【4/12更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2019/04/12
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
サリナ・ジョーンズ『My Love』
サリナの名作を聴くたびに思い出すのは、本人を怒らせてしまった痛恨のミス


自分が書いた文章が初めて音楽雑誌に掲載されたのは、1994年4月のこと。同じ年の同じ月に生まれた息子が今月で25歳になるので、もの書きとしての僕のキャリアも25年ということになります。

早いナリねぇ……。

当然のことながらこの25年の間には、さまざまな方にインタビューもしてきました。数えたことはないけれど、少なく見積もっても500人以上の方々に話を伺っているんじゃないかな?

人の話を聞くのは好きなので、インタビューには向いているんだろうなと思っています。初対面で意気投合し、その数週間後に飲みに行くことになったというケースも少なくないし。

だから多少なりとも自信を持ってもいるのですが、とはいえもちろん失敗だってありました。

ちなみに「これ以上ない」というほどの大失敗をしたのは、ある雑誌でサリナ・ジョーンズにインタビューしたときのことです。

サリナ・ジョーンズは大好きなシンガーで、特に1981年にリリースされた日本制作アルバム『My Love』は文字どおりの愛聴盤。いまも定期的に聴きなおしていますし、何度聴いてもまったく飽きることがありません。

本人のヴォーカルの魅力もさることながら、特筆すべきはバック・ミュージシャンの豪華さです。

エリック・ゲイル(g)、コーネル・デュプリー(g)、リチャード・ティー(key)、ゴードン・エドワーズ(b)、スティーヴ・ガッド(ds)と、つまり1970年代のフュージョン・シーンにおける最重要グループであるスタッフのメンバーががっちりとサポートしているのです。

タイトで余裕を感じさせるバンド・サウンドがサリナのヴォーカルの魅力を理想的なかたちで引き出しており、非常に安定感があります。

しかも取り上げているのは、アルバム・タイトルにもなっているポール・マッカートニーの「My Love」からスティーヴィー・ワンダーの「Lately」まで、おなじみの名曲ばかり。

なお当時の最先端技術をあますところなく取り入れた作品でもあるので、サウンドの臨場感も抜群。だからこそ、ハイレゾ再生にとても適した作品であるとも言えます。

そんな名作を残しているサリナ・ジョーンズに話を聞けるとなれば、そりゃー気持ちが高ぶっても当然。僕はコミュ障チックなところがあるわりにインタビューではあまり緊張しないという、なんだかわけのわからない人間なのですが、それでもこの日はかなりの興奮状態にあった気がしています。

しかし、だからといってミスをしていいわけではありません。

もちろん意図的なものではなく、単なるミスなのですが、ちょっととんでもないことをやらかしてしまったのです。

彼女の夫はキース・マンスフィールドという著名な作曲家/アレンジャーです。あまり表に出てくることはないのですが、BBCのテレビ番組の音楽や、映画音楽などを多数手がけている方です。

サリナはそんな夫がいかに素晴らしい人であるかを、幸せそうに語ってくれました。印象的だったのは、「彼はレクサスも買ってくれたのよ」と言っていたこと。「そーいうことかよ!」と、ちょっとだけツッコミを入れたい気もしましたけれど。

しかし彼女はその後、「彼は亡くなってしまったからバイバイしたの」と寂しそうな表情で言ったのでした。

いや、違います。僕が、そう聞き違えてしまったのです。

なぜ、そんなことになってしまったのか?

インタビューをしたのは、ディスコ・シンガーのドナ・サマーが他界した直後でした。話の最中にもそのことが話題に上がり、サリナは「彼女は亡くなってしまったから、バイバイね」と言ったわけです。

話題があっちに行ったりこっちに行ったりしていたから……と言い訳するしかないのですが(しかし、そんなことは無駄である)、つまり僕は「ドナ・サマーの死」を「キース・マンスフィールドの死」と勘違いしてしまったということ。

しかも悪いことに、同行した編集者もその間違いに気づきませんでした。そのため、誰も気づかないまま「夫は亡くなってしまった」という発言が記事になったという最悪の結果に。

編集者から連絡があったのは、その号が発売された直後のことでした。

「サリナ・ジョーンズさんが、『うちの旦那は死んでない!』とたいへんお怒りのようでして……」

元気に生きている夫を死んだことにされたのですから、そりゃ怒りますよね。しかし雑誌は出てしまいましたから、どうするわけにもいきません。仕方なく同誌のウェブサイトに謝罪文を出したのですが、思い出すといまでも冷や汗が出ます。

そんなことがあったため、大好きだった『My Love』を耳にすると、なんだか恥ずかしいような、申し訳ないような気持ちにもなってしまうのです。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『マイ・ラヴ【K2HD】』
サリナ・ジョーンズ



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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

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