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【1/23更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2018/01/23
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による連載「印南敦史のルール無用のクラシック」。
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声の力と存在感で、リスナーをぐいぐい引き込む才女によるグラミー・ノミネート作品

あれは2015年のことなので、かれこれ3年前なのですが、ものすごいコンサート動画を見たことがあります。サー・サイモン・ラトル指揮、ロンドン交響楽団による、ジョルジ・リゲティの『Mysteries of the Macabre』。オペラ『Le Grand Macable』のなかから、アリアをコンサート用に抜き出したもの。

なにに驚かされたかって、その演出です。というのも演奏が始まろうというとき、ステージにミニスカート姿の女子高生(に見える人)がチューインガムを噛みながら登場したのです。しかも、口から出したガムをラトルが受け取り、そこから演奏がはじまるという“ありえない”展開。

その時点で「なにこれ?」って感じだったのですが、演奏がスタートするや、そこから先は、その女の子(に見える人)の声の力にぐいぐいと引き込まれることになったのでした。歩調を合わせるラトルにしても、完全に取り込まれている印象です。

それが、バーバラ・ハニガンとの出会いでした。

その時点で僕は彼女のことを知らなかったのですが、わずか10分程度の映像からは、一瞬たりとも目を話すことができませんでした。そして、天才だと感じる以外にありませんでした。僕は天才という言葉を軽々しく使いたくないというヒネクレ者なのですが、それでも天才なんだから仕方がありませんね。

いまでもYouTubeに残っているので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。

リゲティをそんなかたちで歌い上げてみせたことからも想像がつくとおり、バーバラ・ハニガンは、現代音楽を中心軸に置くカナダ出身のソプラノ歌手(指揮もできちゃう才女です)。ちなみに1971年生まれだそうなので、ラトルの前で女子高生を演じた2015年にはすでに44歳だったことになります。まったく違和感なかったけどね。

なにはともあれ、そんな経緯で僕は彼女の名前を気にするようになったわけです。そして、作品をひとつひとつ聴いてみると、どれも非常におもしろい。

ポール・グリフィスの同名小説をモチーフにした、バイエルン放送交響楽団との2016年作『Let Me Tell You』、ラインベルト・デ・レーウとの共作というかたちでエリック・サティ作品を取り上げた同年の『Erik Satie: Socrate』など、作品ごとに異なったアプローチを試みており、それぞれがとても興味深い仕上がりになっているのです。

端的にいえば、声による表現をさまざまな角度から実践している人物だということ。

ところで声の可能性に執着した女性といえば、思い出すのはECMレーベルに多くの秀作を残しているヴォーカル・パフォーマーのメレディス・モンクです。僕は全作品を集めているほどのモンク・ファンなのですが、モンクとはまた違う表現を実践するハニガンにも大きく共感できるものがあります。

彼女の場合、ベースであるクラシックに置いた軸足を守り、そこからできることを最大限に実践しているようなイメージがあるからです。ある意味で、なんでもあり。ある意味で、とても真摯。つまり、ハチャメチャに見えて、とても真面目な人なんだろうなと思います。

だからこそ、昨年初秋にリリースされたルートヴィヒ管弦楽団との新作『Crazy Girl Crazy』にも大きく共感したのです。

なにせ、このタイトルで、このアルバム・ジャケットですぜ。驚いて見上げるおっさんたちを尻目に、テーブルの上で歌い踊るというヴィジュアルは、LPレコード・サイズで見てみたい気がするなー。

今回モチーフにしているのは、現代音楽作曲家の作品。それらを通じて女性の猛烈さを表現しているそうなのですが、その試みが成功していることは、冒頭、イタリアの作曲家であるルチアーノ・ベリオの声楽曲「Sequenza III」を耳にした時点ではっきりと確認できます。

現代音楽を聴き慣れない人はビックリしちゃうかもしれませんけれど、この突き抜け具合はすごい。有無を言わさぬ説得力があるのです。

続いて登場する「Lulu Suite」では基本的に指揮者としての立場に徹しており、その歌声は適所にのみ配置されます。だからこそバランスが保たれており、その結果としてリスナーは不思議な安堵感に包まれることになる。そこまで見越した冷静な構成力、プロデュース能力には感心せざるを得ません。

そして13分を超えるガーシュインの「Gairl Crazy Suite」は、アルバムのラストを飾るにふさわしいキャッチーな楽曲。とてもわかりやすいので、オープニングの「Sequenza III」とのギャップに戸惑ってしまうかもしれません。でも、きっと、そこまで見越して彼女はこの作品を構成しているのだと思います。

まったく関係ないのですが、そんな感じでリスナーを(いい意味で)弄ぶ本作を聴いていたら、ブッダ・ブランドという国内屈指のヒップホップ・グループが残した名曲「人間発電所」を思い出してしまいました。

この曲にはCQというラッパーによる「普通がなんだか気づけよ人間」という一節が登場するのですが、それって、このアルバムにも言えることなのではないかと感じたわけです。

“普通”とは、大多数による数の力によって成立する、そういう意味では限りなく主観的なものの見方。しかし、それが必ずしも真実であるとは限らないわけです。そういう意味で、彼女のやっていることは理にかなっている。だから、僕はその音楽を強く支持したいのです。

そういえばこのアルバム、2018グラミー賞のクラシック部門にノミネートされているようですね。グラミー選考委員の審美眼、さすがです。



◆今週の「ルール無用のクラシック」







印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。新刊は、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)。他にもベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」