【5/18更新】 印南敦史の名盤はハイレゾで聴く

2018/05/18
ひょんなことからハイレゾの虜になってしまった、素直さに欠けたおじさんの奮闘記。毎回歴史的な名盤を取り上げ、それをハイレゾで聴きなおすという実験型連載。
月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」。
イーグルス『One of These Nights』
名曲「Take It To The Limit」を収録した、『Hotel California』前年発表の名作


相手が年下の場合、人は知らず知らずのうちに「年上目線」になってしまいがちです。必ずしも偉そうな態度をとるということではないにしても、会話のどこかにそんな視点が絡まって、その結果、年上目線になってしまったりするわけです。

僕もかつて、年上の人たちからそんな態度をとられてきた経験があります。だからこそ、「そうはなるまい」と彼らに学び、年下の人と話すときにはなるべく偉そうにならないように気をつけています。

とはいえ完璧だとは思っていないし、なかなか難しいことなんですけどね。

なぜいきなりそんな話をしたかというと、このところ何度も登場しているS本のお兄ちゃんには、まったく偉そうなところがなかったからです。それは僕に、とてもいい印象を残してもくれました。

前に書いたとおり団塊世代のちょっと下くらいだったと思うので、少なくとも10歳か、あるいはそれ以上年上です。にもかかわらず、年上目線とはまったく無縁だったのです。

「ほら、このジャケット変わってるでしょ。LPって普通はレコードを出すところは横だけど、これは上なんだよね」

あるとき、レコード・ジャケットの上の部分からレコードを取り出しながら、そんな説明をしてくれたことがありました。僕はレコードなんかたまにしか買えなかったから、そんなことは意識したこともありませんでした(単に鈍感だったからかも)。

しかし、言われてみればたしかに、上の部分からレコードを取り出す構造になっているレコード・ジャケットは変わっていました。

それはイーグルスの1975年作、『One of These Nights(邦題:呪われた夜)』というアルバム。

ちなみに上記の発言に関しては、レコードを上から取り出すということ以上に印象的だったことがあります。そのことを伝えるとき、S本のお兄ちゃんが僕に「このジャケット変わってるでしょ」と言ったこと。

「変わってるだろ」ではなく、「変わってるでしょ」。たったそれだけのことなのですが、年上目線ではなく、対等に扱われているような感じがしたのです。だから、なんだかうれしかったのです。

そしてそういうアプローチこそが、S本のお兄ちゃんのすべてでした。年上であろうが年下であろうが、誰に対してもソフトで自然。高圧的な態度をとることなどはまったくなかったわけです。

最初は「“しらけ世代”だから」と彼のことを否定していた祖母や母が、やがてその存在を認めるようになっていったのも、もしかしたらそんな性格のおかげだったのかもしれません。

レコードを上から取り出す構造の『One of These Nights』は、僕が初めて聴いたイーグルス作品でした。翌年に誕生した名作『Hotel California』ももちろん大好きなのですが、S本のお兄ちゃんの思い出があるからこそ、イーグルスという名を聞くと、無意識のうちにこのアルバムを思い浮かべてしまいます。

そして、いままさに聴いているのですが、ハイレゾで聴くとこれがまたいいんですよね。アナログっぽさを残しつつ、そこにハイレゾならではの立体感があるというか。

なんといってもかっこいいのが、冒頭のタイトル・トラックのベースライン。そこに絡みついてくるギターの音色も心地よく、聴いているといろんな記憶が蘇ってきます。

中学生だったあのころ、「大人っぽくてかっこいいなぁ」と感じた「Too Many Hands」や「Journey Of The Sorcerer」、爽やかな「Lyin’ Eyes」、そして名曲「Take It To The Limit」など、無駄な曲は一切なし。

全9曲とコンパクトな構成だからこそ、聴き終えたころには「また聴きたい」と感じさせてくれるのです。

S本のお兄ちゃんがいつ引っ越して行ったのか、そのあたりは記憶が定かではありません。でも、このアルバムのあたりまでしか覚えていないということは、ちょうどこのころがそのタイミングだったのかも。

80年代になってから、僕の不在時に現れたことがあったらしく、そのとき応対をした母によれば、故郷の熊本で起業したのだとか。よかったなぁと思ったのですが、そのとき置いていった名刺をもとに検索してみても、その会社の名前を見つけることはできず、それどころか本人の名前すら見つからないのです。

80年代に起業したとしても、その後バブルが崩壊したわけなので、そのときなにかあったのかな?

もちろん推測に過ぎないわけですが、連絡がとれなくなってしまっただけに、いろいろ考えてしまうわけです。

One of These Nights』を聴くたびに思い出すのだけれど、なんとか再会できないものかな。


◆今週の「ハイレゾで聴く名盤」


『One Of These Nights』
/ Eagles






◆バックナンバー
【5/11更新】エリック・クラプトン『461・オーシャン・ブールヴァード』
ボブ・マーリーのカヴァー「アイ・ショット・ザ・シェリフ」を生んだ、クラプトンの復活作

【5/6更新】スティーヴィー・ワンダー『トーキング・ブック』
「迷信」「サンシャイン」などのヒットを生み出した、スティーヴィーを代表する傑作

【4/27更新】オフ・コース『オフ・コース1/僕の贈りもの』
ファースト・アルバムとは思えないほどクオリティの高い、早すぎた名作

【4/20更新】チック・コリア『リターン・トゥ・フォーエヴァー』
DSD音源のポテンシャルの高さを実感できる、クロスオーヴァー/フュージョンの先駆け

【4/12更新】 ディアンジェロ『Brown Sugar』
「ニュー・クラシック・ソウル」というカテゴリーを生み出した先駆者は、ハイレゾとも相性抜群!

【4/5更新】 KISS『地獄の軍団』
KISS全盛期の勢いが詰まった最強力作。オリジマル・マスターのリミックス・ヴァージョンも。

【2/22更新】 マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイング・オン』
ハイレゾとの相性も抜群。さまざまな意味でクオリティの高いコンセプト・アルバム

【2/16更新】 ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『スポーツ』
痛快なロックンロールに理屈は不要。80年代を代表する大ヒット・アルバム

【2/9更新】 サイモン&ガーファンクルの復活曲も誕生。ポール・サイモンの才能が発揮された優秀作
【2/2更新】 ジョニー・マーとモリッシーの才能が奇跡的なバランスで絡み合った、ザ・スミスの最高傑作
【1/25更新】 スタイリスティックス『愛がすべて~スタイリスティックス・ベスト』ソウル・ファンのみならず、あらゆるリスナーに訴えかける、魅惑のハーモニー
【1/19更新】 The Doobie Brothers『Stampede』地味ながらもじっくりと長く聴ける秀作
【1/12更新】 The Doobie Brothers『Best of the Doobies』前期と後期のサウンドの違いを楽しもう
【12/28更新】 Barbra Streisand『Guilty』ビー・ジーズのバリー・ギブが手がけた傑作
【12/22更新】 Char『Char』日本のロック史を語るうえで無視できない傑作
【12/15更新】 Led Zeppelin『House Of The Holy』もっと評価されてもいい珠玉の作品
【12/8更新】 Donny Hathaway『Live』はじめまして。




印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」

 | 

 |   |