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【2/20更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/02/20
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」がスタート!
須関裕子『ラ・カンパネッラ』
注目の若手ピアニストによる、真摯な姿勢が明確に伝わってくる秀作


 特に大きな期待感を抱いていたわけでもなく、でも、なんとなく聴いてみたら、予想に反してすごく気に入ったーー。

 そんな作品があるものです。

 そして経験的にいうと、そのような出会い方をした作品のほうが、愛聴盤になる確率が高いようにも思います。逆に、勝手に期待しすぎちゃうと、「なんだ、期待してたほどじゃなかったなー」ということにもなってしまいがちですし。

 たとえば、須関裕子(すせきひろこ)さんという若手ピアニストの初リーダー・アルバムである『ラ・カンパネッラ』も、僕にとってはそんな一作でした。

 不勉強な僕はこの人のことを存じ上げなかったのですが、e-onkyo musicで新譜をチェックしているときに、本作をたまたま見つけたのです。

 いや、実をいうと、まず最初に惹きつけられたのはアルバム・ジャケットでした。美しいルックスに魅了され、聴いてみようという気にさせられたということ。小っ恥ずかしい話ですが、でも、そういうことってありませんか? ないとは言わせないぞ。そういう意味ではジャケット写真ってすごく重要ですね。

 しかしまぁ、そういう不純な動機から、この作品を知ることになったわけです。そもそも本人についての知識がなかったのですから、期待感がどうのこうのというレベルにさえ達していない状態だったということ。

 でも聴いてみたら、ちょっと驚かされました。なぜって、純粋に素晴らしかったから。決して気をてらっているわけではなく、むしろ正統派なのだけれど、そこがいい。

 別にオッサンくさいことが言いたいわけではないのですが、いい意味で“若さ”のポテンシャルを実感させてくれたのです。そして、とてもしっくりきた。だからダウンロードして以来、毎日聴き続けています。

 そして当然のことながら、聴けば聴くほどこの人のことが気になってきました。そこで調べてみた結果、なかなかの経歴をお持ちのようです。

 桐朋女子高等学校音楽科2年だった16歳の時点で、チェルニー=ステファンスカ国際ピアノコンクール第1位を獲得。翌年にはクラクフ、ショパンの生家などポーランド各地でリサイタルを開催他にも行っており、他にも多くの受賞歴をお持ちなのだといいます。

 これまでピアノを穐吉慶子、寺西昭子、ミハイル・ヴォスクレセンスキーの各氏に師事し、2007年に桐朋学園大学音楽学部を卒業、2009年には同研究家を首席修了。

 ちなみにチェリストの堤剛氏からもその才能を認められており、リサイタルやレコーディングで共演を重ねているのだとか(堤氏との共演作『オリオン』も、とてもいい作品なのでぜひチェックを)。

 つまり経歴は華々しいのですが、重要なのは、その表現から驕りのようなものは微塵も感じられないことです。それどころか、とても誠実な印象。安心して聴くことができ、そして心に響くのです。

 心に響くといっても、感動で涙が止まらなくなるというような、大げさなものでは決してありません。聴く側の心に、そっと寄り添ってくれるような、それでいて、ときに若さを(おそらく無意識のうちに)発揮してくれる。

 安定感を保ちつつ、ときにスリリングな表情をも見せてくれるので、なんの不安を抱くこともなく、ワクワクしながら聴き進めることができるのです。

 冒頭、タイトルにも引用されたリストの「パガニーニによる大練習曲 第3番 「ラ・カンパネッラ」を耳にした時点で、このアルバムの成功を実感できるはず。

 また、ショパン「舟歌 嬰へ長調 作品6」「バラード 第3番 変イ長調 作品47」「スケルツォ 第2番 変ロ短調 作品31」、リスト「愛の夢 第3番」、シューマン「アラベスク ハ長調 作品18」など、他の収録曲も親しみやすいものばかり。

 なかでも個人的に気に入っているのはショパンの表現力で、最たるものが「ポロネーズ 第6番 変イ長調 作品53 『英雄』」。ただ技巧にだけ執着するのではなく、いい意味での大胆さ、力強さを感じさせてくれるのです。

 いろんな意味で納得できるのは、「真摯にピアノと、そして音楽と向き合ってきたんだろうな」と感じさせてくれるから。

「やっぱり大切なのは、目の前の“なすべきこと”をコツコツとこなしつつ、きちんと生きることだよなー」

 聴きながら、そんな飛躍した想いが頭をよぎったのは、この人の音のなかから、そんな生き方がにじみ出ているからなのかもしれません。



◆今週の「ルール無用のクラシック」


『ラ・カンパネッラ』/ 須関裕子




『オリオン』/ 堤 剛, 須関裕子





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印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

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