【1/29更新】印南敦史の「クラシック音楽の穴」

2019/01/29
印南敦史のクラシック・コラムが装いも新たにリニューアル!ここで明らかにしようとしているのは、文字どおりクラシック音楽の「知られざる穴」。クラシックにはなにかと高尚なイメージがあって、それが「とっつきにくさ」につながっていたりもします。しかし実際には、そんなクラシック音楽にも“穴”というべきズッコケポイントがあるもの。そこでここでは、クラシック音楽の「笑える話」「信じられないエピソード」をご紹介することによって、ハードルを下げてしまおうと考えているわけです。そうすれば、好奇心も高まるかもしれませんからね。だからこそ肩の力を抜き、リラックスしてお読みいただければと思います。
たばこ好きが高じて犯罪の域に足を踏み入れた作曲家がいる

プッチーニ


たばこをやめたのは、45歳のときでした。とくに理由もなく、なんとなく「たばこ、やめよっかなー」とつぶやいたところ、次の瞬間から家のなかに禁煙令が敷かれてしまったからです。ちょっとした独り言によって、やめざるを得ない状況に追い込まれたわけです。

さて、どうやってやめようかと考えた結果、思いついたのは禁煙ガムでした。ニコチン摂取の方法をガムに置き換え、生活習慣を改善させながら段階的にニコチンの摂取量を減らしていこうという、非常に都合のいいガムです。

ところが、これは失敗に終わったのでした。なぜなら、禁煙ガムがやめられなくなってしまったからです。まさに本末転倒。それではまったく意味がありませんよね。

しかも、いまほどたばこの値段も上がっていなかった当時は、たばこを買うよりも高くついたのです。

でも不思議なもので、仕方がないから普通のガムに替えてみたところ、思っていたよりも楽にやめることができたのでした。

なんだー、だったら禁煙ガムなんか必要なかったじゃーん。というよりそもそも、何度も禁煙をしては失敗してきた過去はなんだったんだよ、という感じでした。

しかしまぁそんな経緯があったので、以後、健康診断で喫煙歴を尋ねられたときには、こう答えたのです。

「たばこはお吸いになりますか?」
「いえ、45歳でやめました(キッパリ!)」

問題は、ここから先です。

「では20歳から、25年間お吸いになったということですね」
「……それが……あの、15歳から吸ってたもんで……」
「………………さて、(答えずに話題を変える)」

こういうことが何度かあったのです。「そんなに早くから吸ってちゃだめじゃないか!」と叱られれば、「おっしゃるとおりでございます」と納得もできます。なのに、なんだか“聞かなかったこと”にされてしまうんですよねー。まぁ、そんな歳から吸ってたのが悪いので、文句の言いようもないわけではありますけれど。

それはともかくやめてみると、たばこの恐ろしさがはっきりとわかるようになりました。30年間やめられなかったわけですが、たしかにそれほどの中毒性はありますからね。

しかも自分がそうだったから断言できるのですが、喫煙者には自分の喫煙習慣を正当化する傾向があります。たとえば「やめるべきだ」と言われたとしたら、多くの場合「やめる理由がない」と返すわけです。開き直っているわけではなく、本当にそう信じているのです。

いまにして思えば、そう確信させてしまう威力もまた、たばこの恐ろしさだという気がします。

クラシックの世界にも愛煙家は少なくありませんでしたが、そんななか、今回注目したいのはイタリアの作曲家、ジャコモ・プッチーニです。

プッチーニといえば、『ラ・ボエーム』『トスカ』『蝶々夫人』などのオペラで有名。また、未完成のまま遺されることとなった(フィナーレは友人が補筆)最後のオペラ『トゥーランドット』内の「誰も寝てはならぬ」は、2006年のトリノ・オリンピックで荒川静香さんが使用したことで話題になりました。

壮大でロマンティックな楽曲であるだけに、広く支持されることにもうなずけますよね。

しかし数々の名曲を生み出してきたプッチーニには、酒場でピアノ弾きのアルバイトをしていた若いころに、たばこの魅力にとりつかれたという過去があります。

そして、結果的には“一線”を超えてしまいます。

というのも、たばこを買うお金がなくなったときには、教会のパイプオルガンのパイプをこっそり外し、それを売り払ってたばこ代にあてていたというのです(どうやって運んだのか気になる)。

もちろん、たばこは嗜好品ですから、節度をわきまえて吸うぶんには問題はないでしょう。しかし、これは窃盗であり、つまりプッチーニはたばこのために犯罪に手を染めたということになるわけです。

そのために捕まったというような話は残っていないようなので、牧歌的な時代だったと考えるべきなのかもしれませんが。とはいえ死因が喉頭がんだと聞くと、納得できてしまうのも事実ではあります。

なおプッチーニは食通としても知られていましたが、食にまつわるエピソードは、また別の機会にご紹介したいと思います。


◆今週のおすすめ


『プッチーニ:歌劇『トゥーランドット』(演奏会形式)』
アンドレア・バッティストーニ, 東京フィルハーモニー交響楽団




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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

◆ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」
◆連載「印南敦史の 名盤はハイレゾで聴く」

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