【9/21更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/09/21
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
ジェフ・ベック『Wired』
前作『Blow By Blow』の成功を軸に、クリエイティヴィティをさらに昇華させた意欲作


前回、「名盤」であることよりも、自分の「原体験」のほうが大きな意味を持つ場合もあると書きました。

Aという作品とBという作品があり、世間的にはAが歴史的名作と言われていたとしても、個人的な体験を軸とするなら、Bのほうに軍配が上がる場合もあるということ。

どんなときにも評価軸は自分のなかにあるものなのですから、当然といえば当然なんですけどね。

で、そのことに関連して、あれから頭を悩ませていたのが「ジェフ・ベック問題」です。

ソロ・ギタリストとしてのジェフ・ベックの代表作といえば、間違いなく1975年の『Blow By Blow』ということになります。ビートルズでおなじみジョージ・マーティンのプロデュースによる、初めてのソロ・アルバム。

このアルバムを初めて聴いた中学1年のときのことは、いまでもよく覚えています。正確に言えば「聴いた」というより、小学校時代からの友だちだったSという男から「聴かされた」というべきなのですが。

お兄さんから『Blow By Blow』を教えてもらったSが、さも自分が発掘してきたかのような顔で「これ聴かなきゃダメだよー」と熱くプッシュしてきたのです。

でも僕には、「成績優秀な兄に憧れを抱く弟のS」というバックグラウンドがなんとなく見えていました。そのため、「ほら、この部分がさー!」とかレクチャーされるたび、「ああ、お兄さんがそう話してたんだな」と、彼のことを生暖かく見守っていたのでした(ずいぶん偉そうじゃねえか)。

しかし、そういうことを抜きにしても、『Blow By Blow』はたしかに優秀な作品でした。ジョン・マクラフリン率いるマハヴィシュヌ・オーケストラの影響下に生まれた、画期的なインストゥルメンタル・アルバム。スティーヴィー・ワンダーのペンによる「悲しみの恋人達」などの名曲が生まれたことにも、充分納得できるクオリティ。

ちなみにSはその後、なにやら性的なムードを漂わせはじめるようになっていきました。思春期にありがちな出来事というべきでしょうか? もともと長身でモデるタイプだったのですが、そんな持ち味を発揮し、カップル3組、男女計6人ぐらいのグループ単位で行動するようになったのです。

まぁ好きにすればいいのですけど、必要以上に色気づく姿は、はたから見ていてあまり気持ちのいいものではありませんでした。それがきっかけというわけではないのでしょうけれど、いつしか僕もあまり接点を持たなくなりました。

でも、それも「あるべき結果」だったのかもしれません。少年時代の友情って、よくも悪くも脆いものですからね。

いずれにしても『Blow By Blow』を聴くと、やっぱりそのことを思い出してしまうのです。

しかしそういう事情をさておいても、「原体験」という意味で僕にとって大きかったのはむしろ翌年の『Wired』だったかもしれません。『Blow By Blow』の成功に基づき、そのスタイルをさらに昇華させた作品。

特筆すべきは、ジョージ・マーティンとともにプロデュースを手がける、元マハヴィシュヌ・オーケストラのキーボード奏者、ヤン・ハマーの活躍っぷりです。

オープニング「Led Boots」でのベックのギターとの絡みが、たまらなくスリリング。「この曲のためにこのアルバムがある」といっても過言ではないほどのインパクトがあります。

また、ナラダ・マイケル・ウォルデンのドラムを軸としたファンキーなリズム上で、ベックのギターが唸りをあげる「Come Dancing」も捨て難いところ。「Head for Backstage Pass」や「Play with Me」などにも言えるのですが、とにかくグルーヴ感が圧倒的です。

そうかと思えば「Goodbye Pork Pie Hat」や「Sophie」「Love Is Green」のようなスロウ・ナンバーのも捨てがたく、全体的なバランス感覚が絶妙なのです。

クロスオーヴァー/フュージョンの人気が高まっていた時代の空気感ともうまく調和していた、紛れもない傑作。もちろん甲乙をつけるのは無意味なことですが、そんな理由があるからこそ、僕にとっては『Blow By Blow』よりも『Wired』なのです。

ちなみにこのアルバムは、『Blow By Blow』よりも音の粒立ちがいいので、よりハイレゾに向いている気がしています。いま聞きなおすにあたっては、それも魅力のひとつになっているかもしれません。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『Wired』
Jeff Beck




『Blow By Blow』
Jeff Beck






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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

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