HOME ニュース 【3/8更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く 2019/03/08 月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。 フォガット『LIVE!』 火事で憔悴しきっていたときに勇気づけてくれた、痛快で爽快なブギー・アルバム 高校2年生の秋に家が火事になったことは以前書きました。 当時は「焼けちゃったもんは仕方ないじゃん」と飄々としていたのですが、とはいえそれは、「飄々としているふり」をしていたにすぎなかったのでした。その証拠に、自分の顔を鏡で見て「俺、なんだかやつれてるかも……」と感じることもありました。 なにしろ住む場所も思い出も、なにもかも失ってしまったのです。不幸自慢みたいなスタンスは嫌いなのですが、高校生のガキにとってはやはり楽ではなかったということですね。 だから、相応の精神的ダメージを受けていたのだろうなと思います。 火事の翌日から修学旅行だったのですが、当然ながら行けるはずもありません。もともと「修学旅行なんかダルくて行きたくねー」などとうそぶいていたので、行けなくなっても別に悔しさのようなものはありませんでした。 とはいえ、みんなが旅を楽しんでいるであろう時間に、ひとりで淡々と、焼けずに済んだものの整理とかしていたわけです。あれはあれでいい体験だったと思いますけど。 で、以前の原稿にも書いたとおり、そんなとき大きな助けになってくれたのが音楽でした。 レコードもすべて灰になってしまいましたから、聴けたのは従兄弟がラジカセと一緒に持ってきてくれた数本のカセットテープと、あとはラジオくらいのもの。でも、それがあったからこそ、あの時期を乗り越えられたような気もするんですよね。 当時、夜にはFENを聴いていました。いうまでもなく現在のAFN、米軍基地関係者とその家族に向けた放送です。そのころから聴きはじめたわけではなく、中学に入ったころから聴き続けていたのですが。 いずれにせよ、いい曲がたくさんかかるし、アメリカっぽい雰囲気も味わえる(←ここ、重要なポイント)ので好きだったのです。 あのころ平日深夜には、ハード・ロックやロックンロールばかりがかかる番組が放送されていました。しかも魅力的だったのは、選曲のセンスが日本の放送局とは明らかに違っていたこと。 たとえばブラウンズヴィル・ステーションというバンドがよくかかったのですが、この人たちの曲を国内のラジオで聴くことなんて、ほぼ皆無に近かったですからね。 しかもうれしいことに、同じ曲を何度もかけてくれたりするわけです。明らかに選曲者の好みが優先されていた、悪く言えば偏った選曲だったということ。でも国内のラジオにはなかったそういう自由な感覚も魅力的で、よくかかる曲は必然的に頭に刷り込まれていくことになったのでした。 フォガットも、あの深夜番組のおかげでハマッたバンドでした。イギリス出身ながら、非常に泥くさいブギーを聴かせてくれた人たち。ツイン・リード・ギターを主軸としたサウンドはサザン・ロックに通じるものであっただけに、1970年代のアメリカで受け入れられたことも充分に納得できます。 日本ではほとんど知られていなかったのですが、なにしろまったく洗練されていないバンドだったので(それが魅力なんだけど)、おしゃれなものが好きな日本人に受けなかった理由もわからないではありません。 1975年作『Fool for the City』のタイトル・トラックとか、1979年作『Boogie Motel』のオープニング“Somebody’s Been Sleepin’ in My Bed”とか好きだったなー。 それから、聴くたびいまだに熱くなれるのが、1977年のライヴ・アルバム『Live』です。冒頭の“Fiool for the City”を筆頭に収録曲は全6曲とコンパクトなのですが、各局が長めだということもあり、聴きごたえは文句なし。 特に最高なのが、ラスト・ナンバーの“Slow Ride”。ライヴならではのダイナミズムが最大限に活きたこの曲の完成度は、『Fool for the City』に収録されていたオリジナル・ヴァージョンを上回るほどです。 そしてこの曲は、FENの深夜放送でしょっちゅうかかったのです。いつまでたっても嫌いになれないことには、もしかしたらその経験も影響しているのかもしれません。 火事ですべてを失い、とにかく精神的に疲れていたのですけれど、ヴォーカリスト、ロンサム・デイヴ・ペヴァレットによる高音のシャウトからスタートするこの曲を聴くと、無条件でパワーがみなぎってくるような感じ。 そしてクサい表現だけど、聴くたび「がんばらなきゃな」みたいな気持ちになれたわけです。つまり僕は、この能天気なロックンロール・バンドに助けられたといっても過言ではないのかもしれません。いまでも「がんばろう!」というときには、聴くことが多いしなー。 ◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」 『Foghat Live』Foghat 『Fool For The City (Remastered)』Foghat 『Boogie Motel (Remastered)』Foghat ◆バックナンバー 【3/1更新】ニーナ・シモン『ボルチモア』 尊敬する人が旅立った日の夜に聴きたくなった、ニーナ・シモンの隠れた名作 【2/22更新】ダイアー・ストレイツ『Communique』 衝撃的だったデビュー作にくらべれば明らかに地味。わかってはいるけれど、嫌いになれないセカンド・アルバム 【2/15更新】ウィリー・ネルソン『Stardust』 アメリカン・スタンダード・ナンバーを取り上げた、ブッカー・T.ジョーンズ・プロデュース作品 【2/8更新】ビル・ウィザース『スティル・ビル』 コンプレックスを抱えた苦労人だからこそ表現できる、暖かく、聴く人の心に寄り添うようなやさしい音楽 【2/1更新】フランク・シナトラ『The Centennial Collection』 シナトラの魅力を教えてくれたのは、あのときの上司、そしてバリ島のプールサイドにいた初老の男性 【1/25更新】マライア・キャリー『マライア』 南青山の空気と好きだった上司を思い出させてくれる、いまなお新鮮なデビュー・アルバム 【1/18更新】バリー・マニロウ『Barry』 地道な努力を続けてきた才人による、名曲「I Made It Through The Rain」を生んだ傑作 【1/11更新】渡辺貞夫『マイ・ディア・ライフ』 FM番組とも連動していた、日本のジャズ/フュージョン・シーンにおける先駆的な作品 【12/28更新】ビリー・ジョエル『52nd Street』 『Stranger』に次ぐヒット・アルバムは、1978年末のカリフォルニアの記憶と直結 【12/21更新】チャカ・カーン『I Feel For You』 ヒップホップのエッセンスをいち早く取り入れた、1980年代のチャカ・カーンを象徴するヒット作 【12/14更新】ドン・ヘンリー『I Can't Stand Still』 イーグルスのオリジナル・メンバーによるファースト・ソロ・アルバムは、青春時代の記憶とも連動 【12/7更新】Nas『Illmatic』 90年代NYヒップホップ・シーンに多大な影響を与えた、紛うことなきクラシック 【11/30更新】イエロー・マジック・オーケストラ『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』 最新リマスタリング+ハイレゾによって蘇る、世界に影響を与えた最重要作品 【11/23更新】ライオネル・リッチー『Can’t Slow Down』 世界的な大ヒットとなった2枚目のソロ・アルバムは、不器用な青春の思い出とも連動 【11/16更新】クイーン『オペラ座の夜』 普遍的な名曲「ボヘミアン・ラプソディ」を生み出した、クイーンによる歴史的名盤 【11/9更新】遠藤賢司『東京ワッショイ』 四人囃子、山内テツらが参加。パンクからテクノまでのエッセンスを凝縮した文字どおりの傑作 【11/2更新】ザ・スリー・サウンズ『Introducing The 3 Sounds』 「カクテル・ピアノ」のなにが悪い? 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