【2/22更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2019/02/22
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
ダイアー・ストレイツ『Communique』
衝撃的だったデビュー作にくらべれば明らかに地味。わかってはいるけれど、嫌いになれないセカンド・アルバム


e-onkyoユーザーのみなさんは、おそらくLPやCDで音楽を聴いてきた世代だと思います。僕もそこに属しますが、あのころはYouTubeもストリーミングもなかった時代でした。

以前にも書いた記憶がありますが、音楽を聴きたいとしても手段が限られていたわけです。ラジオからエアチェックするか、レコードを買うか、あるいは貸レコード店から借りてくるか。

気になるものはやはり買うことになるのですが、とはいえ安くはありません。LP1枚が、国内盤なら2500円くらい。基本的にお金がない学生にとっては、なかなかシビアな出費だったわけです。

だから「なにを買うか」は非常に重要な問題でしたし、買った以上はそのレコードを「好きにならなければならない」のでした。なぜって、好きになれなかったとしたら「お金を無駄にした」ことになってしまうから。

せっかく買ったのに、挫折感を味わいたくないじゃないですか。だから買って聴いてみて、「あれ?」と違和感をおぼえたとしても、そういう気持ちは頭のなかから強制的に排除する必要があったわけです。

そして、何度も聴き込むのです。そうすると、最初は「好きじゃないかもしれない」と感じたレコードも、なんとなく好きになっていくものだから。

つまりは「モトを取ろう」ということなので、なんだかバカみたいな話です。でも、そういう無駄に思える行動や経験って、大切なことなんじゃないかなぁとも思うのです。

1978年にイギリスからダイアー・ストレイツというバンドが登場したときは、かなり大きなインパクトを受けました。赤いストラトキャスターを器用に操るギタリスト、マーク・ノップラーのテクニックが圧倒的で。

ヒット曲「悲しきサルタン」(←邦題、なんだかなーと思ってましたけど)に明らかなそのサウンドは、明らかに時流に乗ったものではありませんでした。けれど、だからこそ強いオリジナリティを感じたのです。

ただ残念ながらお金がありませんでしたから、話題になったそのファースト・アルバム『悲しきサルタン』は買えませんでした。たしか、FMからエアチェックした何曲かを聴いて我慢していた気がします。

しかし、買えなかった悔しさが心に残っていたからこそ、翌年のセカンド・アルバム『Communique』は絶対に買おうと決心しました。当時は高校2年生でアルバイトもしていましたが、稼げるお金はたかが知れています。でも、その限られたお金を使う価値が、ダイアー・ストレイツにはあると判断したわけです。

バンドは売れるとすごいんだなぁと実感したのは、このアルバムがバハマ・ナッソーのコンパスポイント・スタジオでレコーディングされていたからです。アイランド・レコードの創設者であるクリス・ブラックウェルがつくった当時最先端のスタジオであり、そこを使えるということは大物の証だったのです。

つまり、デビュー作を成功させたダイアー・ストレイツは、この2作目で高待遇を受けていたわけです。そんなこともあって期待感は高まり、迷いもなく国内盤を買ったのでした。

そして、それから何度も聴きました。何度も、何度も。

高校時代、「G」というコーヒーショップ でアルバイトしていたことを書いた記憶があります。失恋した日の、その店でのエピソード とかも。

「G」のマスターは、音楽的感性が豊かな人でした。そこで聴く音楽にはとても大きな意味がありましたし、彼は僕にとっての“音楽の師”でもありました。

ある日、買ったばかりの『Communique』を「G」に持って行き、かけてもらったことがありました。そのとき、4曲目のタイトル・トラックのあたりで、マスターがコーヒーをたてながらボソッと言ったのです。

「これ、どこがいいの?」

もちろんコーヒーの話ではなく、『Communique』のことです。つぶやきのようなそのひとことは、しかし鋭い矢のように、僕の心にストレートに突き刺さりました。

えーとですね、言われなくてもわかっていたんです。なぜって初めて聴いたときから、僕も似たようなことを感じていたからです。「……これ、微妙じゃね?」って。

でも「買って損した!」という感情に押しつぶされたくなかったので、考えないようにしていたのです。ところがマスターは、一発でそれを指摘したのです。

ぶっちゃけ、渋すぎるんだよなー。オープニングの「Once Upon A Time In The West」からして、オープニングにはまったく適していない地味~な曲だったし。とはいえモトはとりたかったので、その後もムキになって聴き続けたのでした。

するとその結果、先ほど書いたようなことが起こりました。最初は地味に感じたこのアルバムが、なんだかとても気に入ってしまったのです。たしかに地味すぎますけれど、「時流に流されず、やりたいことをやる」というこのバンドの性格が反映されていることは事実。

シングル・ヒットした「Lady Writer」なんか、めっちゃめちゃかっこいいじゃないですか(ただし、邦題はやっぱりかっこ悪いですね。なにしろ「翔んでる! レディ」ですからね)。

それにコンパスポイント・スタジオで録ってるだけあって、音がいい。世間的には駄作と言われているのかもしれませんけれど、個人的な感情を抜きにしても非常によくできたアルバムだと思います。

いま聴きなおすと、特にそう感じるのです。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Communique』
ダイアー・ストレイツ




『悲しきサルタン』
ダイアー・ストレイツ



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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

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