【11/16更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/11/16
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
クイーン『オペラ座の夜』
普遍的な名曲「ボヘミアン・ラプソディ」を生み出した、クイーンによる歴史的名盤


中学1年生のころ、週末になると都内のオーディオメーカーのショールームを訪ね歩いていました。たとえば、秋葉原にある「ONKYO BASE」のようなスペース。

スマホで簡単に音楽が聴ける現代では考えられないことですが、かつてのオーディオ機器は(少なくとも中学生にとっては)目が飛び出すほど高額商品です。

もちろん買ってもらえるはずもなく、かといって、こづかいを貯めて買えるようなものでもなかったので、ショールームでいろいろなオーディオをいじることに楽しみを見出していたのです。

ちなみにあの当時(1975年ごろ)は、各ショールームが積極的にレコード・コンサートなどを開催していました。話題のレコードを、最新のオーディオ・システムで、しかも爆音で聴かせてくれるわけです。

それは、僕にとってもありがたいことでした。以前にも書いた とおり、僕の家には安物のレコードプレーヤーとラジカセしかなかったので、ショールームでのレコード体験はとても貴重だったのです。

そのため、いろんなアーティストのいろんなアルバムを、そういった空間で聴き、満足した記憶があります。

なかでも特に印象に残っているのは、1975年の暮れにリリースされたクイーンの『オペラ座の夜』です。

すでに大ヒットしていたシングル「ボヘミアン・ラプソディ」は、もちろん何度も耳にしていました。けれど、ショールームで聴いたそれは、自分が知っていた曲とはまったく別モノでした。

なにしろ、音が左右に飛びまくるのです。普段はスピーカーがひとつしかないモノラルのラジカセで聴いていたので、天地がひっくり返るほどの衝撃を受けました。

「これがステレオってやつかー!」

ヘンな言い方ですけど、左右に音が分離される「ステレオ」の魅力に心を奪われたわけです。そして、それをわかりやすく教えてくれたのがクイーンだったのです。あの体験がなかったとしたら、僕はいまほど「音」に興味を持っていなかったかもしれません。

先日、『ボヘミアン・ラプソディ』を観てきました。話題になっているのでご存知の方も多いと思いますが、フレディ・マーキュリーを中心とした、クイーンの伝記映画です。

フレディ役を担当したラミ・マレックの演技、とりわけライヴ・エイドでのパフォーマンス・シーンが高く評価されているようですね。たしかに、フレディの魂が乗り移ったんじゃないかとさえ思わせるほどの好演でした。

あと、猫がかわいかった(余談すぎるだろそれ)。

しかし個人的にはなによりも、1970年代のクイーンの姿が印象的でした。「過去作と同じような作品はつくらない」という思いのもとでアイデアを出し合い、さまざまな実験をしながら楽曲をつくりあげていくプロセスが、わかりやすく描かれていたからです。

特に『オペラ座の夜』のレコーディング場面を見たときには、「なるほど、“ボヘミアン・ラプソディ”ってこうやって生まれたのかー!」と感心するしかありませんでした。

『オペラ座の夜』は、プロデューサーのロイ・トーマス・ベイカーと共同制作され、1975年の暮れにリリースされた4枚目のアルバム。言うまでもなく、『シアー・ハート・アタック』 で世界的な成功を収めたクイーンが、さらなる進化を見せつけた最高傑作です。

緊張感に満ちた“Death Oh Two Legs”や“I’m In Love With May Car”、ポップな“You’re My Best Friend”、アコースティック・ギターの音の広がりが心地よい“’39”、さらに音像が際立つ“Sweet Lady”、そして“Bohemian Rhapsody”などなど、一曲として無駄がない仕上がり。

美しいメロディや、攻撃的かつ繊細なバンド・サウンドもさることながら、先ほども書いたとおり、音が左右に飛び交う立体的なプロダクションが大きなポイント。しかもe-onkyoにあるのはオリジナル・ファースト・ジェネレーションのマスター・ミックスから、最新のアナログとデジタル技術を用いて再構築された音源なので、さらにダイナミックなサウンドを楽しむことが可能です。

いまから43年も前につくられた作品だとは思えませんし、そんな昔にここまでの高いクオリティを実現させてしまった彼らの才能にも驚かされるばかり。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観てから、改めて聴き込んで観てはいかがでしょうか? きっと、新たな発見があると思います。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」」





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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

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