前半の大半を手がけていたのですが、どれも秀作ばかり。いまでもまったく古さを感じさせないどころか、何度見ても「かっこいいなあ」とため息が出てしまいます。 たとえばジョン・コルトレーン『ブルー・トレイン』、リー・モーガン『ザ・サイドワインダー』、ハンク・モブレー『ディッピン』など、魅力的なジャケットを挙げていけばそれだけでここが埋まってしまうことは確実なのですが、個人的には、なかでも特に好きなのが、ケニー・ドーハムの1963年作『Una Mas(ウナ・マス)』です。 セロニアス・モンク、ソニー・ロリンズ、マックス・ローチら多数のジャズマンをサポートしてきた実績も持つトランペッター。決して華やかな存在感をアピールするようなタイプではないかもしれませんが、1956年の代表作『Quiet Kenny(静かなるケニー)』を筆頭に、上質なリーダー・アルバムも数多く残しています。 『Una Mas』は1963年の作品ですが、ドーハムの開いた手のひらのなかに“UNA MAS”というタイトルが収まっているというアイデアが実に秀逸。上部のミュージシャン・クレジットも尻揃え(右揃え)になっているため左上部と中央部、そして右下部のブランク部分がちょうどいい“引き”となり、結果としてドーハムの写真とタイポグラフィがより際立つように配慮がなされています。 僕がこのアルバムを購入したのは1980年代にCDが再発されたときだったのですが、いつかLPもぜひ手に入れたいと思い続けています。LPサイズだと、デザインの魅力がさらに引き立つだろうから(でも、高いんだよなー)。 ところで言うまでもなく、本作の魅力はジャケット・デザインだけではありません。ドーハムはここで、ジョー・ヘンダーソン(ts.)、ハービー・ハンコック(p.)、ブッチ・ウォーレン(b.)、トニー・ウィリアムス(ds.)を従え、刺激的なブラジリアン・ジャズを展開しているのです。 その真骨頂は、なんといってもボッサのリズムを大胆に取り入れた表題曲。ハンコックのピアノで幕を開けるオープニングのスリリングなムード、そこに絡まるヘンダーソンのサックス、バックを固めるウォーレンの安定感、そして重要な位置を占めるウィリアムスのドラムスと、抜群のコンビネーションを聴かせてくれます。 真骨頂は、12:45あたり。ここで音が止まりかけるので「あれ、終わるのかな?」と思いきや、「ウナ~・マス!」というかけ声とともにまた曲が続くという構成。 ちなみに"Una Mas"とはスペイン語で“One More Time”という意味だそうなので、意訳すれば「もういっちょう!」という感じになるのではないかと思います。 続く“Straight Ahead”はジョー・ヘンダーソンのサックスの牽引力が素晴らしいのですが、この時点で彼は26歳だったのだとか。それどころか、ものすごいパワーを見せつけるトニー・ウィリアムスにいたっては、まだ17歳だったというのですから驚きです。 そんなところからも、当時の若手を表に出そうというドーハムの意気込みが伝わってくるようです。 ラスト“Sao Paulo”の親しみやすいブラジリアン・テイストももちろん申し分なく、とてもリラックスして聴けるアルバム。ハイレゾだと明らかにCDよりも音像が立体的になるので、文句なしにおすすめできます。 今年も暑い夏がやってきましたが、冷房の効いた部屋で、ブラジルのカクテル「カイピリーニャ」などを楽しみながら聴いてみれば、涼しげな気分になれることは間違いなしです。 ◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」 『Una Mas[Remastered 2014]』ケニー・ドーハム 『Quiet Kenny [Rudy Van Gelder Remaster]』ケニー・ドーハム 『ブルー・トレイン』ジョン・コルトレーン 『ザ・サイドワインダー』リー・モーガン 『ディッピン』ハンク・モブレー ◆バックナンバー 【7/19更新】カーリー・サイモン『No Secrets』 素晴らしく完成度の高いアルバム。なのに、余計な情報までがついてまわるサード・アルバム 【7/12更新】フィービ・スノウ『Phoebe Snow』 これからもきっと聴き続けることになる、大好きなシンガーソングライターのデビュー・アルバム 【7/5更新】KISS『Alive!』 ライヴ・バンドとしてのKISSのポテンシャルが最大限に発揮された、スケールの大きなライヴ・アルバム 【6/21更新】マイルス・デイヴィス『Doo-Bop』 頭の硬い方々からの評価は厳しいものの、時代性を色濃く反映した秀作だったことは事実 【6/14更新】ドクター・ジョン『Dr. John’s Gumbo』 謎の留年大学生が教えてくれた、セカンド・ラインの心地よさ 【6/7更新】アース・ウィンド&ファイア『Faces』 リリース当時はいまひとつ評価の芳しくなかった大作も、いま改めて聴けばなかなかに新鮮 【5/24更新】クルセイダーズ『Street Life』 ジョー・サンプルが、本作リリース後のランディ・クロフォードについて語ってくれたこと 【5/17更新】マイケル・ジャクソン『Off The Wall』 アイスコーヒーを飲みながら、井上と聴いた“Don’t Stop ‘Til You Get Enough” 【5/10更新】フリートウッド・マック『Rumours』 コーヒーショップで出会ったクリスチャン・グループの彼はいまどこに? 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