HOME ニュース 【5/24更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く 2019/05/24 月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。 クルセイダーズ『Street Life』 ジョー・サンプルが、本作リリース後のランディ・クロフォードについて語ってくれたこと ジョー・サンプルに会ったのは、2008年に彼が『No Regrets』というアルバムをリリースしたときのことでした。前作『Feeling Good』に続く、ランディ・クロフォードとの共演作です。 どちらもいい作品なので、機会があればぜひ聴いてみてください。 ところで以前にも『渚にて』を取り上げたことがありますが、ジョー・サンプルといえば、ジャズ・フュージョン・シーンを語るうえでは避けて通ることのできない名キーボード奏者です。 名門グループとして有名なクルセイダーズの主要メンバーであり、ソロ名義でも『虹の楽園』『渚にて』など多くの傑作を残している人。 クロスオーヴァー/フュージョンの黎明期をリアルタイムで経験してきた僕にとっても、彼と会えるのは夢のような話でした。 そのため期待感と不安が入り混じり、「ひょっとしてすごく頑固な人なんじゃないだろうか」などと考えたりもしたのですが、会ってみたらとても温厚な方でした……って、そりゃそうですよね。10代のパンクスじゃないんですから、当たり前すぎる話です。 ただ、予想をはるかに上回った紳士だったのです。ただそこにいるだけで、品のよさがにじみ出てくるような感じ。ですから話を聞いていくうち、「基本的に育ちがいい人なんだろうな」と感じたりもしました。 印象的だったのは、1979年にリリースされて大ヒットしたアルバム『Street Life』についてのエピソードです。いや、正しくいうと、同作に参加していた女性シンガー、ランディ・クロフォードについてのお話。 ご存知の方も多いと思いますが、『Street Life』はランディ・クロフォードにとっての出世作でした。彼女はこのアルバムに参加したことで一躍注目され、以後もその経験をもとにキャリアを積み上げていくことになったわけです。 なので、きっと以後も良好な関係が続いていたんだろうなと思っていました。その結果として、29年後に『No Regrets』が誕生したのだろうと。 ところが話を聞いてみれば、事情はまったく違っていました。長いつきあいどころか、実際のところ『Street Life』以降はしばらく交流が途絶えていたというのです。 「なんというか……あのころは彼女もまだ若かったってことさ。だから『Street Life』が成功したことで、いろいろなことを間違ってしまったんだろう。それは仕方がないよね。だからとやかく言う気はないし、長い時間が過ぎてお互いに大人になり、また一緒にできるようになったんだから、それでいいんだ」 ものすごく気を使って、ことばを選びながら話してくれたのでわかりにくいのですが、つまりは『Street Life』がヒットしたことでランディ・クロフォードが傲慢になり、関係が悪化していったということのようでした。 もちろんこういう話を聞いたからといって、そのまま鵜呑みにしたわけではありません。ランディ・クロフォードにはランディ・クロフォードの言い分もあるでしょうし、ジョー・サンプル側になにか問題があったということだって考えられないわけではないのですから。 それに1952年2月生まれのランディ・クロフォードは、当時まだ27歳になるかならないかという時期。かたやジョー・サンプルは40歳だったので、年齢差が誤解を生むことだって充分に考えられます。 そうでなくともお互いに人間で、それぞれの事情や考え方がある以上、すれ違いが生じるのは当然です。 だからこそ、こういうことを聞いたといっても、あくまでもフラットな立場でいたいと思っているわけです。きっとどちらも正しくて、どちらにも間違っていた部分はあったのでしょう。それだけのこと。 でも、それ以前に、『Street Life』が大ヒットしていた裏側で、そんなことが起きていたということそれ自体が心に残ったわけです。 そしてそう考えると、都会的で洗練され、ファンキーでキャッチーなこのアルバムが、いい意味で人間くさく聞こえてもくるのです。 ところで、ここまで書き終えて気づいたんですが、ジョー・サンプルが亡くなってからもうすぐ5年なんですね。そして、『Street Life』からはもう40年も経っているのか。 早いなぁ。 ◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」 『Street Life』クルセイダーズ 『虹の楽園』ジョー・サンプル 『渚にて』ジョー・サンプル ◆バックナンバー 【5/17更新】マイケル・ジャクソン『Off The Wall』 アイスコーヒーを飲みながら、井上と聴いた“Don’t Stop ‘Til You Get Enough” 【5/10更新】フリートウッド・マック『Rumours』 コーヒーショップで出会ったクリスチャン・グループの彼はいまどこに? 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