エアプレイ『ロマンティック』
ジェイ・グレイドンとデイヴィッド・フォスターによる“限定ユニット”が生み出したAORの名作
CDが出てきてからは事情が変わってきましたし、ダウンロードやストリーミングが主流となった現代においては、なおさらナンセンスな話でしかないのだろうと思います。
が、少なくともアナログ・レコードの時代には、「レコードの中身(サウンド)とジャケット・デザインは比例する」というような価値観があった気がします。いいレコードは、ジャケット・デザインもいいってこと。
だからこそ「ジャケ買い」なんていう言葉も生まれたのでしょうし、そもそもLPレコードのサイズには、優秀なデザインを効果的に引き立たせる魅力があったのでした。
たとえば、ジャケットのセンスのよさですぐに思いつくのがスティーリー・ダン。特に日本人モデルの山口小夜子を起用した1977年の『彩(エイジャ)』は、その秀逸なアートディレクションも高く評価されていたことを原体験として記憶しています。
そうか、書きながら思いましたが、そういう意味では、僕がレコード・ジャケットとデザインの相関関係を初めて意識するようになったきっかけは『彩(エイジャ)』だったのかもしれません。
ところで同作に関して印象的だったのは、「ペグ」という楽曲でギタリストのジェイ・グレイドンが超かっこいいプレイを聴かせてくれていたことです。
スタジオ・ミュージシャンだけあって、“押し”と“引き”のバランス感覚が絶妙。裏方としての立ち位置を踏み越えすぎず、しかしソロではしっかりと存在感を見せつけていたわけです。
その一曲を聴いただけでも実力のほどがはっきり伝わってきましたし、だから、以後もジョージ・ベンソンやアル・ジャロウなどの作品中にその名を発見するたび、なんだかワクワクしたものです。
しかも1979年には、デイヴィッド・フォスター、ビル・チャンプリンとともにアース・ウィンド&ファイアのためにつくった「アフター・ザ・ラヴ・ハズ・ゴーン」でグラミー賞の「最優秀R&B楽曲賞」を受賞。
ただのセッション・ギタリストではないということがよくわかりましたし、それがきっかけとなって、彼と、パートナーであるデイヴィッド・フォスターのことが気になっていったのでした(ちなみにビル・チャンプリンに関しては)、ソロ・アーティストとしてのイメージのほうが強かったなー)。
だからそののち、ジェイ・グレイドンとデイヴィッド・フォスターが「エアプレイ」名義でアルバムを出すらしいという情報を入手したときにも、当然ながら大きな期待を寄せることになりました。
で、1980年にいよいよ、『ロマンティック』というそのアルバムを手にしたのです(ちなみに『ロマンティック』は邦題であり、オリジナル・タイトルは『Airplay』)。僕はそのとき、しかも実際に聴いてみる前に、とてつもない衝撃を受けたのでした。
えーと、先にお伝えしておくと、この時点での「衝撃」はいい意味ではありません。早い話が、レコードに針を落とすよりも前の段階において、そのジャケット写真にショックを受けたのです。
「え、これ……?」
繰り返しますが、ショッキングだったのは音ではなくデザインです。アート・ディレクションです。腰に手をあてたふたりのおじさんが、飛行機のプロペラをバックにニッコリと笑うその写真は、どうしてもかっこいいとは思えなかったのです。
同じグレイドンが参加しているとはいえ、『彩(エイジャ)』とはかなり“おしゃれ度”が違うなぁと感じずにはいられなかったということ。
本作に感銘を受けた人はとても多いと思うのですが、みんな、当時はこのジャケットにどんな印象を抱いていたのでしょう? たまに考えるのですが、ぜひ、いろんな方の意見を伺ってみたいところではあります。
しかし結果的に『ロマンティック』は、「レコードの中身とジャケット・デザインは比例する」という“常識”を覆すことにもなったのでした。つまり、いろいろ考えさせられるジャケットとは裏腹に、内容的には完璧以外のなにものでもなかったということ。
まず特筆すべきは、バック・ミュージシャンの顔ぶれのすごさ。この時点でふたりとも業界の要人だっただけに、考えられないほど豪華メンバーが集合しているのです。
ビル・チャンプリンはもちろん、TOTOのスティーヴ・ルカサー、ジェフ・ポーカロ、スティーヴ・ポーカロ、デイヴィッド・ハンゲイト、トランペッターのジェリー・ヘイ、この時点でソロ・アーティストとしても成功していたレイ・パーカーJr.、そして、このアルバムがきっかけとなって才能を開花させたヴォーカリストのトミー・ファンダーバークと、考えられないほどの充実度。
ふたりの売れっ子プロデューサーのもとに、これだけのミュージシャンが集まったのですから、優秀作が生まれるのはむしろ当然のことだともいえます。
透き通るようなヴォーカルから一転してアグレッシヴな展開となるオープニングの「Stranded」、80年代ポップ・ロックの先駆けとも言える「Cryin’ All Night」によってリスナーを一気に引き込み、続くバラードの「It Will Be Alright」でチル・アウト。
タイトなリズムに安定感がある「Nothin’ You Can Do About It」から、2曲目のバラード「Should We Carry On」に流れ、次いで疾走感に満ちた「Leave Me Alone」、「Sweet Baby」へと続く展開も秀逸。
動と静を柔軟に使い分けながら、ぐいぐいと牽引していくわけです。
ちなみに、個人的には特におすすめしたいのがラスト3曲。ゆったりとしたミディアム・グルーヴの「Bix」から快活な「She Waits for Me」へと続き、最後にセルフ・カヴァー「After Ththe love is Gone」で締めくくるというストーリー性が、とても強い説得力を感じさせるのです。
しかも今回登場したのは、2018年の最新リマスター。それをハイレゾで聴けるわけですから、リリース当時よりもヴィヴィッドな体験ができること間違いなし。事実、聴いていると、立体的な音像の向こうにさまざまな思い出がよぎっていくような気分になります。
ところで先ほど、彼らのことを「ふたりのおじさん」と書きましたが、両者ともに1949年生まれなので、この時点ではまだ31歳だったことになります。
つまり、そんな若さでここまで統一感のある作品を生み出せたのです。しかも、ふたりの才能が絡み合って誕生したものだと考えると、やはり奇跡的な作品だと言わざるを得ません。
それに、当初からこの1枚だけの限定ユニットだということが決められていたわけですから、その潔さもまたお見事。
そう考えると、最初にジャケットから受けたインパクトなんか、もうどうでもよくなっちゃうわけです。
◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」

『Airplay (2018 Remastered)』
/ Airplay

『Aja』
/ Steely Dan
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印南敦史 プロフィール
印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。
ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」