HOME ニュース 【8/13更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く 2018/08/13 ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。 ボビー・コールドウェル『イヴニング・スキャンダル』南阿佐ヶ谷のカフェでの記憶と、ボビー本人の意外なキャラクター荻窪駅前を走る青梅街道を、新宿方面に向かってしばらく進むと、荻窪と南阿佐ヶ谷との中間あたりに「RAMEN CiQUE(ラーメン チキュウ)」という有名なラーメン屋さんが見えてきます。といっても、別にラーメンの話をしたいわけではありません。いまから40年ほど前(って、そんなに昔のことだったっけ?)、そのあたりにセンスのいいカフェがあったことに触れたいのです。店名もおぼえていませんし、そもそも長くは続かず、短期間で閉店してしまった店です。しかし思春期まっただなかの僕は、そこでいろいろ貴重な音楽体験をしたのでした。真っ白い小さな店で、ドアを開けるとすぐ左側がカウンター。右側には大きなテーブルがあり、その上の、斜めに傾斜がついた天井には2発のフルレンジスピーカーが埋め込まれていました。そこから流れていたのは、当時の主流だったウェスト・コースト・ロックやAOR。つまりは当時の最先端です。めちゃめちゃおしゃれで、しかも家庭的な雰囲気でもあったので、僕もすっかり魅了されてしまったのでした。なかでも特に鮮明に覚えているのが、あのフルレンジスピーカーでボビー・コールドウェルのファースト・アルバム『イヴニング・スキャンダル』を聴いたときのことです。1978年にリリースされた、AORの名作として知られる作品。ちなみに念のために書き添えておくと、AORとは「Adult Oriented Rock」という和製英語の略称。早い話、大人の耳に耐える洗練されたソフト・ロック。ちなみに、手もとにある国内版LPのライナーノーツには、「シルエットは揺れ動く スキャンダラスな夜、今夜はトロピカル・ランデヴーとシャレてみようぜ!」というよくわからないフレーズが掲載されています。つまりメーカーとしては「おしゃれ」を強調したかったのでしょう。そういえば「トロピカル」や「センチメンタル」などは、ボビーの作品でよく見る単語でもありました。そういう売り方自体は恥ずかしいのですが、しかし実際のところ、マルチ・ミュージシャンでもある彼の音楽性は、とてもおしゃれで洗練されていました。デビュー当時からすでに、そんな音楽性を確立していたのです。オープニングの「スペシャル・トゥ・ミー」を耳にしたときは、少し戸惑いを感じたことを覚えています。その時点で彼が白人だということは知っていましたが、リズム・セクションの重量感やストリングスの使い方が驚くほど“黒人的”だったからです。しかも、そんなサウンドに乗っかる、ちょっと鼻にかかったヴォーカルが心地よいったらありません。カリンバの音が心地よいメロウ・グルーヴの「マイ・フレイム」、ソウル・ミュージックからの影響を感じさせる「ラヴ・ウォント・ウエイト」、バラードの「カム・トゥ・ミー」などなど完成度の高い楽曲ばかり。ちなみにe-onkyoに用意されているのは、16bit/44.1kHzのマスター音源をビクタースタジオ FLAIRが有するオリジナル技術である「K2HDプロセッシング」を用いてハイレゾ化した音源。それほどテクニカルなことに詳しいわけではない僕が聴いても、このアルバムの持ち味がとてもよい形で再現されていることがよくわかります。端的にいえば、とてもハイレゾに向いた作品だということ。ところでボビー・コールドウェルには、これまでに二度ほどインタビューをしたことがあります。2度目が2012年作『House of Cards』リリース時だったことは覚えてるんだけど、1度目はいつだったかな?もはや記憶は曖昧なのですが、おしゃれなイメージとは裏腹に、本人はなかなか泥くさいおっちゃんだったことが印象的でした。いや、悪い意味ではなく、むしろ褒め言葉。たとえば、おやじギャグを連発して勝手にゲラゲラ笑っちゃうような、とても気さくな人だったのです。そんなわけで、二度ともいい雰囲気で話をすることができました。でも、南阿佐ヶ谷のカフェでこのアルバムを聴いたころには、数十年後にそんな彼の姿を見ることになるだなんて思ってもいなかったなー(そりゃそうだわ)。 ◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」 『イヴニング・スキャンダル+1 【K2HD】』BOBBY CALDWELL ◆バックナンバー【8/2更新】バド・パウエル『ザ・シーン・チェンジズ』奇跡のピアノ・トリオが掘り起こしてくれるのは、三鷹のジャズ・バーで人生を教わった記憶 【7/27更新】ロッド・スチュワート『Atlantic Crossing』「失恋マスター」を絶望の淵に追いやった「Sailing」を収録。言わずと知れたロック史に残る名作 【7/20更新】エア・サプライ『Live in Hong Kong』魅惑のハーモニーが思い出させてくれるのは、愛すべき三多摩のツッパリたちとの思い出 【7/13更新】アース・ウィンド&ファイア『The Best Of Earth, Wind & Fire Vol. 1』親ボビーとの気まずい時間を埋めてくれた「セプテンバー」を収録したベスト・アルバム 【7/6更新】イーグルス『Take It Easy』16歳のときに思春期特有の悩みを共有していた、不思議な女友だちの思い出 【6/29更新】ジョー・サンプル『渚にて』フュージョン・シーンを代表するキーボード奏者が、ザ・クルセイダーズ在籍時に送り出した珠玉の名盤【6/22更新】スタイル・カウンシル『カフェ・ブリュ』ザ・ジャム解散後のポール・ウェラーが立ち上げた、絵に描いたようにスタイリッシュなグループ 【6/15更新】コモドアーズ『マシン・ガン』バラードとは違うライオネル・リッチーの姿を確認できる、グルーヴ感満点のファンク・アルバム【6/8更新】デレク・アンド・ザ・ドミノス『いとしのレイラ』エリック・クラプトンが在籍したブルース・ロック・バンドが残した唯一のアルバム 【6/1更新】クイーン『Sheer Heart Attack』大ヒット「キラー・クイーン」を生み、世界的な成功へのきっかけともなったサード・アルバム。【5/25更新】ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ『Live!』「レゲエ」という音楽を世界的に知らしめることになった、鮮度抜群のライヴ・アルバム【5/18更新】イーグルス『One of These Nights』名曲「Take It To The Limit」を収録した、『Hotel California』前年発表の名作【5/11更新】エリック・クラプトン『461・オーシャン・ブールヴァード』ボブ・マーリーのカヴァー「アイ・ショット・ザ・シェリフ」を生んだ、クラプトンの復活作【5/6更新】スティーヴィー・ワンダー『トーキング・ブック』「迷信」「サンシャイン」などのヒットを生み出した、スティーヴィーを代表する傑作【4/27更新】オフ・コース『オフ・コース1/僕の贈りもの』ファースト・アルバムとは思えないほどクオリティの高い、早すぎた名作【4/20更新】チック・コリア『リターン・トゥ・フォーエヴァー』DSD音源のポテンシャルの高さを実感できる、クロスオーヴァー/フュージョンの先駆け【4/12更新】 ディアンジェロ『Brown Sugar』「ニュー・クラシック・ソウル」というカテゴリーを生み出した先駆者は、ハイレゾとも相性抜群!【4/5更新】 KISS『地獄の軍団』KISS全盛期の勢いが詰まった最強力作。オリジマル・マスターのリミックス・ヴァージョンも。【2/22更新】 マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイング・オン』ハイレゾとの相性も抜群。さまざまな意味でクオリティの高いコンセプト・アルバム【2/16更新】 ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『スポーツ』痛快なロックンロールに理屈は不要。80年代を代表する大ヒット・アルバム【2/9更新】 サイモン&ガーファンクルの復活曲も誕生。ポール・サイモンの才能が発揮された優秀作【2/2更新】 ジョニー・マーとモリッシーの才能が奇跡的なバランスで絡み合った、ザ・スミスの最高傑作【1/25更新】 スタイリスティックス『愛がすべて~スタイリスティックス・ベスト』ソウル・ファンのみならず、あらゆるリスナーに訴えかける、魅惑のハーモニー【1/19更新】 The Doobie Brothers『Stampede』地味ながらもじっくりと長く聴ける秀作【1/12更新】 The Doobie Brothers『Best of the Doobies』前期と後期のサウンドの違いを楽しもう【12/28更新】 Barbra Streisand『Guilty』ビー・ジーズのバリー・ギブが手がけた傑作【12/22更新】 Char『Char』日本のロック史を語るうえで無視できない傑作【12/15更新】 Led Zeppelin『House Of The Holy』もっと評価されてもいい珠玉の作品【12/8更新】 Donny Hathaway『Live』はじめまして。 印南敦史 プロフィール 印南敦史(いんなみ・あつし)東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。 ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」 ツイート