HOME ニュース 【6/21更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く 2019/06/21 月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。 マイルス・デイヴィス『Doo-Bop』 頭の硬い方々からの評価は厳しいものの、時代性を色濃く反映した秀作だったことは事実 これまでにアース・ウィンド&ファイア『Faces 』、ダイアー・ストレイツ『Communique 』、レッド・ツェッペリン『Houses of the Holy 』と、世間的にはあまり評判のよくない、場合によっては“駄作”などと揶揄される作品を意識的に取り上げてきました。 以前にも書いたことですが、よくないと言われているというだけで「そうか、よくないんだな」と決めつけるのは、思考停止状態にほかならないからです。 「いいな」と感じる理由も人それぞれなのですから、世間的にどうかということは判断基準として意味を持たないことになります。そんなものに惑わされ、流されるより、「自分が聴いてどう感じたか」を重視したほうがいいに決まっています。 だいいち、評判の芳しくない作品のなかから自分なりの価値を見いだせるとしたら、それは他の人がたどり着けない場所に行けるということだとも言えるのでは? だから上記の作品も紹介してきたわけであり、どれも僕にとっては極上の名作なのです。 さて、今回取り上げたいアーティストはマイルス・デイヴィスです。時代ごとに最先端のスタイルを追求し続けたマイルスには避けて通れない名作が多く、「取り上げなければならない」作品だっていくらでもあります。 たとえば、もしも「1枚しか選んではいけない」と言われたとしたら迷わずエレクトリック期の傑作『ビッチェズ・ブリュー』を選ぶし、でも『ライヴ・イーヴル』や『アガルタ』も捨てがたい。 時代を遡って1950年代なら“ing”シリーズ4部作や『バース・オブ・ザ・クール』、『カインド・オブ・ブルー』、1960年代だと『マイルス・スマイルズ』や『イン・ア・サイレント・ウェイ』などなど、書き出したらキリがありません。 ただ、それらについてご紹介する機会はいくらでもあるでしょうし、僕が取り上げなかったとしても、今後も多くの方々が推薦することになるはず。 そこで今回はあえて、圧倒的にピックアップされる機会の少ない1992年リリースの最終作『Doo-Bop』について書きたいと思います。 なぜならこれ、評価が低いわりにはなかなか完成度が高いから。つまり先に触れた、「本当によくないか否か」という論点で語られるにふさわしいアルバムなのです。 端的にいえば、コアなマイルス・ファンからは非常に評判の悪い作品であります。でも、彼らがこれを忌み嫌う、あるいは軽く扱う理由はわからないでもありません。 というのもマイルスが制作中に世を去ってしまったため、その時点までにたまっていた音源をヒップホップ・プロデューサーのイージー・モー・ビーが再構築してつくりあげたものだからです。 と聞くだけでも、「あー、いかにも頭の硬い人たちからツッコミを入れられそうだなー」と思われることでしょう。実際そうなったわけですが、一方、正反対の高評価も生まれはしたのでした。 きっかけになったのは、当時の最先端だったアシッド・ジャズ/レア・グルーヴ・ムーヴメント。 簡単にいえばこれは、ヒップホップ的な視点によって過去の知られざる名音源に息を吹き込もうという動きです。そして、その影響でジャズを知らなかった若い世代までもが関心を示すなか、マイルスとこのアルバムも新鮮に受け止められることになったのです。 上の世代が旧来的な理屈で否定しまくった作品を、若い感性がフラットに評価したというわけで、どちらが建設的であるかは言うに及びません。 だいいち、もともとマイルスはクリエティヴに関するこだわりが強かった反面、(とくに後期は)わりと柔軟な姿勢を見せてもいました。たとえば1985年作『You’re Under Arrest』ではマイケル・ジャクソンの「ヒューマン・ネイチャー」やシンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」を取り上げたりもしていましたし。 それに、先に触れたエレクトリック期がそうであるように、彼は常に時代の最先端の空気感をいち早く取り入れてきたのです。そういう意味では、プロデューサーへの依存度が高いとはいっても、これは極めてマイルスらしいアプローチであると解釈することもできるわけです。 冒頭の“Mystery”や“The Doo-Bop Song”を耳にした時点で、ヒップホップのリズム・トラックとマイルスのトランペットは意外に相性がいいことを実感できるはず。 いや、それ以上に“Chocolate Chip”の強烈なビート感にもまったく負けていないあたり、「さすがはマイルス」と感じずにはいられません。イージー・モー・ビーがラップを披露する(ただし、あんまり上手じゃない)“Blow”“Fantasy”も新鮮だし、楽しみどころは少なくないのです。 というわけで、先入観を取り除いてぜひチェックしてみていただきたい作品なのでした。 ◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」 『Doo-Bop 』Miles Davis 『Birth Of The Cool』マイルス・デイヴィス 『カインド・オブ・ブルー - Mono 24/96』Miles Davis 『ビッチェズ・ブリュー』Miles Davis ◆バックナンバー 【6/14更新】ドクター・ジョン『Dr. John’s Gumbo』 謎の留年大学生が教えてくれた、セカンド・ラインの心地よさ 【6/7更新】アース・ウィンド&ファイア『Faces』 リリース当時はいまひとつ評価の芳しくなかった大作も、いま改めて聴けばなかなかに新鮮 【5/24更新】クルセイダーズ『Street Life』 ジョー・サンプルが、本作リリース後のランディ・クロフォードについて語ってくれたこと 【5/17更新】マイケル・ジャクソン『Off The Wall』 アイスコーヒーを飲みながら、井上と聴いた“Don’t Stop ‘Til You Get Enough” 【5/10更新】フリートウッド・マック『Rumours』 コーヒーショップで出会ったクリスチャン・グループの彼はいまどこに? 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