【7/12更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2019/07/12
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
フィービ・スノウ『Phoebe Snow』
これからもきっと聴き続けることになる、大好きなシンガーソングライターのデビュー・アルバム

私ごとで恐縮ですが、つい数日前に誕生日を迎えまして、57歳になってしまいました。「なってしまいました」なんて書いたのは、ここまでくると、いろいろ思うことはあるからです。

なにしろ57歳といえば、もしサラリーマンだったら定年を意識せざるを得ない年齢です。サラリーマンではありませんから意識する必要はないのですが、とはいえ「もう、ここまで来てしまったのか」という思いは隠せないわけです。

しかし、その一方、先輩方から見ればまだまだひよっこなわけで。「こんなひよっこがいてたまるか」とツッコマれそうでもありますが、いずれにしても年齢というものはなかなか面倒なものだなぁと改めて感じてしまうのです。

けれど誕生日となると、やっぱり特別な感じはするものです。だから、気がつけばひとりで小躍りしていたり……などということは断じてありませんけれども、気持ちはどこか暖かくなってもいるのでした。

さて、そんな誕生日の夜、1974年に大ヒットしたフィービ・スノウのファースト・アルバム『Phoebe Snow』を聴きました。ブルース、ジャズ、クラシック、フォークなど、さまざまな音楽を吸収し、独自の世界観を築き上げたシンガーソングライター。

ジャンルの枠にとらわれないその音楽性が僕は大好きなのですが、誕生日の4日前にふとe-onkyoをチェックしてみたところ、生涯のベスト3に入ると言っても過言ではないこのアルバムが、なんの前触れもなくハイレゾ化されていたことに気づいたからです。

彼女の、シンプルだけど緻密なサウンドは絶対にハイレゾ向きだと思っていただけに、なんだか素敵な誕生日プレゼントを受け取ったような気分になりました。

そこで、たくさんの方々から誕生日メッセージをいただいたこの日の終わりに、改めて聴き込んでみたのです。もう何百回、いや、何千回も聴いてきたんですけどね。

アコースティック・ギターの音色が心地よいオープニングのブルース・ナンバー“Good Times(Let The Good Times Roll)”、柔らかなピアノの音色がほどよいアクセントになった“Harpo’s Blues”、そして名曲“Poetry Man”と続く冒頭の流れがまず最高のひとこと。

さらにアコースティック・ギターとスティール・ギターのバランスが絶妙な“Either Or Both”、国内盤ではアルバム・タイトルにもなっていた“San Francisco Bay Blues”も絶妙。シンプルなサウンドが、包容力ある彼女のヴォーカルを引き立てていることをはっきりと実感できます。

で、LPだとここまでがA面。残り4曲は、B面収録曲です。

ところで、その1曲目“I Don’t Want The Night To End”が中盤に差しかかったころ、なんの前触れもなく息子が書斎に入ってきました。

というタイミングでいきなり話はそれますが、よく言われる「友だち親子」みたいな関係が、僕はあまり好きではありません。そういうことを公言したがる人って、「外側から見た親子関係」を気にしすぎているような気がして。

それがなんとなく不自然だから、自分はそういうことを口に出したくないのです。が、とはいえ息子と僕は、どちらかといえば仲はいいほうだと思います。

幼少期に「ヒップホップ英才教育」を施しちゃったもんだから、いまだにヒップホップの話題を共有できてますしね。

だからそのときも、いつものように「これ知ってる?」と誰かの音源を聴かせにきたのだと思っていました。そんな感じでオススメ音源を披露し合いながらダラダラ飲み続け、「夜遅いんだから静かにしてよ!」と妻に叱られるということは、これまでにもよくあったからです。

ところが、その日はちょっと違っていました。息子が、なにやら細長い紙袋を渡してきたのです。

「誕生日おめでとう。赤ワイン。安物なんだけど……」

まさかそんなことをしてくれるとは思っていなかったので、本当に驚きました。「おお、いいのに。ありがとう」と口にするのが精一杯でしたが、うれしかったなぁ。

前の晩に妻と誕生日の話をしているとき、「何歳になったの?」と息子が聞いてきたことを思い出しました。あのとき、やつはなにを考えていたのか?

その夜はいつものようにヒップホップ大会が始まることもなく、息子はすぐ自分の部屋に戻っていきました。ふと気がつくと『Phoebe Snow』は終わりから2曲目の“It Must Be Sunday”まで進んでいて、やがてラストの“No Show Tonight”へとつながっていきました。

先にも触れたとおり『Phoebe Snow』はさんざん聴き込んだアルバムなのですが、そんなことがあったので、また違った価値が加わったような気がします。

これからは、(とくに後半を聴くたびに)今年の誕生日の夜のことを思い出すのではないかと思うわけです。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Phoebe Snow』
フィービ・スノウ



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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

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