HOME ニュース 【11/30更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く 2018/11/30 ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。 月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。 イエロー・マジック・オーケストラ『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』 最新リマスタリング+ハイレゾによって蘇る、世界に影響を与えた最重要作品 イエロー・マジック・オーケストラ(以下:YMO)の初期作品が、いよいよハイレゾ配信されました。しかも、ダフト・パンクのグラミー受賞作『ランダム・アクセス・メモリーズ』を手がけたことでも知られるボブ・ラディックによる最新リマスタリング。 これは絶対に、改めてハイレゾで聴かなければならない作品です。 それにしても、これがYMO結成40周年記念企画だと聞くと、ちょっと感慨深くもありますなあ。たしかに、ファースト・アルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』が話題になったころ、僕はまだ高校1年生だったよ。 だから当時のYMOの“受け止められ方”は、日常的な感覚としてよく覚えています。 そのクオリティの高さから、いまでは「音楽を熟知している人を納得させる力量を持ったグループ」として認知されているわけですが、いや、それも間違いはないのですが、あのころは音楽に詳しい人も疎い人も、みんなYMOに心惹かれていたのです。 最新のテクノロジーを駆使したサウンドは刺激的だったし、明らかにすごいことをやっているのに、めちゃめちゃポップでわかりやすいのですから、幅広い層の心をつかんでも当然。 特に印象的だったのは、1978年の『イエロー・マジック・オーケストラ』に次いで翌年に『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』が出たあとのことです。 折りしもこのアルバムがリリースされたのは、海外ツアーの大成功がテレビなどでも頻繁に報じられていた時期。真っ赤な人民服とか、のちに「テクノカット」と呼ばれる独特な髪型のインパクトなどとも連動し、彼らの認知度はどんどん大きくなっていったわけです。 ヒット・シングルの「ライディーン」や「テクノポリス」はラジオでも毎日のようにかかっていたし、一緒にデニーズでアルバイトしていた一歳年上の女の子からは半強制的に自作のYMOカセットをプレゼントされたし、いやでも耳に入ってくるような感じだったのです。 ほんと、みんな聴いていたんですよね、YMOを。 目に浮かぶのは、高校からの帰り道にあった古い木造アパートです。というのも道路に面した一階の部屋から、あのころはいつ通っても「ライディーン」が聞こえてきたからです。 大家さんや近所の人に怒られちゃうんじゃないかと、こちらが心配してしまうほどの大音量。思うにあれは、「俺、YMO知ってんだぜ!」アピールだったのでしょう。 いまの時代でいえば、窓を全開にしてヒップホップを爆音で流しながら、トヨタのヴェルファイアで爆走する子たちみたいなものです。 いずれにせよ、生意気盛りの高校生にしてみれば、それはなんともツッコミどころ満載のシチュエーションです。だから、そのアパートの前を通るたび、友だちと小声で「まただよ」とか話しながら、懸命に笑いをこらえたりしていたのでした。 ところがあるとき、いつものように爆音でかかるYMOに気づくや「まぁたYMOかかってるよ!」と、ちょっと大きめの声で言ってしまったのです。特に悪意はありませんでしたし、早い話がなんにも考えていなかったのですが、まぁバカですね。 でも、その日はなにかが違ったのです。 具体的にいえば視線を感じるのでそちらを見ると、YMOをかけているいつもの部屋の窓が開いていたのです。そして、窓辺でタバコをふかしているリーゼントのツッパリ兄さんが、ものすごい形相で僕のことを睨んでいたのです。 「あ、いや……」と意味不明の言葉を漏らしながら視線をずらし、みんなでサササッと逃げるようにその場を去ったのですが、あのときは怖かったなぁ。 考えてみれば、あの兄さんももう還暦くらいかな? いまごろどうしているんだろう?一度睨まれただけの関係(そもそも関係ではない)なのに、『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』を聴いていると、そんなことまでしみじみと考えてしまったりします。 いわばYMOにはあのころ、「YMOを聴いている」という共通項だけで人をつなげてしまうような、不思議な力があったということ。 そして、その結果、さまざまな思い出が記憶のなかから引き出されてくるので、いまだに何度でも聴けてしまうのです。 しかも最新リマスタリングが施されたハイレゾ音源だと、さらにその音楽性は際立ちます。ときに「最新録音なのではないか」と錯覚してしまうほど、その音像は生々しくリアイティに満ちているのです。 ぜひともハイレゾで体験していただきたいのは、そんな理由があるからです。 ◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」 『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー(2018 Bob Ludwig Remastering)』YELLOW MAGIC ORCHESTRA 『イエロー・マジック・オーケストラ〈US版〉(2018 Bob Ludwig Remastering)』YELLOW MAGIC ORCHESTRA ◆バックナンバー 【11/23更新】ライオネル・リッチー『Can’t Slow Down』 世界的な大ヒットとなった2枚目のソロ・アルバムは、不器用な青春の思い出とも連動 【11/16更新】クイーン『オペラ座の夜』 普遍的な名曲「ボヘミアン・ラプソディ」を生み出した、クイーンによる歴史的名盤 【11/9更新】遠藤賢司『東京ワッショイ』 四人囃子、山内テツらが参加。パンクからテクノまでのエッセンスを凝縮した文字どおりの傑作 【11/2更新】ザ・スリー・サウンズ『Introducing The 3 Sounds』 「カクテル・ピアノ」のなにが悪い? 思春期の少年に夢を与えてくれた、親しみやすいピアノ・トリオ 【10/26更新】ロバータ・フラック『やさしく歌って』 1970年代の音楽ファンを魅了した才女の実力は、「ネスカフェ」のCMソングでもおなじみ 【10/19更新】井上陽水『陽水ライヴ もどり道』 思春期の甘酸っぱい思い出をさらに際立たせてくれるのは、立体感のあるハイレゾ・サウンド 【10/12更新】カーペンターズ『シングルズ 1969-1981』br> 思春期の甘酸っぱい思い出をさらに際立たせてくれるのは、立体感のあるハイレゾ・サウンド 【10/5更新】エアロスミス『Rocks』 倉庫でレコーディングされた名盤が思い出させてくれるのは、クリスチャンの人たちとの思い出 【9/28更新】サイモン&ガーファンクル『Bookends』 消息不明の親友との記憶を思い出させてくれる、個人的にとても大きな価値のある作品 【9/21更新】ジェフ・ベック『Wired』 前作『Blow By Blow』の成功を軸に、クリエイティヴィティをさらに昇華させた意欲作 【9/14更新】マーヴィン・ゲイ『I Want You』 リオン・ウェアとマーヴィン、それぞれの実力が理想的なかたちで噛み合った“夜の傑作” 【9/10更新】エアプレイ『ロマンティック』 ジェイ・グレイドンとデイヴィッド・フォスターによる“限定ユニット”が生み出したAORの名作 【8/27更新】上田正樹とSOUTH TO SOUTH『この熱い魂を伝えたいんや』 日本を代表するソウル・シンガーの原点ともいうべき、ハイ・クオリティなライヴ・アルバム 【8/19更新】アレサ・フランクリン『Live At The Fillmore West』 サンフランシスコのロック・ファンをも見事に魅了してみせた歴史的ライヴ 【8/13更新】ボビー・コールドウェル『イヴニング・スキャンダル』 南阿佐ヶ谷のカフェでの記憶と、ボビー本人の意外なキャラクター 【8/2更新】バド・パウエル『ザ・シーン・チェンジズ』 奇跡のピアノ・トリオが掘り起こしてくれるのは、三鷹のジャズ・バーで人生を教わった記憶 【7/27更新】ロッド・スチュワート『Atlantic Crossing』 「失恋マスター」を絶望の淵に追いやった「Sailing」を収録。言わずと知れたロック史に残る名作 【7/20更新】エア・サプライ『Live in Hong Kong』 魅惑のハーモニーが思い出させてくれるのは、愛すべき三多摩のツッパリたちとの思い出 【7/13更新】アース・ウィンド&ファイア『The Best Of Earth, Wind & Fire Vol. 1』 親ボビーとの気まずい時間を埋めてくれた「セプテンバー」を収録したベスト・アルバム 【7/6更新】イーグルス『Take It Easy』 16歳のときに思春期特有の悩みを共有していた、不思議な女友だちの思い出 【6/29更新】ジョー・サンプル『渚にて』 フュージョン・シーンを代表するキーボード奏者が、ザ・クルセイダーズ在籍時に送り出した珠玉の名盤 【6/22更新】スタイル・カウンシル『カフェ・ブリュ』 ザ・ジャム解散後のポール・ウェラーが立ち上げた、絵に描いたようにスタイリッシュなグループ 【6/15更新】コモドアーズ『マシン・ガン』 バラードとは違うライオネル・リッチーの姿を確認できる、グルーヴ感満点のファンク・アルバム 【6/8更新】デレク・アンド・ザ・ドミノス『いとしのレイラ』 エリック・クラプトンが在籍したブルース・ロック・バンドが残した唯一のアルバム 【6/1更新】クイーン『Sheer Heart Attack』 大ヒット「キラー・クイーン」を生み、世界的な成功へのきっかけともなったサード・アルバム。 【5/25更新】ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ『Live!』 「レゲエ」という音楽を世界的に知らしめることになった、鮮度抜群のライヴ・アルバム 【5/18更新】イーグルス『One of These Nights』 名曲「Take It To The Limit」を収録した、『Hotel California』前年発表の名作 【5/11更新】エリック・クラプトン『461・オーシャン・ブールヴァード』 ボブ・マーリーのカヴァー「アイ・ショット・ザ・シェリフ」を生んだ、クラプトンの復活作 【5/6更新】スティーヴィー・ワンダー『トーキング・ブック』 「迷信」「サンシャイン」などのヒットを生み出した、スティーヴィーを代表する傑作 【4/27更新】オフ・コース『オフ・コース1/僕の贈りもの』 ファースト・アルバムとは思えないほどクオリティの高い、早すぎた名作 【4/20更新】チック・コリア『リターン・トゥ・フォーエヴァー』 DSD音源のポテンシャルの高さを実感できる、クロスオーヴァー/フュージョンの先駆け 【4/12更新】 ディアンジェロ『Brown Sugar』 「ニュー・クラシック・ソウル」というカテゴリーを生み出した先駆者は、ハイレゾとも相性抜群! 【4/5更新】 KISS『地獄の軍団』 KISS全盛期の勢いが詰まった最強力作。オリジマル・マスターのリミックス・ヴァージョンも。 【2/22更新】 マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイング・オン』 ハイレゾとの相性も抜群。さまざまな意味でクオリティの高いコンセプト・アルバム 【2/16更新】 ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『スポーツ』 痛快なロックンロールに理屈は不要。80年代を代表する大ヒット・アルバム 【2/9更新】 サイモン&ガーファンクルの復活曲も誕生。ポール・サイモンの才能が発揮された優秀作 【2/2更新】 ジョニー・マーとモリッシーの才能が奇跡的なバランスで絡み合った、ザ・スミスの最高傑作 【1/25更新】 スタイリスティックス『愛がすべて~スタイリスティックス・ベスト』ソウル・ファンのみならず、あらゆるリスナーに訴えかける、魅惑のハーモニー 【1/19更新】 The Doobie Brothers『Stampede』地味ながらもじっくりと長く聴ける秀作 【1/12更新】 The Doobie Brothers『Best of the Doobies』前期と後期のサウンドの違いを楽しもう 【12/28更新】 Barbra Streisand『Guilty』ビー・ジーズのバリー・ギブが手がけた傑作 【12/22更新】 Char『Char』日本のロック史を語るうえで無視できない傑作 【12/15更新】 Led Zeppelin『House Of The Holy』もっと評価されてもいい珠玉の作品 【12/8更新】 Donny Hathaway『Live』はじめまして。 印南敦史 プロフィール 印南敦史(いんなみ・あつし) 東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。 ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」 ツイート