連載『厳選 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』第15回
2014/10/03
数あるハイレゾ音源から、選りすぐりをご紹介する当連載。第15回は、2012年のビクターのハイレゾ配信第1弾を飾った作品のひとつ『リー・リトナー・イン・リオ』です。
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【バックナンバー】
<第1回>『メモリーズ・オブ・ビル・エヴァンス』 ~アナログマスターの音が、いよいよ我が家にやってきた!~
<第2回>『アイシテルの言葉/中嶋ユキノwith向谷倶楽部』 ~レコーディングの時間的制約がもたらした鮮度の高いサウンド~
<第3回>『ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付き」(1986)』 NHK交響楽団, 朝比奈隆 ~ハイレゾのタイムマシーンに乗って、アナログマスターが記憶する音楽の旅へ~
<第4回>『<COLEZO!>麻丘 めぐみ』 麻丘 めぐみ ~2013年度 太鼓判ハイレゾ音源の大賞はこれだ!~
<第5回>『ハンガリアン・ラプソディー』 ガボール・ザボ ~CTIレーベルのハイレゾ音源は、宝の山~
<第6回> 『Crossover The World』神保 彰 ~44.1kHz/24bitもハイレゾだ!~
<第7回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~ スペシャル・インタビュー前編
<第8回>『そして太陽の光を』 笹川美和 ~アナログ一発録音&海外マスタリングによる心地よい質感~ スペシャル・インタビュー後編
<第9回>『MOVE』 上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト ~圧倒的ダイナミクスで記録された音楽エネルギー~
<第10回>『機動戦士ガンダムUC オリジナルサウンドトラック』 3作品 ~巨大モビルスーツを感じさせる、重厚ハイレゾサウンド~
<第12回>【前編】『LISTEN』 DSD trio, 井上鑑, 山木秀夫, 三沢またろう ~DSD音源の最高音質作品がついに誕生~
<第13回>【後編】『LISTEN』 DSD trio, 井上鑑, 山木秀夫, 三沢またろう ~DSD音源の最高音質作品がついに誕生~
<第14回>『ALFA MUSICレーベル』 ~ジャズのハイレゾなら、まずコレから。レーベルまるごと太鼓判!~
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『リー・リトナー・イン・リオ』
~血沸き肉躍る、大御所たちの若き日のプレイ~
■CD規格からハイレゾ音源は作成可能か?
「CD規格からハイレゾ音源は作成可能か?」
個人的見解を述べるとするなら、その答えはYESです。44.1kHz/16bitという小さなデジタル音声規格から、ハイレゾという大きなデジタル音声規格を作り出すのは、まるで錬金術のようで不可能に思えます。また多くの議論があるように、CD規格の44.1kHz/16bitには20kHz以上の超高域が収録されていないという問題があります。しかし、20kHz以上の超高域がマスター音源に記録されているか否かは、ハイレゾ音源の音の良さの重要な鍵ではいないと私は考えています。無関係ではないですが、本物の44.1 kHz/16bitマスター音源を実体験している人ならば、超高域問題はそんなに重視しないと思います。
44.1 kHz/16bitマスター音源の底力は、そんなものではありません。実は、私たちは44.1 kHz/16bitマスター音源の100%のサウンドは聴けていないのが現状です。普通にCD盤を聴いている人ならば、体感できているのは本当の音質の60%くらいでしょう。もし44.1 kHz/16bitマスター音源が持つ真の実力をリマスタリングで引き出せたのなら、そしてそれをより大きな器であるハイレゾ音源として記録できたのなら、CD規格という原本を超える錬金術のようなハイレゾ音源は作成可能だと私は考えています。20kHz以上の超高域ばかりに着目していると、その大切な目標を見失うのではないでしょうか。
超高域がカットされたスペアナ画像で「ほら、これは偽物のハイレゾだ」と判断する世界的な流れは、私一人の発言で変えることはできません。ですが、ぜひ音楽好きの皆さんには、音楽の可能性を信じていただきたい。私たちは、CD盤を遥かに超えるサウンドのハイレゾ音源時代を待ち望んでいるのです。聴いて凄い音が出たならばそれで大満足であり、超高域が収録されているかどうかは問題ではありません。私はこのレビュー連載にあたり、44.1kHz/16bitから作成したハイレゾ音源でも、良ければ太鼓判ハイレゾ音源と認定させていただくつもりです。残念ながら現時点では、まだそこまでの革新的作品は出現していません。44.1kHz/16bitマスター音源の真実の音を知っている私としては、実に歯がゆい思いです。
聴き手側の超高域に対する勝手な思い込みが、逆に音楽提供の幅を狭めているようで残念に感じています。実際に音を聴いて、本物か否かの判断をしましょう。その結果、音の良くないハイレゾ音源が淘汰されていくのは仕方のないことかもしれません。未来へのバトンとして、宝である素晴らしい音楽記憶をハイレゾ音源として残していきたいものです。
■ハイレゾ音源のベストシリーズは大歓迎
VICTOR STUDIO HD-Sound.の「ベスト・オブ・ハイレゾ・サウンドシリーズ」は、どれも良質な仕上がりです。お好きなジャンルがあれば、まず入手してみてはいかがでしょう。ベストならではの、思わぬお宝に出会えるのも嬉しいところです。自分ではなかなかチョイスしない音楽ジャンルの発見があり、私もシリーズ全部を入手して楽しんでいます。なかでも、『ベスト・オブ・ムード・ミュージック「ストリングスの世界」ハイレゾサウンド』は盲点で、『クレバノフ・ストリングス・ゴールデン・ディスク』という買い逃し作品があったのを発見できたのは収穫でした。
しかし少々辛口に書きますと、個人的にはベストの全曲が太鼓判ハイレゾ音源かというと、少々悩ましいところです。デジタルやアナログといったマスター音源の差が音質差となって感じられ、太鼓判ハイレゾ音源かどうかの境界線付近で迷ってしまいました。こうして実際に並べて試聴すると、やはり最も高く評価できるのは、アナログテープマスターから制作したハイレゾ音源だと実感します。
■『リー・リトナー・イン・リオ』の高音質を再確認
「ベスト・オブ・ハイレゾ・サウンドシリーズ」を聴いて、めっぽう良かったのは『リー・リトナー・イン・リオ』です。私の愛聴盤であり、レコード盤はもちろん、リマスターされるたびにCDを購入してしまう人生の一枚でもあります。
私が初めて出会った『リー・リトナー・イン・リオ』は、レコード盤ではなく、アメリカ旅行の際に入手したUSプレスのCD盤。このUS盤CDのサウンドを例えるなら、最もスッピン美人という感じで、今思うとちょっぴり薄味の音かもしれません。お気に入りはxrcd盤CDで、Alan Yoshida氏のマスタリング。このxrcd盤は驚くほど音が良く、感激したのを覚えています。気をよくしてXRCDシリーズを集めましたが、実は良くなったのはxrcd仕様の問題だけではなく、マスタリングエンジニアの腕次第だったような気もします。私が良い印象のxrcd盤を集めると、見事に全部Alan Yoshida氏のマスタリングでした。
そして時は流れ、ハイレゾ版で『リー・リトナー・イン・リオ』と再会します。その衝撃たるや、これはもうスタジオでマスター音源を聴いているときのような感触がビシビシと伝わってきます。ハイレゾ版を手に汗握って聴きました。
ハイレゾ版『リー・リトナー・イン・リオ』の良いところは、音の核というべきポイントを、きちんと押せているところ。かゆいところに手が届いているという感じです。音の芯があるので、全てのサウンドが快感へ直結します。
大好きな3曲目『リオ・ファンク』。このハイレゾ版が、私の『リオ・ファンク』人生のゴールでも良いと感じています。『リー・リトナー・イン・リオ』のリマスターCD盤が出ても、おそらく購入することはないでしょう。
若き日のマーカス・ミラー。そのスラップ・ベースが『リオ・ファンク』で炸裂しています。当時のスラップ好きベーシストなら誰もがコピーしたベースソロで、ドドパドッパという六連符の5つめ抜きの連打は、今も色褪せることがありません。現代では定番のスラップ奏法テクニックのひとつですが、世に出た最初の作品がこの『リオ・ファンク』だと思います。
その『リオ・ファンク』で、波形を見比べてみましょう。波形だけなら1985年US盤CDが最もダイナミクスがあるように見えるのですが、実際に聴くとハイレゾ版の迫力が圧倒的です。xrcd盤CDは、おそらくハイレゾ版制作時にライバル音源として比較試聴されたのだと思います。xrcd盤CDを完全に凌駕するサウンドに仕上げてこそのハイレゾ。そんな心意気が感じられる、ハイレゾ版の仕上がりです。
■1979年当時のデジタル事情
アナログマスターテープから作成したハイレゾ音源とはいえ、本作のCDジャケットには大きく“DIGITAL MASTER”とうたってあります。『リー・リトナー・イン・リオ』は1979年録音ですから、3M社のDigital Audio Mastering Systemで元のマスターが作られたのではないかと私は想像しています。日本盤レコードを製作するにあたり、アメリカから送られてきたのが、ビクター社が保管するアナログテープマスターではないでしょうか。つまり、アナログテープマスターの元のマスターは、当時のデジタルスペックでしかありません。3M社Digital Audio Mastering Systemのマニュアルを読むと、やはり超高域の周波数特性は20kHz止まりです。
当時のGRPレーベル作品は“DIGITAL MASTER”をアピールした数々の名盤があり、「やっぱりデジタルは音がイイな~」と当時のリスナーは感激したものです。誰も超高域問題など気にせず、大迫力のGRPサウンドに酔いしれました。
私がインタビューしたミュージシャンの話だと、3M社Digital Audio Mastering Systemで制作した当時の音の印象は、決して良いものではなかったようです。しかし、GRPレーベルの作品群はめっぽう音が良い。「本当にデジタルマスターだったのか?」とも疑いたくなる気持ちもあります。
ここはレコード会社を信用してデジタルマスターだったとすると、既に1979年には音の良いデジタル制作による音楽が誕生していたことになります。『リー・リトナー・イン・リオ』のこの音に、いったい何の不満があるでしょうか。私はこのサウンドで楽しめるのならば、20kHz以上の超高域信号が無くても何ら問題ありません。実際に聴いて音がいいのですから。
弾きたい盛の若者ミュージシャンに、自由に思いっきりやらせてみたプロデューサーの手腕。その熱き演奏をレコーディングしたラリー・ローゼンは、私が一番好きなエンジニアです。リー・リトナーやマーカス・ミラーはもちろん、ミュージシャン・クレジットを見ると今では大御所となった人たちばかり。その若き日の記録がこうしてマスター音源級サウンドで手軽に入手できるようになったのですから、ハイレゾ時代の到来に感謝は尽きません。本国アメリカにも、ここまで良いマスターテープが残っているかどうかは疑問ですから、完璧な状態でアナログテープを保存してくれていたビクター倉庫の優秀な保管能力は本当に素晴らしいと思います。本作は、私のヘビーローテーションの太鼓判ハイレゾ音源です。
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筆者プロフィール:
西野 正和(にしの まさかず)
3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。