印南敦史のクラシック・コラム「クラシック音楽の穴」。ここで明らかにしようとしているのは、文字どおりクラシック音楽の「知られざる穴」。クラシックにはなにかと高尚なイメージがあって、それが「とっつきにくさ」につながっていたりもします。しかし実際には、そんなクラシック音楽にも“穴”というべきズッコケポイントがあるもの。そこでここでは、クラシック音楽の「笑える話」「信じられないエピソード」をご紹介することによって、ハードルを下げてしまおうと考えているわけです。そうすれば、好奇心も高まるかもしれませんからね。だからこそ肩の力を抜き、リラックスしてお読みいただければと思います。
食欲で身を滅ぼした(かもしれない)作曲家がいる
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マックス・レーガー
食べることに関してはそれなりの、いや、それ以上の執着心があるかもしれません。一日のなかでいちばん好きなのは夕食の時間だし、もちろん外食だって大好きだし。
とはいっても、だから「グルメ」であるかというと、それはまた別の問題。高いものが好きだということではなく、ましてや大食いしたいわけでもなく、ただ自分にとっておいしいものを食べるが好きだというだけのことだからです。
そういえば立ち食いそばのブログも、もう5年も続けているんだなー。「『おもに立ち食いそば』というタイトルのわりに、立ち食いそばの話題が少ない」というお叱りもたまに受けますけど、立ち食いそばも含めたおいしいものが好きだという程度のユルさってことでご勘弁を。
ところで以前ご紹介したロッシーニがそうであるように、美食家だと言われている作曲家は少なくありません。たとえばバッハやヘンデルも食べることに執着心を持っており、大食漢だったと言われています。
が、個人的には「大食漢の作曲家」と聞くと、ついマックス・レーガーのことを思い出してしまうのです。1873年、ドイツ南部のバイエルンに生まれた作曲家。
バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンなどバロック~古典派の大作曲家たちに強く傾倒し、音楽が変質していくなか、原点に回帰せよという意味で「バッハに還れ」と主張した人物です。
事実、「バッハの主題による変奏曲とフーガ」「モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ」など、先達に対する敬意をストレートに表現した楽曲を残してもいます。
知名度がさほど高くないということ、それは否定しようもないでしょう。しかしその作風は重厚さと親しみやすさが備わっているだけに、個人的にはとくにオルガンの独奏曲が気に入っています。
そんなレーガーは、ロッシーニに勝るとも劣らないほどの大食漢だったのだそうです。そして、残されている逸話がちょっとおもしろかったりもします。
僕のなかに「大食漢=レーガー」というイメージがこびりついてしまっているのも、そんな理由があるからなのです。
身長がおよそ2メートルで体重も100キロを超えていたため、その風貌から「ドイツ最大の音楽家」と呼ばれていたといいますが、その大食漢っぷりを言い表すエピソードがとにかく極端。
なにしろ市場の前を通りかかった際、夕食を食べ終えた直後だったというのにウィンナーソーセージを50本も買ってその場で食べたというのです。あるいはビールを立て続けに10杯も飲んだなどという話もあったり、「マンガかよ」とツッコミを入れたくなるような感じなのです。
ですから心筋梗塞のため43歳という若さで世を去ったという話を聞くと、つい「不摂生がたたったんじゃないの?」などと考えたくなってしまいます。実際のところ、それが原因だったのかどうかはわからないにしても。
ちなみに彼について調べていくと、「嫌われ者だった」とか、さも見てきたかのようなエピソードも登場するのですが、これは信ぴょう性の薄い話ではないかと思います。
マイニンゲン宮廷楽団の楽長を務めていた時代のエピソードを見る限り、むしろ愛嬌のある人だったのではないかと感じるのです。
あるとき演奏会で披露されたシューベルトの『鱒』に感動した観客が、鱒を送ってきたのだそうです。レーガーはお礼の手紙を書いたのですが、その締めの部分には「次はハイドンの『牡牛のメヌエット』を演奏します」と書いたのだとか。
つまりは「次は牡牛を送ってちょーだいね」ってわけですが、思わず微笑んでしまうような、ちょっと憎めない話だといえないでしょうか? 少なくとも、僕はこういうセンスって嫌いじゃないなー。
◆今週のおすすめ
『レーガー: オルガン作品集 第14集 5つのやさしい前奏曲とフーガ/52のやさしいコラール 前奏曲』
ジョセフ・スティル
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【5/31更新】『Khachaturian: Suites from Spartacus and Gayane / Ravel: Daphnes et Chloe 』St Petersburg Philharmonic Orchestra, Yuri Temirkanov
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【4/26更新】『ブルックナー:交響曲 第8番 (ハース版) 』朝比奈隆, 大阪フィルハーモニー交響楽団
実の息子に対抗意識を持った指揮者がいる→朝比奈隆
【3/28更新】『Satie: Vexations (840 Times)』Alessandro Deljavan
最後まで演奏するのに18時間かかる曲がある→サティ「ヴェクサシオン」
【3/19更新】『Debussy: Piano Works, Vol. 2 - Estampes, Children's Corner, Pour le piano & Other Pieces』Jacopo Salvatori
偏屈で嫌われていた作曲家がいる→ドビュッシー
【3/12更新】『リスト:《巡礼の年》全曲』ラザール・ベルマン
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【3/5更新】『Rossini:Overtures/ロッシーニ序曲集』
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誰よりも早く「働き方改革」を実践した作曲家がいる→ロッシーニ
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印南敦史 プロフィール
印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。
◆ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」
◆連載「印南敦史の 名盤はハイレゾで聴く」