セレクターズ・チョイス--クラシック8月新譜 by 原典子


原典子(はら のりこ)

音楽に関する雑誌や本の編集者・ライター。鎌倉出身。上智大学文学部新聞学科卒業。音楽之友社『レコード芸術』編集部、音楽出版社『CDジャーナル』副編集長を経て、現在は子育てをしながらフリーランス。『intoxicate』『CDジャーナル』『Web音遊人』などの音楽雑誌・Webサイトへの執筆のほか、CDライナーノートの執筆や翻訳、演奏会プログラムやチラシの編集、プレイリスト制作、コンサートの企画運営などを行う。坂本龍一監修の音楽全集『commmons: schola』の編集を2018年まで担当。脱ジャンル型雑食性リスナー。あっちとこっちをつなげる仕事が好きです。

 



酷暑とコロナ禍のダブルパンチで気分も塞ぎがちだった真夏の日々。先の見えない公演自粛に、多くの音楽関係者も疲労の色を濃くしていた。そんななか、理屈抜きに心を明るくしてくれたアルバムが『ジョン・ウィリアムズ ライヴ・イン・ウィーン』。『スター・ウォーズ』『レイダース』『ジュラシック・パーク』など誰もが知るハリウッド映画の名曲を、作曲家みずからが天下のウィーン・フィルを振った演奏会のライヴ録音である。映画のサントラで聴き慣れた演奏とはだいぶ趣が違うので、はじめは驚くかもしれない。しかし、ウィーン・フィルにしか鳴らせないサウンド、リズム、音楽がここにはある。その響きからは、ウィーンからアメリカに亡命し、ハリウッドで活躍したコルンゴルトの影響を感じることができる。こうしてウィリアムズの音楽は、ムジークフェラインの黄金のホールでクラシックの歴史に1ページを刻んだのである。

同じくムジークフェラインでライヴ録音されたのが、フィリップ・ジョルダン指揮ウィーン交響楽団による『ブラームス:交響曲全集』。2020年に同団の音楽監督をアンドレス・オロスコ=エストラーダに引き継ぎ、ウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任するジョルダンが、2019年9月に録音したツィクルスである。ウィーン響の豊かであたたかみのある弦の響きと、ジョルダンの細部まで疎かにしないきめ細かなアプローチに、こちらも理屈抜きに「オーケストラっていいなあ」と思えるアルバムだった。

ブラームスといえば、今月はそのほかにもトーマス・ダウスゴー指揮スウェーデン室内管弦楽団によるすっきりと見通しの良い『ブラームス:交響曲第4番 他』、ダニエル・ミュラー=ショット(チェロ)とフランチェスコ・ピエモンテージ(ピアノ)という実力派デュオによる『ブラームス:チェロ・ソナタ集』も配信されている。チェロによる《雨の歌》も泣ける!

DSD11.2MHzというハイスペックで配信されているタイトルもだいぶ増えてきたが、なかでもART INFINI(アールアンフィニ)レーベルは、多くの日本人アーティストの優れた録音をとびきりの高音質で配信している。今月配信された鈴木大介の『シューベルトを讃えて』は、シューベルトの作品のほかに、メキシコの作曲家ポンセの作品、メルツの編曲によるシューベルトの歌曲などを集めたシューベルトへのオマージュ・アルバム。DSDで聴くと、楽器から発せられる音だけでなく、その「場」の空気をまるごと感じることができるので、まるで鈴木がすぐそばで弾いているかのよう。シューベルトが親しい友人たちと開いていたシューベルティアーデ(サロンコンサート)に参加しているような心地で聴いた。

同じくART INFINIからデビュー・アルバムをリリースした椿三重奏団は、高橋多佳子(ピアノ)、礒絵里子(ヴァイオリン)、新倉瞳(チェロ)によるトリオ。いずれも第一線で活躍するソリストだが、華やかなイメージとは別に、ときに渋味さえ感じさせるしなやかで思慮深い演奏は、彼女たちの室内楽奏者としての卓越したセンスを示すものであった。

高音質という面においては、ベルリン・コンツェルトハウス室内オーケストラによる一連のリリースにも注目したい。ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の室内アンサンブルとして、2009年に日下紗矢子をリーダーとしてスタートした同団は、『シューベルト:弦楽四重奏曲第14番ニ短調《死と乙女》、ショスタコーヴィチ:室内交響曲』をはじめ数タイトルのアルバムをリリースしているが、そのどれもが目の覚めるような鮮やかな音質で録音されている。

そのほか変わり種としては、古代ギリシャの音楽を現代に響かせるべく、紀元前7世紀から5世紀のテキストより作られたコロス(合唱)のための音楽『シュタインマン:コロス「オイディプス」の合唱作品集』や、16世紀から17世紀にかけてポーランドで活躍した作曲家・オルガニストのミコワイ・ジェレンスキによる聖体拝領のための作品集『ジェレンスキ: 聖体拝領と通年の拝領唱』が、神秘的な声で異世界へと誘ってくれる。

 

 | 

 |   |