上田正樹とSOUTH TO SOUTH『この熱い魂を伝えたいんや』
日本を代表するソウル・シンガーの原点ともいうべき、ハイ・クオリティなライヴ・アルバム
上田正樹さんのことを知ったのは、中学1年生のとき。FM雑誌の、「リスニングルーム拝見」みたいな特集ページに登場していた姿を見たのが最初でした。
そこには、オーディオ・システムと真っ赤なレコードラックをバックに座る上田さんが写っていたのです。中1のガキんちょからすると大人っぽく、そして、ものすごくシブい人でした。だから、それがきっかけで、上田正樹という人のことが強烈にインプットされたのです。
上田正樹とSOUTH TO SOUTHの『この熱い魂を伝えたいんや』というアルバムが出たのも、その年のこと。FM雑誌を見たのが先だったか、FMでこのアルバムを聴いたことが先だったかについては記憶が定かではないのですが、いずれにしてもこのライヴに、僕は大きな衝撃を受けたのでした。
なぜって、感情むき出しのヴォーカルもファンキーな演奏も、その時点で僕が知っていたブラック・ミュージックとくらべてもなんの遜色もなかったから。「こんな人たちがいたんだー」と驚きを隠すことができず、瞬く間に魅了されてしまったのです。
1975年の9月28日に芦屋のルナ・ホールというところでレコーディングされたライヴ・アルバム。行ったこともない場所ですが、ひさしぶりにハイレゾで聴きなおしてみると、それほど広くはなさそうな、だからこそステージ上の空気を共有できそうでもある、ちょうどいい臨場感が生々しく伝わってきます。
「オープニング(サウス・トゥ・サウス)」や「最終電車」のグルーヴ感は、いま聴いても鳥肌モノ。を聴くと、続く「ウ・プ・パ・ドゥ」で観客を上げまくる上田さんのかっこよさも文句なしです。
ちなみに「ウ・プ‘・パ・ドゥ」の間奏部分で、客席の女の子と「Soul to Soul!」という掛け合いをする場面があります。その自然な雰囲気もいい感じ。バンドと観客が、「ソウル」を共有していることがよくわかるのです。
全9曲中5曲がカヴァー曲なのですが、なかでも突出しているのがラストの「お前を離さない」。オーティス・レディングのカヴァーですが、これを聴けば、上田さんがオーティスから多大な影響を受け、そしてその唱法を完全に自分のものにしていることがよくわかるはずです。
一方、「ラブ・ミー・テンダー」「わが心のジョージア」に代表されるバラードでも、心にジーンと染み込んでくるような深みを感じさせてくれます。つまり、ラフなようでいて、表現の幅がとても広いのです。
特筆すべきは、このアルバムのリアリティやダイナミズムが、43年を経たいま聴いてもまったく色あせていないこと。むしろ、この生々しさは、デジタル・ミュージック全盛のいまだからこそ体験しておくべきかもしれません。
レコーディングもいいので、ハイレゾで聴いてみれば、きっと心に響くはず。リアルタイムで聴いていた人は当時を思い起こすことができるでしょうし、初めて聴く人の耳にも、きっと新鮮に響くことでしょう。
「上田正樹さんにインタビューしてください」
「ADLIB」という音楽雑誌の編集者から、そんな、信じられないような依頼を受けたのは、『この熱い魂を伝えたいんや』から24年後の1999年。ソロ・アルバム『HANDS OF TIME』のリリース時のことでした。
なにしろ、神様のように思っていた方です。仕事柄、インタビュー慣れはしていたのですが、それでも緊張し、初対面のときには床から10センチぐらい浮いたような気分でした。
でも気さくな方なので、すぐに緊張が解けていったことを覚えています。そして、それがきっかけで以後も何度か取材させていただき、飲みに行ったり、ご自宅まで伺うなど、プライベートの交流も増えていきました。
しかも信じられないことに、その2年後には『NO MORE BLUES』というアルバムのライナーノーツまで書かせていただけたのです。まさか、そんな夢のようなことが実現するとは。感無量としか表現できませんでした。
その後の上田さんは、インドネシアのチャートで大ヒットを生み出すなど、活動範囲をアジア各国に広げていきました。最後にお会いしたのは、『SMOOTH ASIA』というアルバムをリリースしたころだったかな? 特に理由はないのですが、考えてみるとそのあたりからお会いする機会が減っていったような気がします。
でも、とてもお世話になったので、いつかまたお会いしたいと思っています。ひさしぶりに飲みながら、じっくり音楽談義をしたいなぁ。そのときには改めて、上田正樹とサウス・トゥ・サウス時代のエピソードなども聴いてみよう。
そういえば前に飲んだとき、冒頭に書いたFM雑誌のことをお話ししたのです。そしたら、思いもよらない返事が返ってきたのでした。自分の部屋として紹介していたけれど、実は友人の部屋だったのだと。
それだけのことなのですが、「さすが、かっこいい人はかっこいい部屋に住んでいるものなんだなあ」と子ども心に感動していたので、ちょっと驚かされました。そんなオチがあったとは。
◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」

『この熱い魂を伝えたいんや』
/ 上田正樹とSOUTH TO SOUTH
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印南敦史 プロフィール
印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。
ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」