セレクターズ・チョイス--ジャズ9月新譜 by 原雅明


原雅明(はら まさあき)

音楽ジャーナリスト/ライターとして各種音楽雑誌、ライナーノーツ等に寄稿の傍ら、音楽レーベルrings(https://www.ringstokyo.com/)のプロデューサーとして、新たな潮流となる音楽の紹介に務める。また、LAのネットラジオ局の日本ブランチdublab.jp(https://dublab.jp/)のディレクターも担当。ホテルの選曲やDJも手掛け、都市や街と音楽との新たなマッチングにも関心を寄せる。著書『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって』(DU BOOKS)ほか。

Twitter:http://twitter.com/masaakihara



 今月は、ブッチャー・ブラウンのメジャー・デビュー・アルバム『#KingButch』から、まずは取り上げたい。ヴァージニア州リッチモンドを拠点に活動する5人組のグループで、これまでライヴを各地でこなし、さまざまな録音にも参加して、徐々に知名度を上げてきた。ジャズをベースにした確かなテクニックがあり、ヒップホップ、ソウル、ファンクなどのエッセンスをしっかりと咀嚼したグルーヴや音響面でのセンスの良さも抜群だ。『#KingButch』のアートワークは、ウェザー・リポートの『Heavy Weather』などで知られるコラージュ作家ルー・ビーチが手掛けたが、これはブッチャー・ブラウンによるウェザー・リポートへのリスペクトの表明だという。メンバーにインタビューする機会があったのだが、高度な演奏技術や様々な音楽からの影響を採り入れながらも、多くのリスナーから支持を受けるような音楽を作り出してきたウェザー・リポートこそが、ブッチャー・ブラウンが目指す方向性なのだという。

 また、トランペット奏者のニコラス・ペイトンに見出されて、ペイトンのアルバム『Numbers』を共に制作したのも大きな転機だったそうだ。ペイトンは正統派のポスト・バップのプレイヤーとしてデビューし、グラミーも受賞した実力者だが、その後、BAM(ブラック・アメリカン・ミュージック)を提唱し、「ジャズは1959年に死んだ」等の煽情的な発言をして、大きく音楽性を方向転換した。ヴォーカルも取り、R&Bからアフロビートまで横断するBAMの音楽を表現していくことになった。コモンの最新シングル『My Fancy Free Future Love』やキャンディス・スプリングスの『Indigo』、同郷ニューオリンズ出身のドラマー、スタントン・ムーアの『With You In Mind』で、現在のペイトンのプレイを聴くことができる。

 セロニアス・モンクの未発表ライヴ音源『Palo Alto』も今月話題となったアルバムだ。
1968年にカルフォルニア州パロ・アルトの高校で、在校生が企画したライヴに出演した際に録音されたもので、その背景には当時の政治的にシビアな状況や音楽的な新しい流れもあったことは想像に難くない。しかしながら、サックスのチャーリー・ラウズらモンクのクァルテットを支えてきたメンバーとの演奏には、いまだからこそ、フラットに接することができる。演奏も録音のクオリティも驚くほど高い。録音は学校の用務員が担当し、録音テープはコンサートを企画した高校生の元に保管されていたという。ライヴのシチュエーションから録音の発見に至るまで、すべてがフィクションかと思うようなストーリーなのだが、これは録音物に刻まれるということの価値を再発見させるリリースでもある。モンクがジョン・コルトレーンと共演した唯一のスタジオ録音『The Complete 1957 Riverside Recordings』も、合わせて聴き直してみたい作品だ。

 ヨーロッパのリリースにも目を向けてみよう。ノルウェーのギタリストで、ECMを代表するミュージシャンの一人、テリエ・リピダルが20年振りとなるスタジオ録音作『Conspiracy』をリリースした。マンフレッド・アイヒャーとの共同プロデュースで、オスロのレインボー・スタジオで録音されたECMマナーに則ったアルバムだが、リピダルの音楽性の根幹を成すロック・ギターにフォーカスをしている。ECMのサウンド・デザインとのギリギリの鬩ぎ合いから生まれたギター・サウンドが、このアルバムで成立させているバランスはとても興味深い。また、エンドレ・ハレイド・ハレという若きベーシストにも注目したい。

 同じくノルウェー出身のトランペット奏者で、ヒップホップのロービートやアンビエント、ダブを包括するような独自のサウンドを作り出してきたニルス・ペッター・モルヴェルが、80年代のマイルス・デイヴィスのバンドやウェザー・リポートに参加してきたフランス出身のパーカッション奏者のミノ・シネルとのアルバム『SulaMadiana』をリリースした。近年のモルヴェルは、スライ&ロビーこと、スライ・ダンバーとロビー・シェイクスピアのリズム・セクションに、ノルウェーのギタリスト、アイヴィン・オールセット、フィンランドのエレクトロニック・ミュージックのプロデューサー、ヴラディスラフ・ディレイを加えて録音された『Nordub』で注目されたが、マイルス・デイヴィスによるワウ・ペダルをかけたエレクトリック・トランペットの可能性を進化させてきたのがモルヴェルだ。共演者の選択も含め、その表現の幅は近年の方がむしろ拡がりを得ている。

 ECM作品で今月もう一作、お勧めしたいのは、 アルジェリア出身のフランスのベーシスト、ミシェル・ベニータの『Looking At Sounds』だ。スイスのフリューゲルホーン奏者マチュー・ミシェル、フランスのドラマー、フィリップ・ガルシア、ベルギーのキーボード奏者ジョゼフ・デュムランによるクァルテットだが、特にデュムランのローズ・ピアノとミシェルのフリューゲルホーンが作り出すメロディの綾とベニータとガルシアの時にプリミティヴなグルーヴを感じるリズム体との絡みが絶妙だ。イギリスのサックス奏者アンディ・シェパード、スコットランドのドラマーでポーラー・ベアのリーダーとしてUKジャズのシーンに影響を与えてきたセバスチャン・ロッチフォードとのトリオ作『Trio Libero』も素晴らしい。ミシェル・ベニータ周辺の音楽はぜひチェックしてみてもらいたい。

 再発ものでは、デンマークのピアニスト、ヨーアン・エムボア(ヨーゲン・エンボルグ)が1979年に発表した『Sargasso』をまず挙げるべきだろう。ノルウェーとはまた違ったデンマークのジャズ・フュージョンの系譜を象徴するアルバムだ。よりアメリカのトレンドも意識されたサウンドだが、独特のリリカルかつクールなタッチが特徴的だ。もう一枚は、 CapitolレコードのA&Rを務め、キャノンボール・アダレイのプロデュースでも知られるLAの作曲家デヴィッド・アクセルロッドの『Heavy Axe』。ジャズ・シーンよりもレア・グルーヴ以降のクラブ・シーンでまず再評価された人だが、本作で見せたオーケストレーションとファンク・グルーヴの成熟したコンビネーションは、特に2010年代以降の同じLAの若いプロデューサーたちのプロダクションに与えた影響は大きい。

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