アース・ウィンド&ファイア『The Best Of Earth, Wind & Fire Vol. 1』
親ボビーとの気まずい時間を埋めてくれた「セプテンバー」を収録したベスト・アルバム
前回、ユカという女の子との思い出を振り返ってみた結果、1978年末から翌79年のはじめにかけてのLAツアーのことをいろいろ思い出してしまいました(今回初めてお読みになる方は、こちらとこちらをご確認ください)。
両親とふたりの息子、そして家庭の事情で長期ステイしていたコロンビア人のスサーナという女の子との、計6人での暮らしはなかなか楽しいものでした。ただ、それは世話好きな母親のジョイスがいたからだということも事実。
まず、そういう意味で印象的だったのは長男のボビーです。以前の原稿では勘違いして「高校生」と書いてしまいましたが、彼は仕事をしていたのでした。だからあまり会うことがなく、家にいたとしても積極的に近づいてくるような性格ではありませんでした。
最初は避けられてるのかなと思っていたのですが、あるときふたりきりで話したら、「こういうのが好きなんだ」と、自分の部屋からレコードをたくさん持ってきて見せてくれて、「ああ、単にシャイな性格なんだな」とすぐに判明。
ちなみにそのレコードのなかにはイーグルスやジャクソン・ブラウンなどもあり、いかにもカリフォルニアのお兄ちゃんって感じでした。
しかし問題は、父親のボビー(向こうではよくある話で、親子揃って同じ名前でした。以下「親ボビー」と表記)です。いや、別に問題でもないのですが、彼と接すると、ボビー・ジュニアの性格が父親から受け継がれたものだということがよくわかったのです。
親ボビーは大手航空会社のエンジニアだったのですが、基本的に無口で無愛想。早い話が、家族以外の人間に対して、自分から話をするようなタイプではなかったのです。それも、シャイな性格の裏返しだったのかもしれませんけれど。
ジョイス「今度ね、日本から来る短期留学の高校生を受け入れようと思うの」
親ボビー「え、スサーナも預かってるのにか?」
ジョイス「別にいいじゃない、ひとりぐらい増えたって。それに、増えたぶんだけ賑やかになって、きっと楽しくなるわ」
親ボビー「…………」
ジョイス「ね、いいでしょ? いいわよね」
親ボビー「どうぞご勝手に」
まったくの想像ですが、あのふたりの性格からして、僕を受け入れる際にはこんな会話をしたに違いありません。
と書きながら思い出したのは、親ボビー、ジョイス、次男のビリー、スサーナと僕の5人でメキシカン・レストランに食事をしに行ったときのこと。
ジョイス「なにを食べる?」
僕「じゃあ、僕はタコ(ス)」
ジョイス「あのね、言っとくけど、ここに書いてあるタコっていうのは(両手をにょろにょろ動かしながら)日本語で言う8本足のタコとはまったく別ものなのよ」
僕「わかってるよ(笑)」
ジョイス「あら、そうなの? 知ってたの?」
ビリー「ギャハハハハ」
スサーナ(ニコニコ)
親ボビー(神妙な表情で、じっと前を見つめ続ける)
いつもそんな感じだったので、なにを考えているのか全然わからないわけです。だから僕としても、どう接したらいいのかわからず困っていました。
ある日の夕暮れ、ボビーとふたりきりで出かけたことがありました。とはいっても、どこへ、なにをしに行ったのかはまったく記憶に残っていません。なのに、ふたりきりで出かけたことだけははっきりと覚えているのです。
なにしろ、会話がなかったのですから。
とても気まずかったのですから。
親ボビーが車を運転し、僕は助手席にいました。当然ながら会話なし、BGMもなしです。きっと、音楽にはさほど興味がなかったのだろうと思います。
とはいえ、無言の時間はなかなかつらいものでした。だんだん耐えられなくなってきたので、ドキドキしながら声をかけました。
「ラジオつけてよ」
親ボビーは前を向いたまま返事をせず、片手でカーステレオのスイッチを入れました。次の瞬間、世界が変わりました(大げさな)。
ラジオがついた瞬間、ちょうどそのころ大ヒットしていたアース・ウィンド&ファイアの「セプテンバー」が流れはじめたのです。
夕暮れ時で赤く染まった空、左右を通り過ぎていくパームツリーとネオン、そして「セプテンバー」の軽快なメロディは、僕が憧れていたアメリカそのものでした。だからうれしくなって興奮し、無意識のうちに親ボビーに熱く話しかけていました。
僕「これこれ! この曲大好きなんだよ! アース・ウィンド&ファイアの『セプテンバー』」
親ボビー「…………」
僕(反応があるわけねーよなと思いつつ、仕方がないから前を見て無意味にニコニコ)
いまや彼らの代表曲として有名な「セプテンバー」は、その年に出たアース・ウィンド&ファイア初のベスト・アルバム『The Best Of Earth, Wind & Fire Vol. 1』からのセカンド・シングル。
実をいうと僕はベスト・アルバムというフォーマットにあまり関心がなく、ついオリジナル・アルバムを重視してしまうのですが、それでもこの作品を無視できなかったことには理由があります。
ファースト・シングルとしてR&Bチャート1位を記録したビートルズのカヴァー「ガット・トゥ・ゲット・イン・マイ・ライフ」、セカンド・カットの「セプテンバー」、そしてシングルにはならなかったとはいえ爽やかな印象を投げかけてくれた「ラヴ・ミュージック」と、3曲の未発表曲が収録されていたから。
なかでも「セプテンバー」には魅了されまくっていたので、(親ボビーとの外出の前だったか後だったか記憶は曖昧ですが)、サンセット・ブールヴァードにあったタワー・レコードで購入したことをはっきりと覚えています。
そして、いま聴きなおしてもいろんな記憶が蘇ってくるのは、帰国後にも繰り返し聴いて、ジョイスや親ボビー、ボビー・ジュニア、ビリー、スサーナのことを思い出していたから。
だからソウルかファンクかディスコかという以前に、僕にとってアース・ウィンド&ファイアは……というよりも『The Best Of Earth, Wind & Fire Vol. 1』というアルバムは、カリフォルニアそのものなのです。アースはシカゴのグループですが、僕にとってはカリフォルニアの象徴なのです。
しかもアースならではの軽快でキレのいいサウンドは、当然のことながらハイレゾとの相性も抜群。シャキーンとした心地よさがさらに際立つので、ダウンロードしてからは、またもや何度も聴いてしまったのでした。
年齢的に、ジョイスはもういないかもしれないということは前に書きました。が、親ボビーはジョイスよりも年上だったので、やはり、もういない可能性があります。
結局、あの車のなかでのとき以外、会話らしい会話はできなかったけど、勇気を出してもっと話しかけてみればよかったな。
◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」

『The Best Of Earth, Wind & Fire Vol. 1』
/ Earth, Wind & Fire
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印南敦史 プロフィール
印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。
ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」