【3/29更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2019/03/29
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
ザ・スミス『Meat Is Murder』
30数年前と現在をつなげてくれることになった、いま聴いてもまったく色褪せない名作


昨年末のこと。

知り合いのラッパーから、「ライヴのときに知り合ったギタリストが、昔、印南さんのことを知っていたそうです」という連絡をもらいました。

え、なにそれ? 

気になったから、連絡先を聞いてメッセージを送ってみました。するとその人は、20代前半のころに僕がアルバイトしていた貸レコード店の常連さんだったのでした。

といっても、その当時に交流があったわけではありません。そのOさんは僕より8歳下で、当時はまだ高校生。僕のことが怖くて、話しかけられるような感じではなかったというのです。

そっかー、あのころは僕もとんがってたからなぁ。でも、高校生にそんなことを思わせてしまったのでは失格だ。

ってな話はともかく、ご近所さんだということもあって、以後はしばしば飲む仲になったのでした。

昼間は堅い仕事をし、夜は音楽活動に専念しているという人物。ですから、イマドキのことばでいえば「パラレルワーカー」ということになるのかもしれません。いずれにしても、好きなことを続けていらっしゃるというのは、それだけで貴重なことだなぁと純粋に感じたものです。

「あのころ、印南さんはおすすめのレコードにコメントをつけてましたよね。あれがとても参考になったんです。たとえばザ・スミスとかキリング・ジョークとか、印南さんがいらっしゃらなかったら聴いてなかったかもしれません」

あるとき、Oさんがそんなうれしいことを言ってくださいました。たしかにニュー・ウェイヴにどっぷり浸かっていた当時は、ザ・スミス(以下:スミス)とキリング・ジョークを激推ししていたのです。

以前にも『The Queen Is Dead』を取り上げたことがありますが、スミスは「スミスがスミスであればなんでも許す」というくらい大好きでした。いまだに聴いていますし、どのアルバムも僕にとっては重要作なのですが、たしかに『Meat Is Murder』には推薦文をつけていました。

「内省的な詞と、のアンバランスさが魅力」みたいな、そういうことを書いたんじゃなかったかな。偉そうですね。

でも、それは間違いないことでもありました。脆くて繊細そうで、それでいて屈強な精神性を持っていそうなヴォーカリスト/詩人であるモリッシーの存在感、その魅力を見事に引き立てていたギタリストのジョニー・マーによるポップなサウンドが強力だったから。

解散後は両者ともソロに転じましたけれど、個人的にはスミス時代のほうがとてつもない説得力に満ちていたと感じています。

だから「スミスに駄作なし」と断言できるのですが、個人的には1985年のセカンド『Meat Is Murder』がいちばん好き。最高傑作と名高い『The Queen Is Dead』や、1984年のデビュー・アルバム『The Smiths』ももちろん最高なのですが、一枚だけ選べと言われたら、このアルバムになるのです。

食肉に反対したタイトル曲の主張には行きすぎた感がある気もするけれど、それを差し置いても内容的には申し分なし。

と、ここまで書いてまた再生してみたのですが、オープニング“The Headmaster Ritual”を耳にした時点で涙が出そう。躍動感のなかに青春期特有の不安が垣間見えるような、すばらしい楽曲です。

それにこのアルバムは、“That Joke Isn’t Funny Anymore”や“Well I Wonder”などもバラード・ナンバーもいいんですよね。とくに後者は、スミスの楽曲のなかでいちばん好きかもしれません。

さて、知り合ってからすでに半年ほど経つOさんに話を戻しましょう。いまでも強く印象に残っているのは、2018年の大晦日のことです。

その日は一緒に、近所のそば屋で昼飲みをしたのです。以前にも増してお互いの悩みなどを明かしあった日でもあり、夕方になったころにはふたりともへべれけになっていたのでした(とくに僕)。

で、そのあと、なぜか「サイゼリヤで飲もう」ということになったのですが、そのタイミングでOさんがふたりの息子に連絡し、「サイゼリヤ出動命令」を発動したのです。

あ、違うかも。酔った勢いで僕が「呼ぼう呼ぼう!」とリクエストしたんだったかもしれない(たちが悪いな)。

とはいえ18歳のお兄ちゃんと14歳の弟だというので、「本当に来るのかなー」と思っていたのも事実です。繊細で多感な時期にある子たちが、すでにできあがった酔っ払いのおじさんたちと合流するなんて考えにくかったからです。

ところが意外なことに、彼らはすぐに現れたのでした。しかも、ものすごくいい子。

弟くんは中二病まっただなかな年ごろなのに、繊細さをたたえながらも非常に素直。兄貴も幼い顔立ちのわりには落ち着いていて、こちらの目を見て静かに話すところに知性を感じました。

なかでもすごく印象に残っているのが、兄貴のTくんが「詩を書いているんです」と口にしたこと。

うまく表現できないのですが、そのことばを聞いた瞬間、心がすーっとしたことを憶えています。

「そうか、すぐ近くで暮らしているこの子は、僕が仕事をしているのと同じ時間に、部屋でひとり詩を書いていたりするんだな」って。

もちろん、詩を書く若者なんて珍しくないのかもしれません。けれど、それがとても素敵なことのように思えたのです。

そして、純粋な気持ちで音楽を続けているOさんだからこそ、こういうまっすぐな子たちを育てられたんだろうとも感じました。呼んだらすぐに来たことにも表れているように、この親子はさりげない、しかし太い絆でつながっているんだろうな、と。

Tくんが詩を書いていると聞いたとき、父親であるOさんにも影響を与えたスミスのことを思い出しました。それは、モリッシーのように繊細な詩なのかな? いや、全然違う感じかもしれないな。どっちにしても、ちょっと興味ある。

だから、いつか機会があったら、詩を見せてもらいたいと思っています。というより、手づくりの詩集でもつくってくれたら、何冊でも喜んで買うぞ。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Meat Is Murder』
The Smiths



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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

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