HOME ニュース 【4/5更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く 2019/04/05 月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。 萩原健一『熱狂・雷舞』 ショーケンの才能が明確に表れたライヴ・アルバムは、亡き叔父との記憶とも連動 叔父が亡くなったのは、いまから10年ほど前のこと。母の弟にあたる、6人きょうだいの末っ子です。65歳という若さだったので、いま生きていれば70代半ばか後半くらい。 叔父は僕にとって、ちょっと年の離れた兄のような存在でした。きょうだいのなかで母といちばん年が近く、仲がよかったことも影響していたのだと思います。 テレビや映画関係の仕事をしていて、おそらくフリーランスだったからなのでしょう、平日の昼間にふらっと遊びにきたりする人でした。 強烈に憶えているのは、うちにきたとき「ちょっと電話貸して」と、どこかに電話をしたときの光景です。 「お疲れさまです、太陽B班の○○ですが」 そのひとことを聞いた時点で、幼かった僕と弟は色めき立ちました。叔父は当時、昭和の大ヒット・ドラマ『太陽にほえろ!』の助監督をしていたのです。それを知っていたから「太陽B班」といういいかたが専門的に聞こえ、「かっこいいなあ」という思いを隠せなかったということ。 そののち、ショーケンこと萩原健一の名を知らしめた名作『傷だらけの天使』にも関わっていたようでした。子どもからすると、それは単純に「すごいこと」でした。 その後も、日本を代表する某大物俳優が主演したドラマの監督を単発で担当したり、これまた超大物が監督を務めた映画の脚本を書いたりしていました。 この原稿を書くにあたって名前で検索してみたら、「へー、この映画にも関係してたのか」と驚かされるような作品がたくさん出てきたので、がんで倒れるまでは、一貫して映画の世界で生きてきたのだなと改めて感じました。 最後までお金には苦労していたようですし、どちらかといえば控えめな性格だったこともあってか、「この人といえば、これ!」と胸を張れるような作品を残したわけではありません。 そういう意味では、一生裏方で終わったといったほうが近いのかもしれません。 でも、「大ヒット作を生んだからすごい」とか、「お金儲けをしたから偉い」とか、そういう次元ではない偉大さが叔父にあったことは事実。 その証拠に夫婦仲はとてもよく、ふたりの息子も道を踏み外すことなく素直に育ちました。決して裕福ではなかったけれど、穏やかで仲のいい家族をつくったことは、叔父のなによりの功績だったと確信できます。 ただ、僕には負い目があるのです。20歳前後の非常に荒れていた時期に、僕の中途半端さを心配して声をかけてくれた叔父に対し、暴言を履いたことがあったからです。 当時の僕はイラストを描いていて、でも仕事なんかほとんどありませんでしたから、実質的にはフリーターのようなものでした。コンプレックスの塊で、うまくいかないモヤモヤを、外部に対してぶつけまくっているような状態でした。 そんなとき、こちらからすれば「なんにも知らない」はずの叔父が、僕に説教してきたわけです。それは「痛いところを突かれた」以外のなにものでもなく、だから抵抗のしようがない僕は逆ギレしたのでした。 そして叔父の仕事に関し、とても文字にはできないような暴言を吐いたのです。叔父が、寂しそうな目をして僕をじっと見つめていたことが、いまでも忘れられません。 それは「黒歴史」的なもので、やがてなんとか僕は社会人としての軌道に乗ることができました(と言い切れるかどうかはわかりませんが)。そのことがあってからも、叔父との関係はそれ以前と同じように続いていました。親戚ですからね。 30代になってからも、なにか相談ごとがあると叔父に連絡したりしていましたし、叔父もそれにきちんと応じてくれました。 でも、やはりモヤモヤとした気持ちを拭うことができなかったのです。だからあるとき、かつて暴言を吐いたことを改めて謝りました。彼も「いいんだいいんだ」と笑顔で許してくれましたが、だからといって自分の愚行を正当化できたわけではありません。 それどころか、亡くなってからずいぶん経ついまでも、後悔の念を払拭することができません。まさに自業自得なので、この思いは一生引きずっていかなければならないんだろうなと思っていますが。 ショーケンが亡くなったとき、まず最初に思い出したのは叔父のことでした。小学生だったころに何度か、仲がよかったというショーケンの話をしてくれたことがあったからです。 たしか、叔父が当時住んでいた借家にもショーケンは遊びに来たんじゃなかったかな? とはいえ仲のよさを自慢するような感じではなく、あくまで自然に、ショーケンとの思い出を聞かせてくれたのです。 1979年にリリースされた『熱狂雷舞』というアルバムは、僕が初めてきちんと聴いたショーケンの作品でした。もちろん幼稚園児だったころにザ・テンプターズの楽曲は「なんとなく」耳にしていましたし、かなりあとになって知ったPYGに共感したこともあります。 でも、それからまただいぶあとに『熱狂雷舞』を聴き、ソロ・アーティストとしてのショーケンの才能を実感したのです。 バック・バンドに柳ジョージ&レイニー・ウッドを従えた、初の全国ツアーの模様を収録したライヴ・アルバム。柳ジョージはこれ以前からドラマ『祭りばやしが聞こえる』『死人刈り』の主題歌を担当していただけに、相性のよさは抜群。 『死人刈り』の主題歌だった「Weeping in the Rain」が引用される「イントロダクション」にはじまり、「酒と泪と男と女」「祭ばやしが聞こえる」のテーマ」「大阪で生まれた女」など有名曲をバランスよく盛り込んだ全16曲。一気に聴き通すことができます。 時代に左右されることのない普遍性を備えた作品でもあるので、ショーケンの訃報を耳にして以来、改めて何度も聴き返しています。 やっぱり、いい作品だな。 先日、聴いているときにふと、「このステージを、叔父は会場のどこかで聴いていたのかもしれないな」と感じたりもしました。 ◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」 『熱狂・雷舞 』萩原健一 ◆バックナンバー 【3/29更新】ザ・スミス『Meat Is Murder』 30数年前と現在をつなげてくれることになった、いま聴いてもまったく色褪せない名作 【3/22更新】スティーヴ・ミラー・バンド『Fly Like an Eagle』 日本での評価は低すぎる? 誰にも真似のできない「イナタい」かっこよさ 【3/15更新】ニール・ヤング『Greatest Hits』 深夜の碓氷峠で、トラックにパッシングされながら聴いた“Harvest Moon” 【3/8更新】フォガット『LIVE!』 火事で憔悴しきっていたときに勇気づけてくれた、痛快で爽快なブギー・アルバム 【3/1更新】ニーナ・シモン『ボルチモア』 尊敬する人が旅立った日の夜に聴きたくなった、ニーナ・シモンの隠れた名作 【2/22更新】ダイアー・ストレイツ『Communique』 衝撃的だったデビュー作にくらべれば明らかに地味。わかってはいるけれど、嫌いになれないセカンド・アルバム 【2/15更新】ウィリー・ネルソン『Stardust』 アメリカン・スタンダード・ナンバーを取り上げた、ブッカー・T.ジョーンズ・プロデュース作品 【2/8更新】ビル・ウィザース『スティル・ビル』 コンプレックスを抱えた苦労人だからこそ表現できる、暖かく、聴く人の心に寄り添うようなやさしい音楽 【2/1更新】フランク・シナトラ『The Centennial Collection』 シナトラの魅力を教えてくれたのは、あのときの上司、そしてバリ島のプールサイドにいた初老の男性 【1/25更新】マライア・キャリー『マライア』 南青山の空気と好きだった上司を思い出させてくれる、いまなお新鮮なデビュー・アルバム 【1/18更新】バリー・マニロウ『Barry』 地道な努力を続けてきた才人による、名曲「I Made It Through The Rain」を生んだ傑作 【1/11更新】渡辺貞夫『マイ・ディア・ライフ』 FM番組とも連動していた、日本のジャズ/フュージョン・シーンにおける先駆的な作品 【12/28更新】ビリー・ジョエル『52nd Street』 『Stranger』に次ぐヒット・アルバムは、1978年末のカリフォルニアの記憶と直結 【12/21更新】チャカ・カーン『I Feel For You』 ヒップホップのエッセンスをいち早く取り入れた、1980年代のチャカ・カーンを象徴するヒット作 【12/14更新】ドン・ヘンリー『I Can't Stand Still』 イーグルスのオリジナル・メンバーによるファースト・ソロ・アルバムは、青春時代の記憶とも連動 【12/7更新】Nas『Illmatic』 90年代NYヒップホップ・シーンに多大な影響を与えた、紛うことなきクラシック 【11/30更新】イエロー・マジック・オーケストラ『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』 最新リマスタリング+ハイレゾによって蘇る、世界に影響を与えた最重要作品 【11/23更新】ライオネル・リッチー『Can’t Slow Down』 世界的な大ヒットとなった2枚目のソロ・アルバムは、不器用な青春の思い出とも連動 【11/16更新】クイーン『オペラ座の夜』 普遍的な名曲「ボヘミアン・ラプソディ」を生み出した、クイーンによる歴史的名盤 【11/9更新】遠藤賢司『東京ワッショイ』 四人囃子、山内テツらが参加。パンクからテクノまでのエッセンスを凝縮した文字どおりの傑作 【11/2更新】ザ・スリー・サウンズ『Introducing The 3 Sounds』 「カクテル・ピアノ」のなにが悪い? 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