【6/22更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/06/22
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
スタイル・カウンシル『カフェ・ブリュ』
ザ・ジャム解散後のポール・ウェラーが立ち上げた、絵に描いたようにスタイリッシュなグループ


「フリーランスのイラストレーター」と自称しつつも、現実的にはフリーターに等しかった20代前半のころ、荻窪にあったレンタル・レコード店でアルバイトをしていました。

そのころはまだ、レコード(CDではない)を貸すことで成立するビジネスモデルがあったのです。もっともそのお店が、ビジネスとして成功していたかどうかは疑問ですが。

ちなみにそこは、僕の音楽ライターとしての原点でもあります。暇だったから好きなレコードに「おすすめコメント」をつけてみたら、ありがたいことに「印南さんのコメントがついていないレコードは借りない」と言ってくれる人がたくさん出てきたのです。

で、そういうことをしていると、友だちや仲間がどんどん増えていくのでした。その数年前には、髪を立てて“なんちゃってパンク”を気取り、他人とのコミュニケーションを拒んでいたことを考えると、信じられないくらいの変化ではあります。

でも自分のことを好意的に見てくれる人が現れれば、それは純粋にうれしいことじゃないですか。そして必然的に、女の子とつきあったりするチャンスも増えてくるわけです。

つきあった子もいたし、つきあいそうになって、そのまま終わった子もいたし。よくある青春の思い出。

ひとり、不思議な子がいました。名前も、どんな仕事をしていたのかも憶えていないのですけれどね。記憶に残っていることといえば、歩いて数分の商店に下宿していたらしいということ、そして、オンキヨーのミニコンポを持っていると話していたこと。

いや、ここがオンキヨーのサイトだから媚を売っているわけではないのですが、なぜか、そういう会話をしたことだ けは鮮明に憶えているのです。

不思議な関係でした。別に「つきあおう」とか話したわけではなかったし、恋人っぽいこともしていないんだけど、でもお互いに、下の名前で呼び合っていたし。

何度か僕の部屋に来た彼女とは、(少し距離を置いて)並んで床に座り、「生き方」について語り合ったりしました。そこに、下心めいたものはなにもありませんでした。

それどころかお互いに、「これからどう生きていけばいいんだろう」って、共通する悩みを抱えていたのだろうと思います。

そんなことを思い出したのは、e-onkyoの音源をチェックしていたらスタイル・カウンシルの1984年作『カフェ・ブリュ』を発見したから。

というのも、不思議な交流のきっかけは、そのレンタル・レコード店で彼女がこのアルバムを借りたことがきっかけだったから。……いや、翌年の『アワ・フェイバリット・ショップ』だったかな?

正直、そのあたりの記憶も曖昧なのだけれど、どちらのアルバムだったにしろ、彼女がスタイル・カウンシルのレコードを選んだことが好印象につながったのでした。「わかってるじゃん」みたいな。

1977年にデビューしたパンク・バンド、ザ・ジャム解散後、フロントマンのポール・ウェラーが結成したユニット。そのアプローチはジャム時代からは想像もつかないような落ち着いたものでしたが、ソウル、ジャズ、ファンクの要素をバランスよくミックスさせたサウンドには抜群の説得力が備わっていました。

その証拠に、「ロング・ホット・サマー」を筆頭とする名曲を生んだ1983年のミニ・アルバム『スピーク・ライク・ア・チャイルド』は、敏感でセンスのいいリスナーを瞬く間に魅了することに。

そして、続くこのファースト・アルバム『カフェ・ブリュ』によって、確固たるポジションを確立したのでした。

軽快な「Mick’s Blessings」で幕を開け、ジャジーな「The Whole Point Of No Return」へと続いていく落ち着いた流れが新鮮。同様の「Blue Café」「The Paris Match」も素晴らしい仕上がりです。

かと思えば、「Strength Of Your Nature」のようにゴリゴリのファンク・ナンバーも入っていたりして、ヴァラエティ豊か。ウェラーの黒人音楽趣味が隅々にまで反映された、とても聴きごたえのある作品です。

個人的には、やはり彼らの代表曲である「My Ever Changing Moods」や「You’re The Best Thing」が好きかなぁ。特に後者を聴くと、いまだにあのときの彼女のことを思い出してしまう。

この曲を一緒に聴いた経験があるかといえば、おそらくないのですが、スタイル・カウンシルは、僕にとってのあの子のアイコンのような存在だから。

当時の僕の年齢を考えると、彼女もいまは50代前半くらいかな。いまごろ、どこでなにをしているんだろうと、「You’re The Best Thing」をハイレゾのクリアなサウンドで聴きながら考えてみたりしたのでした。




◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『カフェ・ブリュ』/ スタイル・カウンシル






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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

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