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【2/6更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/02/06
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史のルール無用のクラシック」。
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フルートに対する“常識”を打ち破る、画期的でスリリングなアルバム

 僕はこれまで、フルートという楽器にさほど強い関心を抱いたことがありませんでした。いま思えば、それはこの楽器に偏見があったからにほかならないのですが。

 というのも、そもそもフルートという楽器自体には、どこかメルヘンチックなイメージを持っていたのです。非常に短絡的ですけどね。

 トランペットが声の大きな学級委員だったとすると、フルートは、目立たないながら真面目に働く保健委員という感じ。スポットライトが当たろうものなら、サササッと柱の陰に隠れてしまいそうな。

 だいいち、音色にしてもひたすら平和で牧歌的だとは思いませんか? 音が聞こえてきたとたん、鹿やウサギが集まってきそうです。って、童話の世界かよ。

 フルート奏者に対する印象だって同じです。いつも穏やかな笑顔をたたえていて、戦いをとことん避け、決して誰も傷つけない聖人というイメージ。そういう人にしか、あの楽器をピロピロ吹くことはできないような気がしていたのです。

 こうして文字にしてみると、とんでもない極論だってことがわかりますね(文字にしなくたってわかるよ)。自分の感性のイケてなさを実感せざるを得ません。

 でも、なんとなく共感できる方も決して少なくないのでは? 現役のフルート奏者には爆笑されそうですけど。

 しかしまぁそんなわけですから、目立たず騒がずひっそりとそこにいるようなフルートおよびフルート奏者が気になることも、ほとんどなかったというわけです。

 アレクサ・スティルを知るまでは。
 特に、新作の『Syzygy』を耳にするまでは。

 でも、この作品を知ったいま、自分のなかでさまざまな価値観が変化したことを実感せずにはいられません。なぜなら本作は、先に触れたような僕のなかの偏見をあっという間に消し去ってしまったからです。

 そしてその代わりに、フルートについてこれまで感じたことがなかった、多くのインパクトを残してもくれたのです。

 アレクサ・スティルは、ニュージーランド生まれのフルート奏者。数々のコンクールでの受賞実績を持ち、ニュージーランド交響楽団の首席フルート奏者を務めていたこともあるのだとか。また、以前はアメリカフルート協会の会長だったこともあるといいます。

 若い才能の育成にも熱心で、コロラド大学ボールダー校、シドニー音楽院を経て、現在は米オハイオ州オバーリン市のオバーリン音楽院で教鞭をとっているそうです。

 母国のニュージーランドにおいては「国家の宝」と称されていたといいますが、その表現が決して大げさでないことは、本作を聴けば明らか。一音一音をとても大切にしている印象があり、フルートの可能性をわかりやすく提示してくれているのです。

 オープニングの「Jubilee: I. Jubilate」「Jubilee: I!. Wooden Bird」「Jubilee: III. Syzygy」は、きわめてフルートらしい音色のなかに心地よい緊張感を味わえる楽曲。ピアノとのバランスもよく、じっくりと聴かせる説得力が備わっています。

 ここまでは、ある意味で予想できた展開。しかし驚かされるのは、「Malagigi the Sorcerer: I. The Enchantment」です。なぜなら冒頭の演奏は、従来のフルートのイメージとは大きくかけ離れているから。

 フルートの「音」と「声」とのボーダーラインを行き来するかのような、いままで聴いたことがないような表現なのです。思わず何度もボリュームを上げてしまったほどで、「フルートって、こんなこともできるのか!」と、とにかく驚かされました。

 続く「Malagigi the Sorcerer: II. Arden Forest」も、タイトルどおり森の中の雰囲気を見事に表現してみせた楽曲。息づかいも生々しく、ついつい引き込まれてしまいます。そしてその世界観は、「Malagigi the Sorcerer: III. Bayard」でさらに確固たるものに。この3楽章は、本作における最初のクライマックスだといえます。

 「最初のクライマックス」とはおかしな表現ですが、それを認めたうえであえて使いたいのは、以後もいくつかの山を経たうえで、「本格的なクライマックス」が訪れるから。3楽章からなる「Pre-ent」がそれで、チェロの存在感をバックに、フルートのポテンシャルが発揮されていくのです。

 特に強烈なのは、第二楽章「Enamored」と第三楽章「Pas de deux」。その音色はまるで尺八のようで、またしてもフルートという楽器の奥深さを実感せざるを得ないのです。

 楽器やその表現方法に「こうでなくてはいけない」という決まりはなく、むしろ、そういう壁は破られるべき。そんなことを感じさせてくれる、とても優秀な作品だと思います。

 なお、音質の優秀さもポイントのひとつ。先に触れたとおり、鬼気迫るような息遣いを感じることができるだけに、ハイレゾで聴くにはもってこいの作品でもあるのです。

 いずれにしても、「フルートは平和な楽器」なんていう先入観は、このアルバムによって見事に覆されました。お見事というしかありません。

 なお、オバーリン・オーケストラを従えてマシュー・ヒンドソンの現代楽曲を表現した2015年作『Flute Concerto “House Music”』もオススメ。フルート協奏曲というフォーマットを超越した、壮大な楽曲です。



◆今週の「ルール無用のクラシック」





印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」