凛と美しい円熟のきわみ
立ち姿の美しい──しかし、穏やかな微笑みにもウィットのひらめく語り口。自然に聴き手を惹きこんでやまない音楽だ。聴いていると身体がふわっとリラックスしながら、耳は心地良く澄んでゆくような‥‥。
ペーター・レーゼルの音楽は、飾らない。しかしそれでいて、なんと豊かな時間が生まれることだろう。凛と美しい円熟のきわみにある芸術家だからこそ可能な、絶妙なシンプル。この透明感とあたたかみは、深い知性と情感のバランスに優れた名匠ならではだ。
ペーター・レーゼルについて
1945年2月2日ドレスデン生まれ、6歳でピアノをはじめウェーバー音楽院で研鑽を積んだレーゼルは、やがてモスクワ音楽院に留学、ロシアの名匠たちの薫陶も受けた。ドイツ伝統のピアニズムを継承した造形美とともに、重厚濃密な情感にも明晰を磨くロシア・ピアニズムの系譜も息づいたレーゼルの表現は、高い表現技巧に澄んで揺るぎない芯と深い詩情の強さ‥‥旧東ドイツの音楽界を担う才能として、国内外でのコンサートはもちろん多数のレコーディングで活躍してきた。
とはいえ東独を拠点としていたこともあって、レーゼルの名声が日本に轟くまでは長い時が必要だった。派手な喝采に華美で応えるような種類の芸術ではなかったのも、地味な敬愛にとどまりつづけていた一因だろうか。2007年、なんと日本では30年ぶりとなるソロ・リサイタルが絶賛を浴び、ピアノ愛好家にあらためて〈巨匠レーゼル〉の存在感が熱く響きはじめた。オーケストラで共演したある音楽家が「まさに〈選ばれし音楽家〉」と感嘆を洩らしたのをきいたことがあるけれど、知性と情感の緻密な‥‥そして気高く誠実な美しさは、日本でもあらためて注目を浴びることになった。
2008年から2011年にかけて、東京の紀尾井ホールで全4期8公演に及ぶ〈ペーター・レーゼル ベートーヴェンの真影 ピアノ・ソナタ全曲演奏会〉がおこなわれ、並行して全曲録音も実現。さらに2013年からは、名匠の本拠地ドレスデンの素晴らしいオーケストラと共に〈モーツァルト:ピアノ協奏曲集〉シリーズの録音もスタートした。光と遊び、澄んだ風に生命力を響かせるような至福のモーツァルト‥‥素晴らしい円熟が心地良い時間を響かせる新録音の数々には、感謝あるのみだ。 山野雄大(音楽ライター)
*本作はLFEに無音が差し込まれた5.1ch音源となります。
◆録音場所:ドレスデン ルカ教会
◆使用マイク:Brauner VMA 真空管マイク
◆録音フォーマット:DSDレコーディング
◆録音:2015年3月9日~11日
ルカ教会の前に立つペーター・レーゼル
今回のレコーディングで使用された「Brauner VMA」真空管マイク
収録が行われたドレスデン ルカ教会