HOME ニュース 【7/19更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く 2019/07/19 月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。 カーリー・サイモン『No Secrets』 素晴らしく完成度の高いアルバム。なのに、余計な情報までがついてまわるサード・アルバム 少なくとも思春期周辺の少年にとって、ちょっと歳の離れた先輩方はなかなか厄介な存在ではあったのでした。 主観を含めさまざまな見方・考え方を吹き込んでくるので、しかも往々にして押しが強いので、自分を確立できていない小僧としては、どんな意見も受け入れる以外になかったということ。 でも、そこには余計なことがついてまわることも……というより、ぶっちゃけ「どうでもいい」話も少なかったわけで。しかも、その「どうでもいいこと」がヘンな状態のまま記憶に残ってしまうというケースもままあったのです。 たとえば、カーリー・サイモンの『No Secrets』についての“情報”がまさにそれでした。 1972年にリリースされた, 名作と名高いサード・アルバム。初期から彼女の作品に関与していたドラマーのアンディ・ニューマーク以下、リトル・フィートのローウェル・ジョージ、ローリング・ストーンズ作品でもおなじみのニッキー・ホプキンス、そのストーンズのミック・ジャガーなど、数々の大物が参加した作品。 大ヒットしたファースト・シングル“You’re So Vain”(邦題「うつろな愛」)は、彼女の代表曲でもあります。 いまも聴きながらこの原稿を書いているのですが、やっぱりいいなあ。ハイレゾだと、もともとの録音状態がよかったことを改めて実感することもできます。 オープニング“The Right Thing To Do”や“The Carter Family”の時点でしっとりとした落ち着きを感じさせ、“You’re So Vain”で聴き手をぐっと引き寄せます。 “Waited So Long” “Night Owl”のようにタイトなトラックでは、ほどよいパワーと牽引力も見せつけてみせたりもします。ラストのバラード“When You Close Your Eyes”もぐっと心に染み込んでくるし、アルバムとしてのバランスがとてもよいのです。 が、このアルバムには関しては、そうしたトピックス以外に余計な情報がまとわりついてもいたのです。しかもそれは、音楽的な完成度の高さとはまったく無関係の話。 えーとですね、おわかりの方もいらっしゃると思うのですが、それはアルバム・ジャケットについての話です。 ブルーの長袖Tシャツを着て、茶色いハットとパンツで統一感を表現している彼女の着こなしは、とてもセンスにあふれたものだと思います。ところがこのジャケットについては、そんなことより100000%もどうでもいいことが話題になっていたのです。 「胸に乳首が浮いて見える。したがって、彼女はノーブラである」 僕が誰かからそれを初めて聞かされたのは、たしか中学生のころだったと思います。しかも、僕の周辺にいた人たちだけが騒いでいたわけではなく、雑誌などでもそのことが取りざたされていたりしたのです。 穏やかな……というより、ヘンな時代。 当時は子どもでしたから、「ふーん、そうなのか」と、とくに興奮するでもなく聞いていたのですが、冷静に考えると、とてつもなくどうでもいいことですよね。 少なくとも、“『No Secrets』=ノーブラのアルバム”というイメージが定着してしまったという事実は、果たしてどのようなものであると解釈すべきなのか? まぁ、本人がどう考えていたのかにもよるんですけどね。狙ってやったのかもしれないし、なにも考えていなかったのかもしれないし。もし意図的なものであったのだとしたら、それはそれでしたたかではあるな。 でも考えてみるとカーリー・サイモンの作品には、セクシーなアルバム・ジャケットが少なくないですよね。1975年の『Playing Possum』だとか、1981年の『Torch』とか。 そういえば1978年の『Boys In The Trees』が出たとき、当時通っていたコーヒー・ショップの常連の人は、「俺は、こういうジャケットを出してきた時点でこのアルバムを評価するぞ!」とか騒いでたな。 そのときも「ふーん、そういうものなのか」としか感じなかったけど、いま改めて見てみると、『Boys In The Trees』のジャケットもたしかに攻めてますね。 と考えると、やはりカーリー・サイモンのセクシーなアルバム・ジャケットには、やはり戦略的なものがあったのかもしれません。 それだけの話だけど。 ◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」 『No Secrets』Carly Simon 『Playing Possum』Carly Simon 『Boys In The Trees』Carly Simon 『Torch 』Carly Simon ◆バックナンバー 【7/12更新】フィービ・スノウ『Phoebe Snow』 これからもきっと聴き続けることになる、大好きなシンガーソングライターのデビュー・アルバム 【7/5更新】KISS『Alive!』 ライヴ・バンドとしてのKISSのポテンシャルが最大限に発揮された、スケールの大きなライヴ・アルバム 【6/21更新】マイルス・デイヴィス『Doo-Bop』 頭の硬い方々からの評価は厳しいものの、時代性を色濃く反映した秀作だったことは事実 【6/14更新】ドクター・ジョン『Dr. John’s Gumbo』 謎の留年大学生が教えてくれた、セカンド・ラインの心地よさ 【6/7更新】アース・ウィンド&ファイア『Faces』 リリース当時はいまひとつ評価の芳しくなかった大作も、いま改めて聴けばなかなかに新鮮 【5/24更新】クルセイダーズ『Street Life』 ジョー・サンプルが、本作リリース後のランディ・クロフォードについて語ってくれたこと 【5/17更新】マイケル・ジャクソン『Off The Wall』 アイスコーヒーを飲みながら、井上と聴いた“Don’t Stop ‘Til You Get Enough” 【5/10更新】フリートウッド・マック『Rumours』 コーヒーショップで出会ったクリスチャン・グループの彼はいまどこに? 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