◆プロデューサー麻倉怜士が解説する『小川理子/バリューション』の魅力
ジャズ・ピアニストの小川理子が、通算15作目となるアルバム『バルーション』をリリースした。テナーサックスのハリー・アレンをゲストに迎えたアルバム『トゥギャザー・アゲイン』以来、新譜は9年ぶりということになる。
全12曲中、ジョージ・ガーシュインの作品が3曲、デューク・エリントン関連が5曲を占める。1920年代から30年代にかけての作品が主で、エラ・フィッツジェラルドの愛唱曲が多いのも特徴だ。アルバムのトップに置かれたガーシュインの《オー・レディー・ビー・グッド》は、抒情的なタッチのヴァースから一転してアップテンポになり、素晴らしい疾走感をもったジャズが展開する。この見事なグルーヴ感はアルバム全体を通じて常に保たれていて、スウィングジャズ全盛期の作品を扱いながら、あふれ出る音は新鮮で瑞々しく色彩ゆたか、刻まれるリズムはじつに明快で心地よい。
小川理子は3歳からクラシック音楽のピアノ曲を弾きはじめ、バッハからモーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、リスト、さらには現代音楽までを弾きこなした。タッチの明晰さ、透明度が高く混濁しないコード(和音)の美しさは、おそらくクラシック楽曲の演奏経験が大きく影響しているのだろう。盤石なピアノ・テクニックに加えてソウルフルなジャズのマインドがあるのだから、その演奏は安定感抜群である。6曲目の《バット・ノット・フォー・ミー》はピアノソロ。強靭なタッチの左手とメロディを歌う右手のバランスが素晴らしく、ストライド・ピアノのお手本のような演奏を聞くことができる。また、これに続く《A列車で行こう》は文字どおり特別快速列車を彷彿とさせる強烈なグルーヴとスピード感によって、「これがジャズだよね!」と思わずニンマリしたくなってくる。
MQAなどへの展開を視野に入れつつ、オーディオ界の巨匠二人がプロデュースするこのアルバム、エンジニアの塩澤利安氏はさぞかし背中に二人の視線を感じながらの仕事だったと思うが、今回もまた、見事な解像度を維持しつつ、スタジオにあふれるジャズの放射熱をしっかりと受け止めることに成功している。
白柳龍一(音楽プロデューサー)
【バルーション/小川理子/ハイレゾ】
1 小川理子[アーティスト], ジョージ・ガーシュウィン[作曲], 小川理子[編曲]
2 小川理子[アーティスト], コール・ポーター[作曲], 小川理子[編曲]
3 小川理子[アーティスト], デューク・エリントン[作曲], 小川理子[編曲]
4 小川理子[アーティスト], ボブ・ラッセル[作詞], デューク・エリントン[作曲], 小川理子[編曲]
5 小川理子[アーティスト], ジョージ・ガーシュウィン[作曲], 小川理子[編曲]
6 小川理子[アーティスト], ジョージ・ガーシュウィン[作曲], 小川理子[編曲]
7 小川理子[アーティスト], ビリー・ストレイホーン[作曲], 小川理子[編曲]
8 小川理子[アーティスト], デューク・エリントン[作曲], 小川理子[編曲]
9 小川理子[アーティスト], ジョン・ターナー[作詞], ジェフリー・パーソンズ[作詞], チャールズ・チャップリン[作曲], 小川理子[編曲]
10 小川理子[アーティスト], ファン・ティゾール[作曲], 小川理子[編曲]
11 小川理子[アーティスト], 作者不詳[作詞], 作者不詳[作曲], 小川理子[編曲]
12 小川理子[アーティスト], ジョン・レノン[作曲], ポール・マッカートニー[作曲], 小川理子[編曲]