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【1/30更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/01/30
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史のルール無用のクラシック」。
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ラフマニノフとフィリップ・グラスを無理なく共存させてみせた、聴きやすく高密度な作品

クラシックだけを専門的に聴いてきた方には興味のない話かもしれませんが、僕は1980年代前期にヒップホップ・カルチャーの洗礼を受けた人間です。そして結果的に、その文化の構成要素のひとつである「DJ」に強く惹かれることになったのでした。

いや、DJに関心を持ったのはそれより少し前、ディスコに通っていたころだったかもしれません。いずれにしても興味がどんどん肥大化していったため、自分でも機材を購入してDJ(の真似事)を開始したのです。

DJとしてお金をいただいたのは、いまは亡き埼玉県のローカルなボウリング場が最初でした。

リニューアルするというので、「だったらDJブースをつくらなきゃ!」と冗談半分に提案したら、本当につくってしまったのです。いかにもバブル時代的な展開。でも、ブースをつくったはいいけどDJがいなかったため……というのもありえない話。しかしいずれにせよ、そのため僕がやることになったというだけのこと。

ってな話はともかく、そんなことから以後も各地のソウル・バー、そして都内の著名クラブでDJをすることになったという流れ。現在も、遊びではありますが、下北沢と新宿のDJバーでDJイベントを開催しています。

なお、DJには「レコードを擦ったり(スクラッチ)する派手な人」というようなイメージがあるかもしれませんが、スクラッチなどのテクニックはあくまで二次的な要素。基本的には、「自分が選んだ楽曲によって、その場の空気を操る」立場です。つまりは「選曲家」。

そもそも、DJとは「ディスクジョッキー」Disc Jockeyの略称です。いうまでもなく、Jockeyは競馬の騎手。競馬の騎手の仕事は馬を操ることですが、同じようにDJは、Disc(円盤=レコード)を操る騎手だという考え方なのです。

選曲家と聞くと、「ただ曲を選べばいいんだから簡単じゃん」と思われるかもしれません。というより、本気でそう思っている方がとても多いのですが、とんでもない。

なにしろ、選曲によって心地よいムードやそれに付随するストーリーをつくっていかなければ、聴き手に訴えかけることは不可能なのですから。

「どうして、この曲の次にこれが始まるの? 流れとしておかしくない?」などと思わせてしまったりしたら、その時点で完全にアウト。選曲や曲順によって自然な流れをつくれるだけのセンスがない限り、そうそうできるものではないのです。

ちなみに僕はヒップホップやR&BをプレイするDJで、僕を知ってくださっている方のイメージもそこに集約されると思います。しかし、そのことに感謝する一方で、「ヒップホップ/R&Bの枠を超えられない」という限界を感じることもないではありません。

結果的に、そういったジャンルの壁に縛られてしまっているから。

本来なら、ジャンルの壁を超え、ロックもヒップホップもクラシックもごちゃまぜの、なにが飛び出すかわからないようなプレイをしてみたいのです。もちろん、そこまでのことをできる自信なんてないので、理想論的な話ですけどね。

あるいは、「クラシックのDJ」というのもアリだろうなと思っています。時代やカテゴリーに左右されることなく、「クラシック」というくくりのなかで自由に選曲しちゃうようなスタイルを試してみたいということ。

たとえば、バッハとショスタコーヴィチ、スティーヴ・ライヒが自然に続いていくような流れをつくり、発信してみたいということ。もちろん簡単なことではありませんし、そもそもクラシックに関する知識がもっと豊富になければお話にもなりませんが。

しかし、そんなことを日常的に考えているからこそ、選曲面でいろいろ挑戦していることがわかるクラシック・アルバムに出会うと、「壁を越えようとしているな」とでもいうような送り手側の気合いを感じることができてうれしいのです。

もちろん、そんな作品は滅多にあるものではないのですが、今年は年始早々、選曲に“センスとモチベーション”を感じさせてくれる秀作に出会えることができました。

今回ご紹介する、アンリ・ドマルケットとヴァネッサ・ベネッリ・モーゼルによる『Echoes』がそれ。というのもこのアルバム、セルゲイ・ラフマニノフとフィリップ・グラスの楽曲だけで構成されているのです。

そもそも、このふたりを並列させようというアイデア自体が、旧来的な常識からすると“ありえない話”じゃないですか。

1873年のロシアに生まれたラフマニノフといえば、あえて公言するまでもない「最後のロマン派」。親しみやすく悲しみをたたえた曲調が支持され、多くの映画にその楽曲が引用されてきたことでもあまりに有名です。

かたやグラスは、1937年生まれのアメリカ人。ミニマル・ミュージックの第一人者であり、ブライアン・イーノやデヴィッド・ボウイなど、多くのロック・アーティストに影響を与えてきた人物でもあります。

つまり、このふたりに接点はないのです。そもそも年齢だって、60歳以上離れていますしね。

だから、そもそも出自の違いすぎる両者を並列させようという発想自体、なかなか思いつくことではないはずなのです。しかし、それをさらっとやってのけてしまっている。それが、この作品のすごいところ。

しかも注目しなければならないのは、その結果、こうでもしない限り気づく機会は訪れないであろう両者の共通点が浮かび上がっていることです。

端的にいえば、それはメランコリックな曲調と、主題をリフレインするスタイル。個人的に、ミニマル・ミュージックやハウス・ミュージックに欠かせないリフレインの源流は、バッハにまで遡ることができると思っているのですが、その流れのなかにラフマニノフを組み込んだとしてもまったく違和感がないーー。そんなことに気づかせてもくれるわけです。

本作は、グラスの「Glassworks – Arr. For piano and cello by Bruno Fontaine – 1. Opening」で幕を開け、その流れはラフマニノフの「Vocalise, Op.34, No.14 – Transcr. For cello and piano」へと続いていきます。まずはこの流れを耳にするだけで、両者の共通点がはっきりと確認できるはず。

かと思えば、次のグラス作品「Tissues - Cello and piano version - No. 2」は、いかにも彼らしいミニマリズムの極致。共通点を意識させながらも同時に時の流れの大きさを実感させてくれるため、ついつい引き込まれてしまいます。

しかも、ラフマニノフ → ラフマニノフ → ラフマニノフ → ラフマニノフ → グラス → ラフマニノフ → グラスという順序で続いていく以後の展開も、叙情的な曲調で統一されているため、不思議なくらいに違和感を意識させません。ふたりの作風が、完全に共存できているのです。

その証拠に、最後まで無理なく聴き通すことができ、聴き終えたときには温かい充足感のようなものが心のなかに残ります。

演奏者に目を向けてみましょう。アンリ・ドマルケットは、フランス出身のチェロ奏者。13歳でパリ国立高等音楽院に入学し、ジャンドロン、フルニエ、トルトゥリエに師事。アメリカではシュタルケルに師事し、17歳にしてリサイタル・デビューしたという人物です。現代音楽にも造詣が深いため、本作は彼の主導でつくられたものだろうと思われます。

一方のヴァネッサ・ベネッリ・モーゼルは、イタリア生まれのピアニスト。3歳でピアノを始め、7歳でイモラ音楽院に入学。11歳でパスカル・ロジェと競演し、ニューヨーク・デビューを飾った才女。2017年にはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を披露したアルバムもリリースしているので、ラフマニニフ作品はお手のものといった印象。

考えようによっては、水準以上の基礎体力を備えたこのふたりだからこそ、ラフマニノフとグラスを無理なく共存させることができたのかもしれません。

知識なしでも、生活を阻害しないBGMとしてきっと楽しめる作品。ぜひチェックしてみてください。



◆今週の「ルール無用のクラシック」


『Echoes』
/ Henri Demarquette, Vanessa Benelli Mosell





印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」