連載 『厳選 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』 第67回

2019/04/09
『SLIT』 安部恭弘
~80年代シティポップの名盤が、まさかのハイレゾ化! ~

連載 『厳選 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』 第67回 『SLIT』 安部恭弘
~80年代シティポップの名盤が、まさかのハイレゾ化! ~

■flacで聴くかwavで聴くか

ハイレゾ音源を試聴するとき、ファイル形式をflacで聴くかwavで聴くかという問題があります。私の場合、flacとwavの両方を販売している音源ならば、迷わずwavを選んでいます。問題はflacしか売っていない音源の場合。flacのまま試聴するのか、試聴前にwavに変換してから聴くのか、いつも迷ってしまいます。

というのも、私は明らかにwavのほうが音が良いと感じるためです。flacには特有の音の癖を感じます。具体的には、声のザラつきや、高音域の強調、立体音像の平坦化です。

事前にflacからwavに変換しておくと、このflac特有の音質傾向から開放されるので、flacが可逆圧縮であるということは私も信頼しています。flacをリアルタイム解凍するときにCPUパワーをほんの少しでも使うためなのか、音楽データとともに保存されている画像情報データなどが音質に影響を与えているのか・・・。原因は定かではありませんが、問題は実際に聴くとflacとwavで音質差が生じるところです。

実は今回の連載で取り上げる音源も、flacのみの販売でした。flacで聴いたときは「太鼓判ハイレゾの認定は難しいか」と悩むくらい、ボーダーライン付近ギリギリの音質でした。しかし、念のためにwav変換してから改めて試聴すると「抜群に素晴らしい!」となったわけです。この差は無視できるものではなく、flacとwavの両ファイル形式に大きな音質差があるとしか言いようがありません。

他の評論家さんがどうやって試聴しているのかチェックしてみると、意外とflacのまま聴いておられるようです。私だけなのか・・・と、悩んだりもします。

レコード会社の方に聞くと、「wavそのままの販売は、マスター音源そのものを手放すことになるので、若干の抵抗がある。その点、可逆圧縮とはいえマスターそのものではないflacのほうが、少し気が楽」とのことでした。なかなか興味深いご意見です。

単に、私が今まで聴いてきた機材がwav再生に強く、flac再生に弱いプレーヤーだったのかもしれません。気になる方は追試してみてください。実験は簡単です。flac音源を、なんらかの変換ソフトで事前にwav変換して比較試聴を行います。同じ音質に聴こえれば、今までどおりflacで聴き続ければOK。flacのほうがデータが小さく、使い勝手も良いのは間違いないのですから。

しかし、私のようにwavのほうが音が良いと感じたなら、大好きなアルバムだけでも事前にflacからwavに変換したファイルを作ってみてはいかがでしょう? ちょっとした一手間ですが、それで音質向上するなら、労力だけでお金は必要ありませんから、なんてラッキーなんでしょうか!


■80’sシティーポップの超強力盤が、夢のハイレゾ化!

世はシティーポップがブームだとか。私はリアルタイム世代なのでシティーポップという名称はピンときませんが、日本の音楽がキラキラしていた時代の音楽が高く評価されるのは嬉しいものです。そうそう、当時は「午前3時までやってるカフェテリアって、どんな感じだろう?」と、夢描いたものです。シティーポップが描く大人の世界に、大いに憧れていた世代。実際に大人になってみると、女性にハイヒールを投げつけられることもなく、コインを投げて行き先を決めた経験もありませんが、自分なりのワクワクした日々を楽しんでいます。

そんな80年代のシティーポップの名盤が、まさかのハイレゾ化。シティーポップのブーム万歳!

『SLIT』
安部恭弘
96kHz/24bit



どのようなマスター音源からハイレゾ化されたのか情報が無いのが残念ですが、同時期に発売されたSHM-CD紙ジャケット盤の解説を見ると “オリジナル・アナログ・テープを基にした2019年最新リマスター音源” とありました。ですので、アナログマスターからデジタル化するときに、96kHz/24bitも作っておいたハイレゾ音源ではないかと想像できます。実際に音を聴いても、CD規格をハイレゾ化したような音の硬さは感じられず、アナログテープがマスター音源であるっぽい雰囲気のサウンドが楽しめます。

『SLIT』は、1984年リリース時に予約して買った記憶があります。当時はバンド譜も発売されており、1曲目「Thrill Down」はバンドでコピーしたものです。ちょうど最近、懐かしくなり音楽配信で探して『SLIT』を楽しんでいました。そこでこのハイレゾ版『SLIT』の登場です。

今回の試聴ポイントは、記憶の中の『SLIT』より音が良いかどうかというところ。つまり、ハイレゾで買い直す価値があるのかをポイントに聴いてみました。ノスタルジーで聴くだけなら、音楽配信で十分ですから。

安部恭弘さんは、稲垣潤一氏の超名曲『ロングバージョン』の作曲で有名ですし、最近では鈴木雅之氏の新譜に楽曲提供でお名前を見かけました。そんな安部恭弘氏の80年代アルバムは、本当に名盤ぞろい。中でも『SLIT』は全曲が素晴らしく、シティポップのガイド本には必ず登場する必聴盤です。

『SLIT』の魅力は楽曲の素晴らしさはもちろん、ミュージシャンが超がつくくらい豪華なところ。ドラムだけ見ても、村上ポンタ秀一氏、青山純氏、山木秀夫氏など。ぜひミュージシャン・クレジットをじっくりチェックしてみてください。今では絶対に不可能というくらい、極上メンバーの演奏が楽しめます。個人的に驚いたのが、この名盤のストリングスが、金子飛鳥ストリングスだったこと。金子飛鳥さんは私の3冊の著書全ての添付CDでバイオリンを弾いていただきましたし、プライベートでも仲良くさせてもらっています。金子飛鳥ストリングスは80年代の超売れっ子でしたので、おそらく名盤の半分くらいに弦で参加しているのでは? それでもこうして名前を見つけると、なんだか嬉しくなるものです。

さて、問題のハイレゾ『SLIT』の音質はいかに。これはもう、ハイレゾで聴く価値が大いにありと太鼓判を押します。最近のコンピューター内部で作った音楽とは一線を画し、大きなスタジオで、豪華なアナログ卓、そして超一流ミュージシャンによる生演奏。立体的で膨よかで柔らかい音の手触りは、まさにアナログマスターテープの質感。「当時楽しんでいた音楽のマスター音源って、いったいどんな音だったのだろう?」この疑問に答え、当時の夢を実現してくれるのが、このハイレゾ音源です。強調されすぎるマスタリング・エフェクトは感じられず、非常にナチュラルなハイレゾ化トランスファー作業だと思います。

色あせない1曲目のカッコよさはもちろん、ぜひ聴いていただきたいのがラストの「君の愛がすべて」。ここまで曲進行と詩の世界がリンクしているのは驚きでしかありません。
曲調が明るいAメロでは幸せな風景が描かれ、マイナー調のBメロでは幸せな二人に陰りが生まれます。そしてドラマチックなサビで、二人の関係やいかに。いや~キラキラしていますね、80年代って! この世界観を、ぜひハイレゾでお楽しみください。




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筆者プロフィール:

西野 正和(にしの まさかず) 3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー 株式会社レクスト代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。『厳選! 太鼓判ハイレゾ音源ベストセレクション キングレコード ジャズ/フュージョン編』をプロデュース。

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