【9/28更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/09/28
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
サイモン&ガーファンクル『Bookends』
消息不明の親友との記憶を思い出させてくれる、個人的にとても大きな価値のある作品


前にも書いたことがありますが、僕は三多摩地区の不良高校の出身です。僕自身は不良ではなかったのですが、周囲は長ラン&ボンタンでリーゼントのイキがったやつらばっかりだったわけです。

ここ に書いたとおり、そういうツッパリ連中とも適当につきあってはいたのですけれど、とはいえ基本的な価値観が違いすぎます。深い話をすることなど期待できなかったので、人間関係についてはいろいろ妥協していたのでした。

学生時代って、多少なりともみんな似たようなものでしょうけれど。

しかしそんななか、3年で同じクラスになったM岸だけは違いました。唯一、腹を割って話ができる男だったのです。

人間関係も要領よくこなし、いつもニコニコしていて波風を立てないタイプ。だから、雨が降ると学校を休むという裏技を使っても、誰もそのことに気づかないのでした。

やつは文学が好きで、いろいろな作品を教えてくれました。特にデビューしたばかりの村上春樹に注目していて、氏が経営していたジャズ喫茶の話とか、スコット・フィッツジェラルドの話などを日常的に聞かされていました。

卒業後、僕らはどちらも大学受験に失敗し、浪人生として予備校に通うことになりました。ただM岸はなぜか自宅浪人を偉び、週に数回、選択科目だけを受けにきていました。

「俺、大学に入ってしばらくしたら養子に出なくちゃならないんだ」

あるときM岸が、そんなことを言い出しました。でも、「え、なんで?」と聞いても、返ってくるのは「母親に頼まれたからさ。俺、母親に弱いんだよ」という曖昧な答えだけ。

やつの家は裕福だったので経済的な理由ではなかったはずですが、どうしてそういう話になったのか、いまだにわからずじまいです。

でも、なんだか思い悩んでいたようで、日増しに明るさが失われていきました。

1年後、僕は滑り止めの大学にかろうじて受かりましたが、M岸はまた落ちてしまいました。自宅で2浪すると聞いたときには、正直なところ「もう無理だろうな」と感じていました。そしてお互いの環境の変化から、だんだん疎遠になっていったのでした。



サイモン&ガーファンクルのアルバムを一枚だけ選んでくれと言われたら、僕は迷わず、1968年の4作目『Bookends』だと答えます。特に、この作品の前半が好きなのです。

もちろん、映画『卒業』に使用されて全米i1位になり、1969年のグラミー賞で最優秀レコードも受賞した「Mrs. Robinson」や「A Hazy Shade of Winter」などの大ヒットが登場する後半も申し分ありません。

しかし前半では、ヴェトナム戦争が暗い影を落とす60年代後半のアメリカの状況や、それらに対する思いが組曲形式で描写されているのです。

なかでも心に響くのは、アルバム・タイトルとも連動した「Old Friends」。公園のベンチの両端に座る2人の老人の姿についての「まるでブックエンドみたいに見える」という表現と、当時のアメリカ社会の閉塞感とが、不思議な印象とともに絡み合います。

つまり、老いていく「古い友人」たちをモチーフにしたこの曲は、深く抽象的な主張が込められたメッセージ・ソングであると解釈できるわけです。ですから、そういう意味において、サイモン&ガーファンクル作品のなかでも重要な一曲であるといえるはずです。

また、アルバム自体にも、そのような価値があると思います。

けれど、そのことはわかっているのだけれど、これを聴くたび、僕は歌詞の内容以前に「Old Friends」というタイトルに強く反応してしまうのです。僕にとっての「Old Friends」のひとり、それも、おそらくは誰よりも重要な友だちであったM岸のことを思い出してしまうからです。

大学に入ってから、あいつとの間に広がっていく距離感を意識すればするほど、「Old Friends」はM岸と僕の友情を代弁したテーマ曲のような意味合いを持ってしまったのでした。



もう会うことはないかもしれないと思っていたM岸は、30歳を目前に控えたころ、僕の実家に現れました。僕はそのころすでに所帯を持っていましたから会えなかったのですが、一通の封筒を置いていったようで、そこには僕に関する詩が書かれていました。

いかにもM岸らしいなと思いました。

調布のちゃんこ鍋屋で再会したのは、それから数年経ったころでした。なにより驚かされたのは、あいつの“その後”です。なんと2浪して某一流私立大学の二部に合格し、大学院まで進み、ヨーロッパに留学までしたというのです。

しかも、再会したそのときには、どこかの女子大の准教授になっていました。

三多摩のあのバカ学校で、やつは僕よりも成績が下でした。「なのに、なぜ?」と驚きを隠せなかったのですが、でも、やっぱりうれしかったです。「なかなかやりやがるなぁ」って感じ。

ただし、それももう20数年前の話です。「また会おう」と言って別れたものの、結局はそれから会う機会に恵まれず、やがて連絡先もわからなくなってしまいました。

あいつはフェイスブックなんかやるような性格じゃないし、そもそも検索してもまったく名前がヒットしないし、ずっと気になっているのです。だから、一年に何度かは検索してみて、そして毎回ガッカリするということを繰り返しています。

結局、養子にはなったのかな?
結婚はしたのかな? なかなかのイケメンだったけど、変わったやつだから独身だって気がする。
というより、生きてるのかな?

さまざまな思いは、いまでもくるくると心のなかで渦を巻いています。これを書いているいま、申し合わせたかのように「Hazy Shade of Winter」が流れているのですが、まさに霞に遮られているような心境です。

できれば……いや、必ずもう一度会いたいなぁ。老いぼれてブックエンドのようにベンチに座り、言葉少なに時間を共有するだけでもいいから。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Bookends』
Simon & Garfunkel






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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

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