HOME ニュース 【1/18更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く 2019/01/18 月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。 バリー・マニロウ『Barry』 地道な努力を続けてきた才人による、名曲「I Made It Through The Rain」を生んだ傑作 あまり、器用なほうではないのです。 要領よく、しかもスマートに“コストパフォーマンスのいい働き方”のようなものを実践できる人がいることは知っています。ただがむしゃらに働くのではなく、うまく人を巻き込んで“お金を生み出す流れ”をつくってしまえるような人。 ある意味で、それが洗練された大人の働き方なのでしょう。それに年齢を重ねれば重ねるほど、“自分が動く”から“人を動かす”にシフトしていくべきなんだろうなとも思います。 だから、「そうなれたらいいな」という思いももちろんあるのです。 けれど残念ながら、僕はそういうタイプではないんですよね。もう50代だし、そろそろ楽に生きたいものだなぁという気持ちはあるのですが、そういう生き方はできなくて。 別な言い方をすれば、(20~30代のころと変わらず)“いま、すべきこと”を地味に地道に、コツコツやることしかできないわけです。 それがいちばん自分らしいとも感じているので、これまでどおりに動くしかない……いや、これまでどおりに動くのがベストなんでしょうけどね。 小学生のころから、バリー・マニロウが好きでした。たしか初めて聴いたのは、1974年、僕が6年生だった年にヒットした「哀しみのマンディ(“Mandy”)」だったと思います。で、そこから、アルバムが出るたびに気にするようになったのです。 バリーの魅力といえば、高品質な楽曲と、その持ち味を最大限に引き出してみせる声、およびヴォーカル能力ということになるでしょう。オーソドックスなので安心して聴けるし、聴くたびに、穏やかな気持ちになれるというか。 一方、ブルース・ジョンストンによる楽曲を見事に歌い上げた“I Write the Songs(邦題「歌の贈りもの」”がそうであるように、カヴァー曲も文句なし。ポップスというフィールドで実績を残したアーティストとしては、バーブラ・ストライサンドと並ぶ才人だと思います。 だから華やかなイメージがあるのも事実ですが、実は彼、なかなかの苦労人なんですよね。 幼少時に両親が離婚したため祖父母に育てられた彼は、高校を卒業したのちニューヨーク音楽大学とジュリアード音楽院に進学。学費も自分で働いて稼いでいたといいますが、その過程で音楽の仕事を得ることができ、以後は作曲家、アレンジャー、プロデューサー、ピアニストとして精力的に働くことになったのです。 お金を稼ぐため仕事に専念したため、21歳で結婚したもののわずか2年で離婚するなど、とにかく「仕事、仕事、仕事」の人だったわけです。 当然ながら僕は彼の音楽に魅力を感じてファンになったのですが、あとからこうした生きざまを確認するにつけ、彼のことがより好きになりました。 もちろん彼と僕ではまったく比較になりませんけれど、「目の前にある仕事をきちんとやる」という姿勢については、多少なりとも接点があるような気がしたからです。 依頼を受けた時点で、“好きな仕事”かどうかは無関係。大切なのは、それをしっかりとこなし、自分の力で“おもしろい仕事”にしてしまうこと。そうやって「やるべきこと」に責任を持って望めば、必然的にその仕事は魅力的なものになると思うのです。 バリーの作品が普遍的な魅力を放つのも、おそらくは仕事に対する彼の真摯な姿勢が音の隙間に垣間見えるからなのではないでしょうか。 今回ご紹介する『Barry』は、1980年の作品。彼自身は広い意味でのポップ・フィールドで活躍していたわけですが、このころはちょうどAORやアダルト・コンテンポラリーの全盛期。ということでシングル“I Made It Through The Rain”が米アダルト・コンテンポラリー・チャートで4位まで上昇したりもしました。 しかしシングル・ヒットした同曲のみならず、いかにもバリーらしいメロディ・ラインを持つ「ロンリー・トゥゲザー」、ヒット曲「コパカバーナ」に通じるポップ・センスが活きた「バミューダ・トライアングル」、ノスタルジックな「ダンス.アウェイ」、映画『Tribute』のテーマ・ソングになった「ウィ・スティル・ハヴ・タイム」など、文句なしに魅力的な楽曲が目白押し。 かつて彼の作品を聴いていた人は、改めて聴いてみることによってさまざまな記憶を蘇らせることができるはず。また、初めて聴くという人も、親しみやすい曲調や伸びのあるヴォーカルに引き込まれることでしょう。 ところでバリーは数年前、73歳にしてゲイであることをカミングアウトしました。どことなくそんな雰囲気はありましたから特に驚きませんでしたし、それはそれで生き方なのだから、他人に口出しできるようなものでもありません。 でも、そのときまでずっと公表できなかった理由が、いかにも彼らしいと感じました。「もし僕がゲイだと明かしたら、ファンを失望させてしまうかもしれない」という思いがあったというのです。 そんなことあるわけがないのに、つまりは真面目な人なんですよね。このエピソードを知ったときには、「その音楽に魅力があるだけでなく、人間的にも素晴らしい人だなぁ」と改めて感じたものです。 ◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」 『Barry』Barry Manilow ◆バックナンバー 【1/11更新】渡辺貞夫『マイ・ディア・ライフ』 FM番組とも連動していた、日本のジャズ/フュージョン・シーンにおける先駆的な作品 【12/28更新】ビリー・ジョエル『52nd Street』 『Stranger』に次ぐヒット・アルバムは、1978年末のカリフォルニアの記憶と直結 【12/21更新】チャカ・カーン『I Feel For You』 ヒップホップのエッセンスをいち早く取り入れた、1980年代のチャカ・カーンを象徴するヒット作 【12/14更新】ドン・ヘンリー『I Can't Stand Still』 イーグルスのオリジナル・メンバーによるファースト・ソロ・アルバムは、青春時代の記憶とも連動 【12/7更新】Nas『Illmatic』 90年代NYヒップホップ・シーンに多大な影響を与えた、紛うことなきクラシック 【11/30更新】イエロー・マジック・オーケストラ『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』 最新リマスタリング+ハイレゾによって蘇る、世界に影響を与えた最重要作品 【11/23更新】ライオネル・リッチー『Can’t Slow Down』 世界的な大ヒットとなった2枚目のソロ・アルバムは、不器用な青春の思い出とも連動 【11/16更新】クイーン『オペラ座の夜』 普遍的な名曲「ボヘミアン・ラプソディ」を生み出した、クイーンによる歴史的名盤 【11/9更新】遠藤賢司『東京ワッショイ』 四人囃子、山内テツらが参加。パンクからテクノまでのエッセンスを凝縮した文字どおりの傑作 【11/2更新】ザ・スリー・サウンズ『Introducing The 3 Sounds』 「カクテル・ピアノ」のなにが悪い? 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