音楽プロデューサー・玉井健二が代表を務め、 蔦谷好位置、田中ユウスケ、田中隼人、百田留衣、 飛内将大、釣俊輔など今や日本を代表するヒットメーカーが多数在籍する クリエイティブカンパニー・agehaspringsがプロデュースを手掛ける、 音楽の奥行き・音楽に詳しくなっていく楽しさを体感できるプロジェクト agehasprings Open Lab.発の新連載『agehasprings ハイレゾ Open Lab.』
agehaspringsの気鋭のレコーディングエンジニア・森真樹が独自の視点でハイレゾ音源の魅力を探求していきます。
記事一覧
第01回
第02回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事
第03回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その2
第04回 先ずは知ってほしい“レコーディング・エンジニア”の仕事 その3
第05回 レコーディング・エンジニアの仕事~ボーカルレコーディング編 その1~
第06回 ボーカルレコ―ディング(ボーカルダビング)の進め方
第07回 ボーカルにまつわるエンジニアリング
第08回 テクノロジーの進化に伴う修正技術の変遷
第09回 テクノロジーの進化に伴う修正技術の変遷 その2
第10回 レコーディングにおけるAI技術の活用
第11回 AI時代を生きるこれからのクリエイターに求められる資質
Pro Toolsの登場と“先輩に教わる”チャンスの少なかった新人時代
レコーディングエンジニアとしてのキャリアスタートは2001年。乃木坂にあるSony Music Studios Tokyoから始まります。かれこれもう18年になります。
入社早々スタジオがごっそり信濃町から乃木坂へ移転、スタジオのコンソールは全て新規導入した機種が3種類も。おまけにそこから1年もしない内にPro Toolsが業界全体で急速に浸透し、先輩達ですらあらゆるものが手探りで、予想だにしないトラブルの連続でした。具体的には言えませんが、血の気が引くような事故も…おかげで強くなりました。
そんな特異なタイミング・状況でのキャリアスタートだったので、通常より“先輩に教わる”チャンスが少なかったように思います。一方的に教わるというよりも、先輩たちの手探り状態や四苦八苦している様子を見て学んだというか。今となってはこの入社タイミングが良かったのか悪かったのかは分かりませんが、自分としては「これはもしや、先輩達ですら誰も分かっていないこと、出来ないことを身に付けて頭一つ抜け出すチャンスじゃないか?」と思ってやっていました。そのおかげか、Pro Toolsに関しては ”武器” と言えるくらいになっていたと思います。当時はまだまだエンジニアもバリバリ使える人が少なかった(下手したら毛嫌いすらされていた)時代だったので。
玉井健二との出逢いから“ボーカルエンジニアリング”が武器になるまで
という感じで、なんとか喰らいついて1年ほど経ったくらいに、先輩エンジニアのアシスタントとしてあるプリプロダクションスタジオでの作業に呼ばれました。アーティストも担当ディレクターもスタジオも初めてで、不安だらけだったのを見かねてか、先輩が「ディレクターさんめっちゃ面白い人だから気楽にやれよ。」と。そこで出会った“めっちゃ面白いディレクターさん”というのが、当時エピック・レコードのディレクターで、現在自分が所属しているagehaspringsの代表であり音楽プロデューサーの玉井健二さんでした。
確かに先輩の言うように ”面白い人” で、皆笑いっぱなしの現場でしたが、当時半人前の自分にとっては「この人怒ったらめっちゃ怖いんだろうなぁ…」という第一印象でした。
その後も、前述のようにPro Toolsを武器にしたおかげか、何かと玉井さんにプリプロなどで使ってもらえるようになり、その仕事っぷりを間近で見る機会が増えたのですが、とにかく楽しかったのを良く覚えています。話が面白いというのももちろんありましたが、何よりも楽曲に対する視点やアプローチ、進め方を見ているのが楽しかった。特にボーカル録りの時の進め方、いわゆる ”ダイレクション” を聞いていて「ほぇ〜〜〜!」の連続。それまで、比較的ざっくりとニュアンスを伝える程度のダイレクションばかり見てきた自分としては、発声から発音、ニュアンスの作り方など、玉井さんの言葉を借りるとすると“歌の形”の構築がとにかくロジカルで的確、しかもめちゃくちゃ分かりやすい。
他にも、ボーカリストとしての歌への意識の置きどころ、歌う時の身体の使い方(身体でリズムをとるとかそういう意味ではないです)など…書ききれませんね。その「ほぇ〜〜〜!」は今でも続いています。そこで学んだ視点を他のボーカルレコーディングでも活かし、そこでもまた学び、の繰り返しのおかげで、“ボーカルのエンジニアリング”は自分にとってかなりの武器になり、乃木坂のスタジオを退社した今も一緒にやらせてもらっています。
今でも最高のリファレンスになっている一枚
結局自分は2008年までの7年間乃木坂のスタジオにいたのですが、アシスタントからエンジニアとして仕事が増えていった頃に良く聞いていたCDの一枚に、Jack Johnsonの大ヒットアルバム「In Between Dreams」があります。
◆In Between Dreams/ジャック・ジョンソン
アルバム全体を通して、Mixが音を決して作り込みすぎず(ジャンルを加味したとしても)、極めてナチュラル。かつ楽器(トラック数)も少ないので帯域が偏りそうなのに、重たくもないし軽くもない。嫌な塊や隙間もない。帯域の処理が絶妙なんですよね。
特にボーカル。何度この歌の処理を参考にしたことか。当時自分は、玉井さんのボーカルに対するアプローチを参考にし、それを元にエンジニア寄りの視点でトライアンドエラーを繰り返していた時期だったので、そことピッタリハマったのではないかな、と。
実音の処理もさることながら、空間系の処理が絶妙!自分はMixのときに、ボーカルの輪郭とインストとの境界線を凄く気にします。この境目をどの程度滲ませる(ボカす)のか?じゃあその滲ませる処理は何を使ってやるのか?そのコントロールをする上で邪魔になっている楽器は?など。
ここがいい加減だと、むやみにボーカルを大きく出さないと歌がバシッと出てこなかったり、逆に歌だけ別空間に居るような(一体感がない)状態になっちゃったり。そこから、Mixでのボーカルの ”置き場所” に繋がっていくわけですが、その点においても自分の中で最高のリファレンスになっている一枚です。
このアルバムはそんなに空間系エフェクトを多用しているわけではなく、かなりドライ目にボーカルが前に出ていますが、全く掛かっていないわけでもない。その ”さり気なさ” を土台に出来上がっている音場・空間・距離感・そして“ボーカルとインストの境界線”“ボーカルの置き場所”がハイレゾだと如実に見えてきますね。CDと聴き比べると各曲のさじ加減の差がより明確に出てくる。ボーカルももちろんですが、各楽器の“輪郭”の表現力も素晴らしいです。「あ、この加減をMixの時気にしてたのかな?」なんてことを考えながら改めて聴き入ってしまいました。
ハイレゾ音源で感じる“Mixに込められたエンジニアの意志”
ハイレゾ、特にハイサンプリングレート(88.2kHz、96kHzやそれ以上)の音源となると、自分は“可聴範囲外の高周波まで表現されている”という点が一般的にフィーチャーされがちに思いますが、自分はそこよりもむしろ可聴範囲内の解像度に明らかな差を感じます。Mixをしているとその差の影響がまた複雑で、ハイサンプルの録音データのMixは44.1kHzや48kHzのデータと同じようないじり方をしても結果が違う気がするんですね。「あれ?ずいぶん変化するなぁ」とか「あれ?もっと変わると思ったのに…」「あれ?こうなるの…?」など。それがやりやすいと感じるときもあれば逆もまた然り…。難しいですよね。
でも、鑑賞の時は間違いなく“ハイサンプル=良い”と感じます。エンジニア視点でいうと、“Mixに込められたエンジニアの意志”みたいなものをより詳細に感じ取れるというか。そういったところで言いますと、今年自分がMixさせていただいた安田レイの「One Last Word」は、 ”独特の部屋鳴り感” を意識した曲で、オーソドックスな空間処理とはまたちょっと違うのですが、”Mixの狙い・意志” を感じていただきやすい曲かと思います。
◆blooming/安田 レイ
また、楽器編成の少なさやアコースティック・ギターが主軸になっているという点で、前述の「In Between Dreams」の収録曲たちと繋がる部分もありますので、是非合わせてお聴きいただき、自分が今回お伝えしている事やMixの時に考えていた狙いや意志を感じていただければ幸いです。
この曲もハイレゾ音源とCDでは差は歴然でしたね。特に自分がMixで作りあげた ”奥行き” は、ハイレゾではバッチリ再現されています。一方でCDはというと、楽器の前後感が曖昧になったというか、奥行きが狭く感じられますね。全パートが前に乗り出してしまっているような…。改めて聴き比べてみて「こうも変わるのか…!」と。
この「One Last Word」は、今年リリースされたシングル「blooming」のカップリングに収録されています。「blooming」も自分がMixしておりまして、加えてボーカルレコーディングでも参加させていただいておりますので、こちらも是非チェックしていただけると嬉しいです。
◀️森真樹 Profile▶️

レコーディングエンジニア。agehasprings所属。
特注フェーダーをリアルタイム・ムーヴで操る独自のVo.レコーディング技術が並み居るアーティスト、プロデューサー陣から絶賛され、センスのみならず確かなノウハウに裏打ちされた極めて良質なサウンドメイキングに定評がある。
2001年3月Sony Music Studios Tokyoにてキャリアをスタート。
“緻密、且つスピーディ”をモットーとするそのスタイルで、久保田利伸、鈴木雅之、ケツメイシ、伊藤由奈、CNBLUE、flumpool、元気ロケッツ、Aimer等、多くのヒット作に携わり、スタジオ監修までも手掛ける若き職人。
2013年agehaspringsに加入。以降もYUKI、ゆず、JUJU、安田レイ、SHE'S、井上苑子やアニメ音楽(CX系『サムライフラメンコ』(~2014年OA)主題歌・挿入歌・劇伴)に参加するなど、精力的に活動中。
■agehasprings Official Web Site
http://www.ageha.net/archives/ageha_creator/mori_masaki