印南敦史のクラシック・コラムが装いも新たにリニューアル!ここで明らかにしようとしているのは、文字どおりクラシック音楽の「知られざる穴」。クラシックにはなにかと高尚なイメージがあって、それが「とっつきにくさ」につながっていたりもします。しかし実際には、そんなクラシック音楽にも“穴”というべきズッコケポイントがあるもの。そこでここでは、クラシック音楽の「笑える話」「信じられないエピソード」をご紹介することによって、ハードルを下げてしまおうと考えているわけです。そうすれば、好奇心も高まるかもしれませんからね。だからこそ肩の力を抜き、リラックスしてお読みいただければと思います。
床を足で叩いて命を落とした作曲家がいる
↓
リュリ
クイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』が、相変わらず好評ですね。劇場公開がスタートしたのは昨年11月9日でしたが、いまだに人気が衰えないどころか、どんどん評価が高まっていくような印象があります。
なんでも2019年1月14日時点で,興行収入が94億3739万円に到達したのだとか。僕も公開開始後すぐに観に行ってきたのですが、その時点では正直なところ、ここまでの大ヒットになるだろうとは予想してもいませんでした。
いや、もちろん話題にはなるだろうとは思っていました。作品のクオリティも抜群ですし、そもそもクイーン自体が評価の高いバンドなのですから。
しかし、そうはいっても、ひとつのバンドをモチーフにした「音楽映画」なのです。いいかえれば、観客を選ぶ作品であることも否定できないわけです。シビアに考えればね。
にもかかわらず老若男女を巻き込み、予想をはるかに超えた大ヒットになったため驚いているということ。
僕の場合、特に感化されたのは70年代のクイーンでした。アルバムでいえば、1973年のデビュー作から、1978年の『Jazz』あたりまで。もちろんそれ以降の作品も聴いていましたけれど、初期から中期の7作品の影響がやはり大きいのです。
だから『ボヘミアン・ラプソディ』のなかでも、特に印象的だったのはその時期の楽曲にまつわるエピソードでした。
たとえば、名曲「ボヘミアン・ラプソディ」のレコーディング風景に匹敵するほど心に残ったのは、「ウィ・ウィル・ロック・ユー」が生まれたときのトピック。ご存知のとおり、この曲は「ドン、ドン、パン」というリズムを軸に成り立っている楽曲です。
リリース当時、初めて聴いたときには、いい意味で「こんな曲アリかー!」と衝撃を受けたものですが、ああやって生まれたものだったとは。
ところで、たくさんの人たちが台の上で足を踏み均すこの場面は、やがて僕のなかで暴走しはじめることになったのでした。このシーンを回想すると、いつしか作曲家のリュリを思い出すようになっていたのです。
というのもこの人、床を足でどんどん叩いたことによって人生の方向性を変えてしまったからです。
ただし、あまりいい話ではないのですが。
イタリアに生まれ、10代でフランスに渡ったリュリは、音楽の才能を認められたことから、かの地で成功を収めることになります。20歳で宮廷デビューし、ルイ14世に認められ、宮廷作曲家として活躍することになったのです。
リュリはフランス・オペラの創始者としても有名で、喜劇(コメディ・バレ)『町人貴族』、オペラ『アディス』『アルミード』など魅力的な作品を残していますね。どの作品にも、文句なしで楽しくなれるような魅力があると思います。
いずれにせよ彼は、貧しい家庭環境に生まれ育つも、結果的には大きな成功をものにした人物なのです。が、54歳のとき、指揮棒に運命を左右させられることになります。
ぶっちゃけ、指揮棒に殺されたといっても過言ではないのです。つまり、こういうこと。
当時の指揮棒は現在のような短いものではなく、長い杖状をしていたのだそうです。そして、その指揮棒で床をどんどんと叩いてリズムをとっていたというのです。ここまでなら、「へー、だからそ『ウィ・ウィル・ロック・ユー』を思い出すんだー」で終わる話かもしれません。
ところが、それだけで終われない結果になってしまったのです。なぜならあるとき、曲のクライマックスが訪れたとき、勢い余って、先の尖った指揮棒で右のつま先を突いてしまったから(想像するだけで痛い)。
その結果、足の指が腫れあがり、そこからばい菌が入り込むことに。そして結果的には翌年、わずか55歳で命を落とすことになってしまったということ。
「『ウィ・ウィル・ロック・ユー』から無理やり話を持っていこうとしてないか??」と勘ぐられても無理はないかもしれませんけれど、そういうわけではありません。しかし、あのレコーディングの場面がたまたまリュリのエピソードとつながってしまったため、いつしか頭から離れなくなったのです。
でも、イケメンだったリュリがバイセクシャルだったことを考えると、断片的にクイーンとつながる部分はありますよね(それ、ただの偶然だから)。
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印南敦史 プロフィール
印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。
◆ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」
◆連載「印南敦史の 名盤はハイレゾで聴く」