セレクターズ・チョイス--ジャズ8月新譜 by 原雅明



原雅明(はら まさあき)

音楽ジャーナリスト/ライターとして各種音楽雑誌、ライナーノーツ等に寄稿の傍ら、音楽レーベルrings(https://www.ringstokyo.com/)のプロデューサーとして、新たな潮流となる音楽の紹介に務める。また、LAのネットラジオ局の日本ブランチdublab.jp(https://dublab.jp/)のディレクターも担当。ホテルの選曲やDJも手掛け、都市や街と音楽との新たなマッチングにも関心を寄せる。著書『Jazz Thing ジャズという何かージャズが追い求めたサウンドをめぐって』(DU BOOKS)ほか。

Twitter:http://twitter.com/masaakihara



 8月は新譜のリリース・タイトル数は少ないが、注目すべきアーティストの重要作が目立っている。まずは、南ロンドンの新星ヌバイア・ガルシアのデビュー・アルバム『SOURCE』を取り上げるべきだろう。シャバカ・ハッチングスがImpulse!からワールドワイドに紹介されてUKジャズに注目が集まったが、Concord Jazzからデビューを飾ったこの女性サックス奏者も今後の活躍が期待される。トリニダード・トバゴと南アフリカのガイアナをルーツに持つ彼女は、それらの伝統音楽や南ロンドンのローカルなシーンと関係の深いルーツ・レゲエやナイヤビンギ、コロンビアで出会ったクンビアなどを自身のジャズと繋げ、時に大胆な解釈を見せる。コンセプトや作曲に優れたものを感じるが、何よりもテナー・サックスの響きが素晴らしい。彼女が参加するグループ、マイシャ(Maisha)でも際立ったプレイを聴ける。

 『SOURCE』参加のキーボード奏者ジョー・アーモン=ジョーンズも、ヌバイア・ガルシアと同じく名門トリニティラバン音楽院を経て、若くしてシーンの中心で活動を続けている。ソロ作や彼が率いるエズラ・コレクティヴの作品、さらにトニー・アレンとヒュー・マセケラのアルバム『Rejoice』でも中心的な役割を果たすなど、多方面で活躍をしている。また、シャバカ・ハッチングスのプロジェクト、コメット・イズ・カミングやシャバカ・アンド・ジ・アンセスターズの諸作もぜひ聴いてみてもらいたい。

 同じくトリニティ・ラバン音楽院を経て、南ロンドンのジャズ・シーンから登場したシンガー/ギタリストのオスカー・ジェロームのソロ・デビュー作『Breathe Deep』も素晴らしいアルバムだ。トム・ミッシュにも通じる歌とメロディを尊重した曲作りと確かなプロダクション・ワークでクオリティが高い。彼はアフロビートのバンド、ココロコ(Kokoroko)にも参加していて、その要素もアルバムからは感じられる。また、ココロコのメンバーは『SOURCE』にも参加している。そして、『Breathe Deep』にゲスト・ヴォーカルで参加のUKのシンガー・ソングライター、リアン・ラ・ハヴァスの新作アルバム『Lianne La Havas』もぜひ聴いてもらいたい一枚だ。僕は3年ほど前に彼女のギター一本のソロ・ライヴを見て圧倒されたのだが、更なる音楽的な成熟を感じ取ることができた。

 もう一人、UKジャズから登場した精鋭がいる。チェロ奏者/ピアニストのダニー・キーンだ。8歳でチェロを学び始め、ピアノとサックスも独学で学んできた彼もまたトリニティ・ラバン音楽院の出身で、卒業後クラシックのソリストとして活動を始めたが、最終的にロンドンのジャズ・シーンのピアニストとなることを選択した。そして、ミュージシャン、アレンジャーとして、デーモン・アルバーンのゴリラズから、エチオ・ジャズのパイオニア、ムラトゥ・アスタトゥケやシタール奏者のアヌーシュカ・シャンカールまで、さまざまな録音とライヴに関わった。10年以上のキャリアを持つキーンのソロ・デビュー作が『Roamin'』だ。ジャズはもとより、インドやアフリカ音楽、クラシックやダンス・ミュージックの要素もある。そして、ムラトゥからシャバカ率いるサンズ・オブ・ケメットのドラマー、トム・スキナーまで多彩なゲストが参加しているが、統一した世界を作り出している。

 アルメニア出身のピアニスト、ティグラン・ハマシアンの待望の新作『The Call Within』もリリースとなった。VerveやECMからのリリースを経て、近年はNonesuchからリリースを重ねているが、本作はこれまで以上に彼が影響を受けてきた音楽が多層的に組み合わさって作り上げられている。ジャズやクラシック、アルメニアの民謡や宗教音楽、エレクトロニカやメタルまでがパーツとして組み込まれているが、ミクスチャー音楽ではない。これまでのティグランの音楽の延長にある世界が築き上げられている。ワシントンD.C.のインスト・メタル・バンド、アニマルズ・アズ・リーダーズのトーシン・アバシがギターでフィーチャーされていることが異彩を放っているが、そのギターが見事に溶け込んでいることが象徴的だ。ピアノ・ソロとして独自の世界を完成させたEP『For Gyumri』を始め、ハイレゾで聴ける過去作品も多い。

 スイスのテナー・サックス奏者クリストフ・アーニガーの『Open City』も注目したいアルバムだ。アーニガーのトリオには、イスラエル出身のドラマー、ジヴ・ラヴィッツ(ソロ作『No Man is an Island』が素晴らしかった)が参加していることに加え、アルト・サックスのローレン・スティルマンとトロンボーンのニルス・ウォグラムが参加している。派手なところはないが、非常に聴き応えのある演奏だ。同トリオの前作『Octopus』もぜひ聴いてみてもらいたい。

 Blue Noteが送り出したアルト・サックス奏者イマニュエル・ウィルキンスの『Omega』は、弱冠22歳の初リーダー作とは思えない落ち着きと思慮深さ、そして内に秘められた衝動を感じるアルバムだ。かつてBlue Noteからリリースを重ねてきたピアニスト、ジェイソン・モランがプロデュースを買って出て、ピアノ、ベース、ドラムスもすべて若いミュージシャンで固められている。このアルバムはブラック・ライヴズ・マター以前に録音されたものだが、“Ferguson - An American Tradition”と“Mary Turner - An American Tradition”の曲タイトルは、2014年のミズーリ州ファーガソン事件と1918年のジョージア州のリンチ殺人を示唆する。ウィルキンスたちの演奏は端正で優雅なアンサンブルを聴かせたかと思えば、不穏当で情熱的なトーンを響かせもする。その演奏はモダンジャズの歴史を多様な側面から照らし、黒人の歴史へと斬り込んでいく鋭さを持っている。ウィルキンスが参加したヴィブラフォン奏者、ジョエル・ロスのデビュー作『Kingmaker』も、新たな世代のミュージシャン達の台頭を強く印象付けたアルバムだ。

 ビル・フリゼールがBlue Noteに移籍して2作目となるアルバム『Valentine』もリリースとなった。昨年のアルバム『Harmony』がこれまで活動を元にしてきたペトラ・ヘイデン、ハンク・ロバーツに、新たなにルーク・バーグマンを迎え、ヴォーカルとギター、チェロの弦楽器のみのアンサンブルだったが、本作はECMからデュオ作も出しているトーマス・モーガン(ベース)、ルディ・ロイストン(ドラム)とのトリオで、ジャズ寄りの演奏を堪能できる。

 Blue Noteからはもう一つ、興味深いアルバムがリリースされた。エミネム、リアーナ、ドクター・ドレーなどメジャー・アーティストのプロデュースを手掛けてきたロンドン出身で現在はLAで活動するアレックス・ダ・キッドが、バイ・アレクサンダーの名義でジャズにフォーカスしたアルバム『000 Channel Black』を発表した。主にヒップホップやロックの仕事を手掛けてきた彼が、元々好きだったというジャズに取り組んだとのことだが、所謂クラブ・ジャズ的なアプローチではなく、作家チャールズ・ブコウスキーの朗読をフィーチャーした“Bloom In Paris”のようなジャズのエッセンスをアレックスが自身の演奏とプロダクションによって丁寧にまとめ上げている印象を受けた。簡単にカテゴライズしづらいサウンドだが、それ故に新たな可能性を秘めている。なお、アレックスが過去に手掛けた作品としては、X・アンバサダーズとスカイラー・グレイのアルバムをお勧めしたい。

 最後に、ジャズ・ヴォーカリスト、グレゴリー・ポーターの4年ぶりのアルバム『All Rise』を紹介したい。エイミー・ワインハウスのバンドを経てUKで最も期待されるプロデューサー/アレンジャーとなったトロイ・ミラーを迎え、LAのキャピタル・スタジオ、パリのサン・ジェルマン・スタジオ、ロンドンのアビイ・ロード・スタジオで録音された。
ブラック・ミュージックを讃え、特にゴスペルの力を借りるようにポーターはバリトン・ヴォイスを響かせる。優しさに満ちたバラードの裏には、もちろん現在のシビアな状況への苦い感情が背中合わせにあり、それ故にその表現は深みを持って響く。

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