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【2/27更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/02/27
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」がスタート!
モニク・アース『Debussy: Preludes I & II & Etudes』
ドビュッシー楽曲を独自のスキルと感性で弾きこなす、フランスの名ピアニスト


前回は須関裕子さんのピアノ・アルバムを取り上げたので、続く今回は趣向を変えてオーケストラ作品などにしてみようかなと思っていたのです。

が、気が変わりました。

いつものようにe-onkyoのNew Releaseコーナーをチェックしていたら、僕にとって重要なある作品が入荷されていたことに気づいてしまったからです。だから心情的に、これはどうしても取り上げないわけにはいかないのです。

そんなわけで、またもやピアニストによる作品のご紹介です。とはいっても今回は、かなり昔のものなのですが。

モニク・アースの『Debussy: Preludes I & II & Etudes』がそれ。

1962年から63年にかけてレコーディングされたアルバムなので、もちろんリアルタイムで聴いたわけではなく後追いです。初めて聴いたのがいつだったのかもはっきり覚えてはいないのですが、そのときからとても印象に残っていたのです。

そして今回ハイレゾで聴きなおしてみたら、クオリティの高さを改めて実感させられることになったということ。作品そのものが非常によくできていて、しかもハイレゾとの親和性もよいので、何度聴いても発見がある感じなのです。

事実、この一週間は仕事中、ほとんどこればかりを聴いていました。

レトロ感漂うジャケット写真からして、いかにも両家のマダムという雰囲気でしょ。それもそのはず。ルーマニア出身の作曲家、マルセル・ミハロヴィチの奥様でもあるのです。

1909年にフランス・パリで生まれた彼女は、パリ音楽院でジョセフ・モルパンとラザール・レヴィに師事し、1927年に主席となった実績の持ち主。レパートリー的にはロマン派の作曲家を避け、20世紀の作品によって本領を発揮しました。

特に魅力的なのは、ドビュッシーの作品。つまりドビュッシーの前奏曲集である本作は、その真骨頂を発揮した作品だといえるわけです。

その演奏スタイルは、非常にリズム感があって躍動的。音が跳ね回っているような印象があります。しかも、そんな持ち味を生かしながら、ところどころにソフトなタッチを織り込んでいくのです。

ですから個人的に、その音と表現はとても20世紀作品に適していると感じています。

第1巻が1962年7月に、第2巻が翌年1月に、ベルリンのイエス・キリスト教会でレコーディングされたもの。

オープニング「第1曲:デルフィの舞い姫たち」の流麗でソフトな質感を耳にしてみれば、きっと彼女の魅力の一端をつかみ取ることができるはず。押しつけがましさは皆無なのに、知らず知らずのうちに聴き手を引きつけていくような力があるのです。

その心地よさを持続させつつ、「第2曲:帆」ではミステリアスな空気感を演出し、続く「第3曲:野を渡る風」では、持ち前のリズム感をいかんなく発揮。この曲や「第7曲:西風のみたもの」などには、ドビュッシー作品との相性のよさがわかりやすく反映されています。

同じように、緊張感を表現した「第1曲:霧」で始まる第2巻の演奏も秀逸。タイトルどおり妖精が踊っているような印象のある「第4曲:妖精はすてきな踊り子」、ハネ感が心地よい「第6曲:風変わりなラヴィーヌ将軍」など、感性に訴えかける楽曲揃いです。

夫の友人であるフランスの作曲家や哲学者との交流が日常的にあったということなので、環境的に恵まれていたことは事実でしょう。

しかし、単に“育ちのいい奥様”然としているからというわけではなく、きちんとしたバックグラウンドを感じさせてくれるからこそ、彼女の演奏には説得力があるのです。

穏やかで気品があるだけに、ときおり見せる大胆さにドキッとさせられる。バランスがとれているのに、弾けてみたりもするので、どんどん引き込まれる。

しかも、いまなお新しく刺激的。55年も前にこんな作品が作れたということに、純粋な驚きを感じずにはいられないわけです。



◆今週の「ルール無用のクラシック」


『Debussy: Préludes I & II & Etudes』/ モニク・アース





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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」