今回より新たにスタートする新企画、GREAT3片寄明人の「ハイレゾ・コラム」。
95年のデビュー以来、普遍と革新を併せ持ったサウンドで、ミュージックシーンのみならず、カルチャーシーンからも大きな支持を得てきたバンド=GREAT3。その中心人物であり、業界屈指の音楽マニア、そしてアナログ・コレクターとして知られる片寄明人をセレクターに迎え「ハイレゾでこそ楽しみたい!」という作品はもちろん「隠れた名盤」や「思い入れのある作品」など、e-onkyo musicの豊富なカタログの中より片寄明人が面白いと思う作品をセレクトする、「ミュージシャン視点」のハイレゾ・コラムです。
【バックナンバー】
<第8回>「Deodato (前編)」
<第7回>「The Velvet Underground(後編)」
<第6回>「The Velvet Underground(前編)」
<第5回>「The Who『四重人格』(後編)」
<第4回>「The Who『四重人格』(前編)」
<第3回>「チェット・ベイカー『枯葉』」
<第2回>「GREAT3『愛の関係』 」
<第1回>「はじめまして、GREAT3の片寄明人です。」
はじめまして、GREAT3の片寄明人です。
このコラムではe-onkyoで配信されているハイレゾ音源の中からオススメの作品を、あくまでミュージシャンとしての視点からご紹介させて頂きたいと思っています。
第一回目となる今回、そして次回は少々長文、おまけに手前味噌になりますが、e-onkyoで先行配信されるGREAT3の最新作『愛の関係』を紹介しつつ、自己紹介も兼ねてハイレゾ音源への想いを語らせてください。
僕がハイレゾ音源に興味を持ったのは今から10年ほど前のことです。友人ミュージシャンのスタジオで様々なSACD、DVD-AUDIOをかけてもらい、CDを上回る音質のデジタル音源を体験したことがきっかけでした。その時に聴いたのはSteely DanやEaglesなどいわゆるロック名盤の数々。当時は物珍しさもあって、5.1chなどのマルチチャンネル音源が主に注目されていたのですが、僕はそれよりも2ch音源に興味を惹かれました。なぜならそれらの名盤を僕は少年時代にアナログ・レコードで初体験した世代なのですが、その時に味わったのと同じ感動が自分の中に鮮やかに蘇り、追体験できたからです。それはどんな最新リマスターCDでも感じることのできなかった、音楽の魔力に囚われ、ゾクゾクさせられ、感動で鳥肌が立つ、そんな体験でした。まるで初恋の瞬間にタイムスリップしたような衝撃だったのです。
それからというもの、自分の人生にとって重要な愛聴作品は、その当時のオリジナル・アナログ盤を収集すると共に、最新のハイレゾ・ヴァージョンも集めて、その聴き比べを楽しむようになりました。
片寄氏の自宅システム。スピーカーはEclipse「TD 508」とCelestion「Ditton15」の2セット。
アナログの視聴にはRega製ターンテーブルを2台。木目が美しい「Planar 25」と
下に見えるのが「Planar 3」
音質の良さというものはたしかに周波数や何bit、何kHzなどの数値で表すことも可能ですが、自分はそれが絶対だとは信じていません。音楽によっては、特にロック・ミュージックの世界では高レートのハイファイ音源=素晴らしい感動に繋がるとは限らないと考えますし、何より音の良さはそれぞれ聴き手の主観に委ねられるところが多いものだと思います。
自分の場合、例えばThe Rolling Stones中期の音源をハイレゾで聴いたときに感じたのですが、たしかに音質は素晴らしく、それまでは埋もれてしまい意識していなかった様々な音が聴こえてくることに驚いたのですが、その反面、音楽としてどこにフォーカスして聴いて良いのか分からなくなってしまい、オリジナルのアナログレコードで聴いた時ほどには楽しめなかったということもありました。これは追求すればするほど奥深い話になると思うので、またの機会に…。
アンプ類は、親交の深いシカゴのミュージシャンも使っているというQUADのヴィンテージを使用。
プリアンプ「Quad 44」
メインアンプ「Quad 405-2」
僕は決してハイファイ指向ではなく、古いカセットテープのコンプレスされた音なども大好きですし、時にはモノラルのラジオから聴くのが最高なロックンロールもあると思っているタイプの人間です。しかしそんな自分にとってもCD規格である44.1kHz/16bitという器は、アナログレコード時代の原盤と聴き比べても、また自作品のスタジオで完成させたマスターと聴き比べても、どこか妥協せざるを得ないことが多かったのです。だからこそ自ら関わるレコーディングではCDという限りある器の中にマスター音源の魅力を損なうことなく落とし込むために、マスタリングという作業には人一倍こだわり、国内有名エンジニアはもちろん、ロンドンのAbbey Road Studios、NYのStealing Soundなど様々な名門スタジオ、エンジニアの元で試行錯誤を続けて来ました。
そんな自分にとって、遂にハイレゾ音源が配信されるようになったここ数年の動きは大歓迎でした。自作品のマスターは主に96kHz/24bitのデジタルファイル、もしくはアナログ・ハーフ・テープであることが多いのですが、それらに刻み込まれた膨大な情報量をより小さな44.1kHz/16bitという器へ移したCDというフォーマット以外に、リスナーのもとへ作品を届けられる手立てが整ってきたという喜びはとても大きなものです。
自分はリスナーとしても音楽マニアですが、無尽蔵にCD、レコードを買いあさっていた90年代とは変わり、近年は「お金を支払うならば、最も音質の良いフォーマットに費やしたい」という購買スタイルに変わってきています。その結果、自分にとってお金を支払うに値するフォーマットはアナログ・レコード、そしてハイレゾ音源、この2種類であることが多くなりました。
もちろん自作品ではいまだ主流のフォーマットであり、誰もが特別な機器なしで聴けるであろうCDでその魅力が最大限に伝えられるよう、マスタリングには徹底的にこだわり、それを実現してきた自負はあります。しかしながらCDよりも低音質であるMP3配信などになると、そこに創り手の想いが100%反映されているかと問われた時、正直うなずけないのも確かなのです。
近年「音楽が売れなくなってきた」という声をあちこちから聞きます。理由はいくつもあるのだろうと思いますが、僕には時代がアナログからデジタルへと移行していく中で、映像がビデオ→DVD→Blu-rayと基本的にはハイスペックへフォーマットが変化していったのに対して、音楽はアナログ→CD→MP3と逆方向に進んでいったことにその原因の一端があるように感じられてなりません。音質の良さは目で見て分かるものではないので、どうしてもオカルト的な話になってしまうのが悔しいのですが、僕には音質が下がるにつれて音楽の耐久性が衰える、つまり飽きやすく、その音への愛情も薄くなってしまうように感じられてならないのです。MP3の音が基本にある若者が、お金を払わずYouTubeで聴ければいいやと思ってしまうのも当然のことだと思います。
しかし作り手側がそれで諦めてしまうのはどうにも納得がいきません。自分たちが良い音に触れた時の喜びを、その感動を知っているのなら、ファーストフードのハンバーガーしか食べたことのない若者に本物のステーキの味を教えてあげたいと思うように(結果どちらが美味しいと思ってもらえるかは自由ですが!)その音を聴かせてあげたいと願うことが大切だと思うのです。
だからこそ、このGREAT3最新作『愛の関係』がCD発売から数ヶ月遅れてしまったものの、アナログレコード2枚組の発売、そして24bitでのハイレゾ配信を実現することができたことは、愛するリスナーの皆様に届けるフォーマットと自らの志、嗜好との間に齟齬が生じず、何より良心が満たされる喜びで胸がいっぱいなのです。
今回e-onkyoで先行配信される『愛の関係』ハイレゾ音源は、CDマスタリング、および高音質アナログ2枚組のカッティングも担当してくれた米アリゾナのSAE Materingのエンジニアで、Tortoise、Elliott Smith、Broken Social Sceneなどを手がけたことでも有名なRoger Seibel(ロジャー・シーベル)氏による96kHz/24bitハイレゾ・マスタリングが施された音源であり、アナログ盤のカッティングもこのハイレゾ・マスターから行われました。
そして今作のレコーディングはすべてのベーシックトラック、そして時にはボーカルなどのダビングも出来る限りのところまで24chのアナログ・テープで行い、その後に96kHz/24bitのデジタル・フォーマットに移してから南石聡巳さんによるミックスを経て完成しました。つまりこのハイレゾ音源こそ、僕らがスタジオで完成作としてOKを出した時に聴いていた音に一番近い音源だと言っても過言ではありません。3人のボーカルの息づかい、楽器の繊細な強弱、メンバー全員が同時に録音したスタジオの空気感、音の奥行き、それらがCDを上回るリアリティで体感してもらえるはずです。(ちなみに96kHz/24bitは理論上ではCDの3倍以上、平均的なMP3の32倍以上の情報量となるようです。)
今回、新たに片寄氏宅のシステムに導入されたTEAC社製のUSB-DAC「UD-501」
針やターンテーブルなどの再生環境によって、その音質が大きく左右されるアナログ・レコードと違い、CD同様に低価格の機種でも手軽に満足のいくクオリティでの再生が可能なこともハイレゾ音源の魅力だと僕は思います。
このコラムを担当するにあたって、TEACの「UD-501」というD/Aコンバーターを自宅リスニング用に導入したのですが、実売価格で10万円を大きく下回る価格帯の機種にもかかわらず、その音質的クオリティの素晴らしさに驚かされました。これを手持ちのオーディオシステムとパソコンの間に繋ぐだけで、簡単にCDを凌駕する高音質で芳醇な音が堪能出来るので、音楽ファンでまだハイレゾ未体験の方にはぜひ試してみていただきたいです。大好きなミュージシャンが奏でる音を、目の前で聴いているかのような体験が自宅で味わえるかもしれませんよ。
音が呼び起こす感動こそが、音楽の未来を切り開くと僕は信じています。百聞は一見にしかず、この音体験をひとりでも多くの音楽ファンに届けられるように、僕も微力ながら力を尽くし、精進していきたいと思っています。
次回はGREAT3『愛の関係』ハイレゾ・ヴァージョンについて、さらに深くセルフレビューいたしますので、お楽しみに!
片寄明人 プロフィール
1968年5月23日 B型 東京都出身
1990年、ロッテンハッツ(片寄明人、木暮晋也、高桑圭、白根賢一、真城めぐみ、中森泰弘 )結成、
3枚のアルバムを残し、94年に解散。
1995年、GREAT3のボーカル&ギターとしてデビュー。
現在までに9枚のアルバムをリリース。高い音楽性と個性で、日本のミュージックシーンに
確固たる地位を築いている。最新作は2014年リリース「愛の関係」(ユニバーサル-EMI)。
2000年には単身渡米。Tortoise、The Sea & Cake、Wilcoのメンバーらと、
初のソロアルバム "Hey Mister Girl!"を制作。
2005年、妻のショコラとChocolat & Akito結成。
現在までに3枚のアルバムをリリース。最新作は「Duet」(Rallye Label) 。
明と暗、清濁併せ呑んだ詞世界を美しい旋律で綴り、一糸乱れぬハーモニーで歌うライブは必見。
近年は新進気鋭のプロデューサーとしても活躍。
Czecho No Republic、フジファブリック、SISTER JET、GO!GO!7188、メレンゲ、などを手がけている。
また作詞作曲、CMナレーション、DJ、各種選曲、ラジオDJなどの活動でも活躍中。
Sponsored by TEAC
「ハイレゾ・コラム」 ではTEAC製USBデュアルモノーラル・D/Aコンバーター「UD-501」を使用してハイレゾ音源の視聴を行っています。