【新連載】agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第2回

2019/07/26
音楽プロデューサー・玉井健二が代表を務め、 蔦谷好位置、田中ユウスケ、田中隼人、百田留衣、 飛内将大、釣俊輔など今や日本を代表するヒットメーカーが多数在籍する クリエイティブカンパニー・agehaspringsがプロデュースを手掛ける、 音楽の奥行き・音楽に詳しくなっていく楽しさを体感できるプロジェクト agehasprings Open Lab.発の新連載『agehasprings ハイレゾ Open Lab.』

第2回目も、agehaspringsの気鋭のレコーディングエンジニア・森真樹が独自の視点でハイレゾ音源の魅力を探求していきます。
先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事

“レコーディング・エンジニア”。この言葉を聞いてパッとその姿が頭に浮かぶような人って、音楽業界に関わる人以外ではほぼゼロに近いかと思います。音楽業界の人ですら、楽曲制作やレコーディングに直接携わっていなければ分かっていない人が大半なのでは?自分も専門学校進学のときに親に説明するのが大変でした。親戚は「なんか音楽やって芸能人と仕事してるらしいよ。」くらいの認識で、未だに親戚や家族にもよく分かってもらえてないようです。(笑) 。

同業者から聞いた話だと、母親に「あんたがやってるような仕事の人、今日外で見かけたわよ。」と言われ、「外…?どんな事してた?」と聞いたら「カメラの近くで棒の先に付いたマイクみたいなのを上からタレントさんに向けてたわよ。」と。それ…テレビの音声さんです、お母さん。

もうひとつ、田舎のおばあちゃんが「あの子が歌ったCDはいつ聴けるようになるんだい?早く聴きたいねぇ。」と言っていた、と。おばあさん、あなたのお孫さんは歌手じゃありませんよ。それくらい ”何をしているのか全然分かってもらえていない仕事” で自分は飯を食っています。

というところから、これから何回かに渡って ”レコーディング・エンジニアって何してる人?” を、ハイレゾ音源をご紹介しつつ知っていただけたらなと思います。


レコーディングの依頼を受けたエンジニアは、スタジオに入り録音の準備をします。まず、使用するマイクや各種機材を選定するのですが、その選定は録音対象(楽器の種類や歌の声質)でも変わりますし、その楽曲制作に関わる方々からの要望(楽曲の方向性や仕上がりのサウンドイメージ)でも変わってきます。音の入口であるマイク〜レコーダーまでの機材選定は後々の音質に大きく影響しますので、非常に重要で、エンジニアの腕やセンスによる差はここからもう始まっています。

実際の録音となると、その選定したマイクのセッティング(どう立てるか)にも感覚やセンスの差が出ます。録音対象によっては、立てる向きや位置・距離が1センチでも変わるとサウンドが大きく変わることもあります。また、一つの録音対象に複数本マイクを立てることも当たり前で、各マイクの相互関係もサウンドに大きく影響します。マイクだけではありません。マイクとレコーダーの間に入れる機材の選定や、そのセッティング次第でも大きく音質が変化します。

各マイクの音量音質を整えたらレコーダーに録音していきます。現在は「マルチトラック録音」が主流で、一つのレコーダーに複数のトラック(録音領域)を持っています。それぞれのマイクの音がそれぞれのトラックに別々に録音されるイメージです。そして、録音された各トラックが再生されると、レコーディングコンソール(ミキサーや卓とも言います)で混ぜられてスピーカーから聞こえる、という流れです。

なので、コンソールで混ざる前であればそれぞれのトラックの音を加工したり、音量バランスを変えたりが可能で、それがレコーディング後に行う「ミックスダウン」「トラックダウン」という作業になります。日本だと「Mix」や「TD」と呼ばれることが多いですね。本格的なMixはレコーディング後にじっくり行いますが、録音中も現場にいる皆が聴けるように簡易的なMixをしています。


リバーブ処理から見えるサウンドの変遷

これ以降の作業は次回以降に解説しますが、そのMix作業(簡易Mixも含め)で最も分かりやすい処理が「リバーブ」だと思います。「リバーブレーション」及びそれを加える機器「リバーブレーター」の略称です。皆さんカラオケでエコー付けますよね?あれです。おおよそあれと同じだと思ってください。要は人工的な残響付加装置です。

そのリバーブも豊富な種類・機種があり、キャラクターも様々で、その選定や掛ける量などで作品のスケール感や質感に多大な影響を与えます。語弊を恐れずざっくり例えると、壮大なバラードやオーケストラ曲などには残響時間の長いコンサートホールを再現したようなリバーブを深く掛けることが多いですし、逆に目の前で弾き語りをしているような曲にはごく短い残響のリバーブを薄く掛ける、もしくは何も掛けない事が多いです。

新人エンジニアや個人でレコーディングやMixを始められた方が、一番最初に ”Mixらしい作業” と感じるものではないでしょうか?自分もそうだった記憶があります。楽曲全体の質感だけでなく、各トラックの調整にもリバーブは使われます。ここもざっくり例えると、深く掛けると引っ込んだように聞こえるので、距離感を揃えたり、逆に敢えて変えたり、といったことが可能です。更には、前回自分がお話した ”歌とオケの境界線” の構築にも一役買っています。

また、各時代におけるサウンドの流行り廃りにもこのリバーブは大きく関わってきます。前述のようにかなり分かりやすく質感をコントロール出来るだけあって、その影響力は非常に大きいです。

それが最も顕著に出ているのが1980年代の作品たちです。当時はレコーディング機器が急速に進化した時期で、レコーダーのトラック数増加やデジタルリバーブの普及などから、より積極的に、更には ”残響を足す” という範疇を超えたツールとして多用された時代です。Peter Gabrielの作品から始まったとされている、当時大流行の「ゲートリバーブ(ゲートエコー)」は、残響付加を超えたエフェクトの代表例ですよね。

さて、「80年代サウンドといえば?」と聞かれたら、多くの人が「(ゲート)リバーブ!」と答えるほど大流行したリバーブですが、90年代に入ると一転して毛嫌い(語弊があるかも知れませんが)され始めます。サウンド全体も ”最新機器を多用したエフェクティブなサウンド” から ”アナログサウンドのリバイバル” とも言うべきサウンドに傾倒していきます。70年代を中心としたヴィンテージ機器が見直され、生々しい音、残響の少ない音が好まれました。

自分がアシスタント時代にお世話になったあるエンジニアさんは「90年代はリバーブを使っていいアーティスト(チーム)かどうか探るのが毎度大変でさ〜。」なんて言ってました(笑)。 それくらい反動のようにリバーブが使われなくなった時代です。

今回ご説明したリバーブの効果を知っていただくには、この僅か20年程の間に両極に振り切った各時代を反映している作品を聴いていただくのが良いのかなと思います。かつそれが同じアーティストで、基本的な楽器構成が曲ごとにあまり変わらないロックバンドがベストだろうと思ったので、ご存知の方も非常に多いであろうAerosmithの2作品をご紹介します。


Aerosmithの大ヒット曲で聴き比べるリバーブの効果・質感の違い


まずは、1987年の作品「Angel」(アルバム「Permanent Vacation」収録)。日本でもドラマに使用されたヒット曲ですね。うん、非常に分かりやすくリバーブが掛かっています。ボーカルだけでなくドラムにもギターにも。”残響コントロール” というより ”エフェクト!!” という感じですよね。特にスネア!前述したゲートリバーブがもれなく掛かっています。

次に、1998年リリースの「I Don't Want to Miss a Thing」。言わずと知れた某超大作映画の主題歌です。余談ですが、この曲がAerosmith ”初の” シングルチャート1位の曲と今知ってちょっとビックリ…

まさに映画の主題歌らしい壮大で感動的なロックバラード。となるとリバーブが深めになりやすいですが、「Angel」と比べると ”露骨なリバーブ感” というのは圧倒的に少ないですよね?より自然でさり気ない残響感になっていると思います。ドラムに至ってはより分かりやすく生々しくなっていませんか?恐らくドラム録音時に部屋鳴りを録る目的のマイク、所謂「ルームマイク」があって、そのトラックで残響感を出している程度かと思います。

このように、同じアーティスト、同じバラード曲でも時代でこれだけリバーブの付け方が変化しており、それによる質感の変わりようというのを感じていただけるかと思います。

自分もMixの要望で「80年代っぽい仕上がりに!」というオーダーをいただくことがたまにあり、当時のレコーディング手法やリバーブを再現して作品作りをすることがあります。それを今までで最も追求出来たと思える曲が、Shiggy Jr.の2018年のアルバム「DANCE TO THE MUSIC」に収録されている「looking for you」という曲です。まさに「80年代オマージュ」を徹底してレコーディングからMixまで進めました。ドラムにゲートリバーブもちゃんと使っていますよ。

一方、同アルバム内の「サングリア」は真逆の“90年代オマージュ”もしくは“渋谷系” を追求したMixになっています。極力残響を足さない、聞かせない音作りを徹底しました。この2曲の対比、更には他のアルバム曲との“リバーブや質感の違い”を楽しんでいただけたら幸いです。



【バックナンバー】
agehasprings ハイレゾ Open Lab. 第1回


◀森真樹 Profile▶ 

レコーディングエンジニア。agehasprings所属。

特注フェーダーをリアルタイム・ムーヴで操る独自のVo.レコーディング技術が並み居るアーティスト、プロデューサー陣から絶賛され、センスのみならず確かなノウハウに裏打ちされた極めて良質なサウンドメイキングに定評がある。

2001年3月Sony Music Studios Tokyoにてキャリアをスタート。
“緻密、且つスピーディ”をモットーとするそのスタイルで、久保田利伸、鈴木雅之、ケツメイシ、伊藤由奈、CNBLUE、flumpool、元気ロケッツ、Aimer等、多くのヒット作に携わり、スタジオ監修までも手掛ける若き職人。

2013年agehaspringsに加入。以降もYUKI、ゆず、JUJU、安田レイ、SHE'S、井上苑子やアニメ音楽(CX系『サムライフラメンコ』(~2014年OA)主題歌・挿入歌・劇伴)に参加するなど、精力的に活動中。

■agehasprings Official Web Site
http://www.ageha.net/archives/ageha_creator/mori_masaki

 | 

 |   |