2018年「第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール」2位入賞~川口成彦の最新録音リリース

2019/03/29
世界的に有名な「ショパン国際ピアノコンクール」の主催元「国際ショパン研究所」によって昨年初開催された「ショパン国際ピリオド楽器コンクール」。その記念すべき第1回(2018年開催)で2位入賞。大手メディアでのニュースやドキュメンタリー番組の放送も相まって一躍時の人となったピアニスト、川口成彦の最新録音がリリースされました。川口本人のオリジナル・レーベル「MUSIS」が放つ、楽器と楽曲へのこだわりが結集したアルバムです。


『ゴヤの生きたスペインより』
川口成彦

川口成彦がこれまでのコンサートでライフワークとして取り組んできた、こよなく愛するスペインの作品を集めたアルバム。画家のフランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)が生きた時代に製作された2台のフォルテピアノを用いて、同時代のスペインの作曲家を多数取り上げています。


川口成彦
1989年に岩手県盛岡市で生まれ、横浜で育つ。第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位(2018年)、ブルージュ国際古楽コンクール・フォルテピアノ部門最高位(2016年)、第1回ローマ・フォルテピアノ国際コンクール〈M. クレメンティ賞〉優勝(2013年)。フィレンツェ五月音楽祭など欧州の音楽祭にも出演を重ねる。協奏曲では18世紀オーケストラなどと共演。東京藝術大学大学院およびアムステルダム音楽院の古楽科修士課程をいずれも首席修了。フォルテピアノを小倉貴久子、リチャード・エガーの各氏に師事。2018年に自主レーベルMUSISを立ち上げ、バルトークの『2台のピアノと打楽器のためのソナタ』が記念すべき第一弾としてアナログレコードでリリース。またスペイン音楽をこよなく愛し、古典期からロマン派初期におけるスペイン人作曲家の知られざる作品の演奏および研究を積極的に行う。
オフィシャルサイト


●”ピリオド楽器”──「フォルテピアノ」とは?

 ”ピリオド楽器”のコンクールで入賞を果たした川口成彦ですが、ここでいう”ピリオド楽器”とはいったいなんのことでしょうか?
 正解はこちら。

「ショパン国際ピリオド楽器コンクール」ファイナル動画



 私たちがふだん目にしているピアノとは、見た目も音も少し違うのがおわかりでしょうか。グランドピアノよりもボディはやや小さく、音は軽やかで柔らかく感じられるかと思います。
 実はこのピアノ、ショパンが生きていた当時(1842年)に製造された楽器なのです。

 このような18~19世紀当時に作られたピアノ(あるいは当時の形状を模して作られたピアノ)は「フォルテピアノ」と呼ばれています。
 ピアノは、1700年前後にイタリアの楽器製作者バルトロメオ・クリストフォリによって発明され、その後、産業革命の影響下で200年の歳月をかけて変容してきた楽器。鍵盤の数は徐々に増え、太く張力の高い弦を張るために鉄製のフレームを使うようになり、広い音域・大きな音・頑丈さをあわせ持つ「楽器の王様」になりました。

 しかし、そうした変容の過程で失われてしまった美点もあります。鍵盤の軽さや、そよ風のような優雅な響き。曲を書くときにショパンが想像していた音。モダン・ピアノが手放してしまったそれらの個性を今に伝える楽器……それが「フォルテピアノ」なのです。

●”ゴヤの生きたスペイン”のフォルテピアノと作品

 さて、 今回の新録『ゴヤの生きたスペインより』で使用されているのは、「ショパン国際ピリオド楽器コンクール」のフォルテピアノよりもさらに50年以上前に製作された楽器。

ジョン・ブロードウッド&サン グランドピアノ 1792年製 (エドウィン・ベウンク氏修復)
トラック1-3、8、11-14



クリストファー・ゲイナー スクエアピアノ 1780年頃製   (オラフ・ファン・ヒース氏修復)
トラック4-7、9、10



 フォルテピアノには、大きく分けて「ウィーン式」と「イギリス式」の2種類があり、それぞれアクション(鍵盤を押すことによりハンマーが連動して弦を叩くしくみ)が異なります。
 上記の2台の楽器は、いずれもイギリスで製造されたもの。ゴヤの生きた時代のスペインでは、ウィーン式よりもイギリス式アクションのピアノが主流でした。スペイン王家にイギリスのブロードウッド社からピアノが贈られたり、スペインの楽器製作者の多くがイギリスのスクエアピアノから影響を受けていたりと、当時のスペインはイギリスと密接な関係にありました。

モーツァルトより10年前に生まれ、シューベルトが亡くなった年に没したスペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤ(1746-1828)。

フランシスコ・デ・ゴヤの自画像



 ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト……と、ウィーン周辺の音楽家ばかりが語られがちな古典派から初期ロマン派までの時代、スペインではいったいどんな音楽が奏でられていたのか。イギリス式のフォルテピアノを駆使して、そのリアルな姿に迫ります。

●ハイレゾ・リスナーとしての聴きどころは「ヴァリエーション豊かな音色」!

 当アルバム『ゴヤの生きたスペインより』。スペイン発の知られざる作品を聴けるところが最大の魅力ではありますが……
 ハイレゾ・リスナーならではの聴きどころは、「ほかの鍵盤楽器にはないヴァリエーション豊かな音色」ではないでしょうか。

 チェンバロの倍音をたっぷり含んだ神秘的な音も、モダン・ピアノの力強く華のある音も、それぞれ魅力的。
 しかし、響きの多彩さに関しては、フォルテピアノに勝る楽器はありません。
 指に重みをこめて鍵盤を押すとき、軽く叩くとき、やさしいタッチでメロディを歌うとき、ペダルを一瞬だけ強く踏み込んだとき、ペダルを浅く入れたとき……
 一音一音、まったく違う音が出ます。
 あるときはチェンバロのような摩擦音の混ざったきらきらした響き、あるときはモダン・ピアノのようなすっきりとした明朗な響き。あるいはそのどちらともつかない摩訶不思議な響き。小鳥のさえずりのような高音域とチェロのようにうなる低音域の音質のギャップも聴きどころでしょう。

 こうした多彩な音色は、楽器そのものの個性であると同時に、演奏者のコントロール力の賜物でもあります。ピアニストの力量次第で、モダン・ピアノよりもリリカルでエモーショナルな表現が可能になる楽器。そう称してもよいでしょう。
 こうした微妙な響きの違いをしっかりキャッチした今回のハイレゾ・レコーディング。聴きやすい曲ばかりですが、決して聴き流すことはできません。耳の肥えたリスナーであればあるほど、音の情報量の多さに目を見張ること間違いなし。200年以上前のピアノの眩い音の煌めきを、思う存分味わってみてください。

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