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連載『厳選 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』 第55回

2018/02/02
連載『厳選 太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』 第55回

『Franck, Poulenc & Strohl: Cello Sonatas』Edgar Moreau
~ エドガー・モローのチェロに酔うなら、これだ! ~



音楽の神様は実在する?

「音楽の神様が微笑んだ瞬間」

この例え、良く聞きますよね。実際、その瞬間は存在すると思います。私はそう多くないレコーディング経験ながら、幸運にも何度かその瞬間に出くわしました。

レコーディングしていると、何度か演奏テイクを重ねていきます。さて、最終的に録音物として世に出るOKテイクと、ボツになるテイクとの違いはどこなのでしょうか? 単なる演奏の上手い、下手? 演奏ミスの有無だけ? 録音現場では、果たして何回目をOKテイクだと決断するのでしょうか?

ここで鍵を握るのが、“音楽の神様が微笑んだ瞬間” です。私が経験した録音現場の全てではありませんが、良い結果が出たレコーディングでは、不思議と誰もが納得する「これだ!」という瞬間が訪れました。それが音楽制作現場で、音楽の神様の微笑みと呼ばれているものです。

神様といっても、宗教的な意味ではありません。ですが、神々しいその瞬間を体験すると、その時だけは信心深くなり、音楽の神様の存在を信じてしまうのでした。

それまでのテイクとは全く異なる、異様なまでの緊張感。ピーンと張り詰めた空気の中を、泳ぐように響いていく音楽。ミュージシャンの充実した気力と、実力以上の演奏ではないかと感じてしまうほどの鬼気迫る音たち。その瞬間、演奏を見つめる私を含めた関係者全員が、もう一歩も動けなくなりました。咳払いひとつして、この緊張の糸が切れたらどうしよう・・・、私がモジモジして椅子がギギッと鳴ったらこのテイクが台無しでは・・・、ああ、急に咳がしたくなった・・・、鼻水が気になる・・・などなど。スタートした直後から全員がOKテイクと分かっている演奏ですで、その曲の後半に差し掛かる頃には、あとはもう「無事に完奏してくれ!」と祈ることしかできないのです。

不思議と、そういう神がかったテイクには、演奏ミスもなく進むものです。逆に言えば、この神々しい演奏が出るまで、何度かテイクを重ねていくのがレコーディング現場とも言えます。

あの不思議な感触は、一体なんなのでしょうか? デジタル録音の現代でも、音楽の神様の微笑みという非科学的な終着点を目指し、音楽制作は進みます。そして面白いことに、その感覚的な瞬間は、記録できるのです! 目には見えないけれど、音としては認識できる。単なる良い演奏テイクというだけなのかもしれませんが、この不思議な体験を音楽の神様の微笑みに例えるとは、なんてロマンティックなんだと思いませんか?


エドガー・モローのチェロに、音楽の神様の微笑みを見た!

今回の太鼓判ハイレゾの選定は難航しました。ある程度絞った作品群の中からアタリをつけて聴いていくのですが、今月はことごとく空振り。なかなか太鼓判を押せるハイレゾ音源と出会えませんでした。

そんな中、不思議な出来事が。いろいろなところで、同じアルバムジャケットを目にするのです。あまりに偶然が重なるので、聞いてみることに。直感や運命を盲信しているわけではないですが、これが大当たり! 自信を持って太鼓判ハイレゾと呼べる素晴らしい作品に、今月も無事出会うことができました。

『Franck, Poulenc & Strohl: Cello Sonatas』Edgar Moreau
(96kHz/24bit)



チェロって、こんなに軽々鳴らせる楽器でしたっけ? エドガー・モロー氏のプレイを聴くと、大きなチェロという楽器が、バイオリンくらいの軽やかさに感じます。決して音色が軽いという意味ではなく、疾走感あるサウンドと、圧倒的に余裕がある演奏テクニックがそう思わせるのでしょう。

クラシック的な解説は専門家の皆様にお任せするとして、私の感じた本作の魅力をお伝えするなら、冒頭の話題であった “音楽の神様の微笑み” を感じたハイレゾ音源ということに尽きます。

最初は勘違いかと思っていました。しかし曲を聴き進めていくと、あの感触がふと甦ってきたのです。自分がレコーディングから参加した作品の除くと、なかなか出会うことのできないあの感覚。録音現場の熱気はもちろん、演奏が終わった瞬間に思わず拍手したくなる、心地よい緊張から解き放たれた空気感までもがパッケージされています。

CD盤と聴き比べてはいませんが、この特別な感覚がどこから伝わってくるのかを考えると、ハイレゾ規格の器の大きさが効いていると考えて間違いなしでしょう。本当に小さな小さな音の情報から、キャッチし、想像し、心で再構築する。そのためには、ハイレゾの表現力や情報量の多さは、全てがプラスに働きます。

全体的な音量は、少し小さめ。私が良く聴くジャズ&フュージョン系の音源と比べると、アンプのツマミで2から3クリックは上げて楽しみたいところです。ポップスやアニメ系からなら、5クリックくらい音量アップすると良いでしょう。音量が小さいのは迫力不足というわけではなく、演奏家の感情表現を再現しやすいというメリットの方が大きいものです。音楽は音の強弱とタイミング、ビブラートなどを駆使し、感情を音で伝えます。音量を控えてマスタリングすることで、音楽の抑揚が鮮明に記録できる。今度はそのパスを受け取った聴き手が、アンプの音量調節を最適にして上手く再現したいものです。

このチェロとピアノのデュオは比較的難解な楽曲も少ないので、クラシック好きだけではなく、音楽好きなら広く楽しんでいただけるでしょう。オーディオのチェック音源として真剣に対峙するも良し、食事やお酒の時のBGMとして楽しむも良し。ただただ、美しいチェロとピアノの調べに酔いたいものです。

一発録音でしか成し得ない楽曲たち。思い返せば、やっぱり音楽の神様が微笑んだ瞬間は、コンピューター内部で切った張ったの音楽では味わえないのかもしれません。私は本作で音楽の神様が微笑みを感じることができましたが、果たして単なる錯覚なのか、本当に記録されているのか。そんな不思議なチェックポイントですが、ぜひ挑戦してみてください。久しぶりのクラシック・ジャンルからの太鼓判ハイレゾ音源です!



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筆者プロフィール:

西野 正和(にしの まさかず) 3冊のオーディオ関連書籍『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛するとっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』(リットーミュージック刊)の著者。オーディオ・メーカー 株式会社レクスト代表。音楽制作にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。自身のハイレゾ音源作品に『低音 played by D&B feat.EV』がある。『厳選! 太鼓判ハイレゾ音源ベストセレクション キングレコード ジャズ/フュージョン編』をプロデュース。