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川田知子によるバッハ『無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ』に、いよいよ完結編が登場!

2018/01/25
ソリストとしての活動のほか、幅広いフィールドでの活動でも知られるヴァイオリニストの川田知子さん。円熟味を増す中、川田さんが昨年に挑んだ注目作がバッハの『無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ』でしたが、これに続く完結編が堂々完成。e-onkyo musicでは前作に続いて、その魅力を余すところなく伝えるハイレゾでお届けします。いかにしてこの難曲に挑戦し、またそれはどのようにレコーディングされたのか。川田知子さん、そして、本作の録音を手掛けたマイスターミュージックの平井義也さんにあらためてお話を伺いました。

取材・文◎原 典子 撮影(取材時)◎山本 昇


『J.S. バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ BWV1004 - 1006』
/ 川田知子




 ヴァイオリニストにとっての“聖典”とも言われるバッハの『無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ』。「この作品と向き合うことは、自分と向き合うこと。自分のすべてをさらけ出さないと弾けない」と語る川田知子は、デビュー25周年を迎えた2017年に全曲を録音、同年7月に前半3曲(ソナタ第1番、パルティータ第1番、ソナタ第2番)を収めたアルバムを発表した。そして今年1月に後半3曲(パルティータ第2番、ソナタ第3番、パルティータ第3番)を収めた完結編がリリースされる。
 ソリストとしてだけでなく、室内楽奏者、コンサート・ミストレス、指導者として幅広く活躍している川田が、一度すべてをリセットして土台から築き上げたバッハ。その音楽はこれまでとはまったく異なる面持ちを見せながらも、音楽に対する真摯な姿勢は彼女の本質そのものでもあり。まさに満を持して録音された今作について、マイスターミュージックの平井義也氏も交えてお話を伺った。



――バッハの『無伴奏』を録音するには、相当な覚悟が必要かと思います。いつ頃から準備を始めたのですか?

川田 平井さんからは、以前にも「録音しませんか?」とご提案いただいたのですが、2回ともお断りしていました。「まだまだ、とても無理です!」って。けれど一昨年の秋に「そろそろどうですか?」と言っていただいたとき、たまたま少しまとまった時間ができたこともあり、今回は3度目の正直で「やります」とお引き受けしたんです。

――2016年の秋にオファーを受けて、翌年3月に録音ですから、けっこう短期間ですね。

川田 ええ、まず土台から作り直さなくてはならなかったので、本当に大変でした。巧い奏者がたくさん出てきている中で、自分がバッハの『無伴奏』を録音する意味はなにか。それに今の時代、もうバロック奏法を無視するわけにはいきませんよね。ですから、往年の巨匠のような演奏を踏襲するわけにもいかず、かといってバリバリのバロックでもなく……自分はどこに立ち位置を持っていけばよいのだろうと、もう一度悩み直して、「これでよかったかしら?」と試行錯誤しながら作っていきました。

――それで行き着いたのが、モダン楽器(現代の楽器)での演奏に、バロック奏法のエッセンスを取り入れるというスタイルだったと。

川田 私はモダンの奏者ですし、バロック・ヴァイオリンを演奏したこともないのですが、文献を調べたりバッハの自筆譜に向き合ったりしながら、自分が理想とするバロックらしい音色や奏法を追い求めてきました。モダンだけでもない、かといってバロックだけでもない。「両方あり」が今の時点での自分にとっての正解なのではないかと。とはいえ、怖いですよね。これを聴いた人が、一体どんなふうに受け止めるのだろうって。たった一人でゴオオオーーーっと暴風雨が吹きつける嵐の中に立っているような気分でした。

――けれど、その暴風雨って、じつは「仮想敵」なのでは? 実際の聴衆の反応ではなく、川田さんが作り出した、ご自身への厳しい批判眼というか。

川田 おっしゃる通り!  結局は自分とどれだけ向き合えるか、なんですよね。奏法だなんだとスタイルを変えて「器」を整えても、いちばん大切なのは、そこに自分の音楽、自分の言葉や魂を入れることですから。「How to」とか「Way of」とかいった方法論は、ときとして人の行動を制限します。それにとらわれすぎると、音楽がどんどん小さくなってしまう。そんなとき、いろいろなヴァイオリニストが弾いたバッハの『無伴奏』のアルバムを聴くと、とても勇気づけられるんです。

――「ほかの人の演奏を聴くと自信が揺らぐ」とおっしゃる方もいますが。

川田 もちろんグラグラもするのですが、それ以上に、誰のアルバムを聴いても素晴らしいんですよ。イザベル・ファウスト、ギドン・クレーメル、堀米ゆず子さん、藤原浜雄さん……たくさん聴きましたが、すべてに感銘を受けました。なぜなら、この作品って真剣に自分自身と向き合わなければ弾けないから。良くも悪くも、自分のすべてが赤裸々に露呈してしまうんです。たった一人で弾いているから、取り繕うことも、助けを求めることもできない。チョン・キョンファが復帰後に録音したアルバムからは、彼女の歩んできた人生と、魂の叫びが聞こえてくるようで本当にすごいです。「こう弾いちゃいけない」なんて、そんなこと言ってる場合じゃない。今まで自分がやってきたことを、ガシャーンとすべて打ち壊して、それでも前に進むしかないという気にさせてくれます。

『無伴奏』の録音やその後のコンサートでの手応えを語ってくれた川田知子さん



――昨年7月に前半の3曲を収めたアルバムがリリースされた後、手応えはありましたか?

川田 11月に京都の演奏会でバッハの『無伴奏』を数曲弾いてきたのですが、かつて経験したことのないような「宇宙的な静寂」というのでしょうか、お客さんの「気」がふーっと集まってくるのが目に見えるような感覚をおぼえました。今まではバッハを弾いても、これだけの集中力を手にすることはできなかったわけです、私もお客さんも。そのときはじめて、「ああ、これでよかったんだな」と思いました。

――川田さんは2000年に『無伴奏』全曲演奏会に取り組んだ際、ヴォルフガング・マルシュナー氏に師事し、バロックのエッセンスを吸収したそうですね。

川田 マルシュナー先生はドレスデン出身の、いかにも旧東ドイツらしい厳格な方で、指導もとても怖かったのですが、バッハに関しての教えはとてもファンタジックで、示唆に富んだものでした。それ以外にも、矢部達哉さんたちとのジャパン・チェンバー・オーケストラや、中野振一郎さんのチェンバロとのデュオなどで、バロック音楽や奏法に取り組むたび、さまざまな「気づき」を得てきたように思います。じつは中野さんから「モダンじゃなくてバロックを弾きなや」と言われたこともあるのですが、「たぶん私は、ひとたびバロックに行ったら戻れない気がする」と思って、このままモダンで行くことにしたんです(笑)。

――それにしても今回の2枚のアルバム、一聴してすぐに音色と音の出し方が、今までの川田さんとはまったく違うことに驚きます。艶消しのストイックな演奏ながら、究極の美を内に秘めているような……。

川田 ありがとうございます。自分で納得する音を作るだけでも3ヶ月くらいかかりました。バロックらしい弾き方も、すぐにはできなくて……バッハばかり弾いていたら、体にはすっかり「バッハ筋」がついてしまい、バッハ以外の曲が弾けなくなってしまったという(笑)。これからの私の課題としては、「バッハ筋」と、モダンのレパートリーを弾くときの「ヴィルトゥオーゾ筋」の両方をハイブリッドで使い分けられるようにしなくてはと思います。

――録音に使われたのはスティール弦というのも、にわかには信じがたいです。

川田 ちょっとバロックっぽいでしょ? でもこれ、どこにでも売っている安価なスティール弦なんです。ガット弦も含め、ありとあらゆる弦を試して「これだ!」とピンときたのが、デビュー当時に弾いていた楽器に張っていたのと同じスティール弦でした。それを今使っている楽器に張ったのですが、パーッと明るい感じではなく、グァルネリウスならではの、少し鈍色がかった音色が私の好みです。

――そんな繊細なヴァイオリンの音色を見事に捉えた録音も特筆すべきものですね。ここで、レコーディングについて平井さんにお話を伺いたいと思います。平井さんはドイツの国家資格「トーンマイスター」を日本人としてはじめて取得されたことでも知られるプロフェッショナル中のプロフェッショナルですが、使用されているマイクも大変貴重なものだとお伺いしています。

平井 マイスターミュージックのアルバムは、基本的にすべてワンポイント録音で、演奏者から5~6m離れたところに2本の大きなマイクロフォンを立ててレコーディングします。使用しているのは、スウェーデン人のデットリック・デ・ゲアールによるハンドメイドの真空管マイクで、世界で十数組しかありません。このマイクロフォンは、ある限られた場所で採掘される特殊な「銅」を使用しており、ゲアールはその銅の安定供給のため、その銅山を一山買い取ったと関係者から聞いております。それほど情熱を注いで音楽専門に制作されたこのマイクロフォンは、通常のマイクの収録周波数帯域が20 Hz~2万Hzという性能であるのに対し、実に8Hzから20万Hzと、優にハイレゾ帯域をカヴァーするスペックを誇っています。このマイクロフォンだからこそ、音楽だけでなく、音楽が鳴っている空間、ホールの響き、その中に含まれる倍音成分などを、余すところなく収録することができるのです。

今回の録音でも使用された手作りの真空管マイク(写真提供:マイスターミュージック)



――まさにシンプル・イズ・ベストといった録音方法ですね。

平井 人間は耳が2つしかないので、マイクも2本(笑)。複数のマイクをミキシングするのではないので、音像の定位や距離感などが優れています。

――録音を行なった千葉県南総文化ホールの響きは、いかがでしたか?

平井 房総半島の先の方、館山市にあるホールなのですが、都心のようにすぐそばを電車が通っていたり、大きなビルの中にホールがあったりするわけではなく、非常に静かな環境の中に建っているので、暗騒音が非常に少なくS/N比が高く取れます。周りが静かだとよりいっそう音楽に集中でき、音の粒立ちが良くなります。川田さんも、ご自身で弾いている音と、ホールで鳴っている響きとが一体となって感じられたようで、とても納得していらっしゃいました。

川田 あのホールの響きは良かったですね。とても弾きやすかったです。

日本人初の“トーンマイスター”としても知られるマイスターミュージックの平井義也さん



――ハイレゾで聴くと、そういった響きを、よりいっそう豊かに味わうことができます。

平井 「シャコンヌ」一つを取っても、さまざまなメロディとハーモニーが出てきて、そこにはたくさんの倍音成分が含まれています。我々はCDのマスタリングとは別に、ハイレゾ専用のマスタリングもしており、ハイレゾでは倍音がうまく出ている箇所を聴き取りやすいようにマスタリングしています。ですから演奏会で生の演奏を聴くのと同じぐらい、あるいはそれ以上に臨場感のあるサウンドを楽しめるのではないでしょうか。

――川田さんはデビュー25周年を経て、今年が新たなスタートの年となりますね。

川田 25周年というのも、じつは人から言われるまですっかり忘れていたのですが(笑)、今振り返ってみると、偶然とはいえこのタイミングでバッハの『無伴奏』を録音することができたのは、私にとってこれ以上なく幸運なことでした。それまでは、あらゆる仕事を全部「できる、できる」と引き受けて、心と身体がついて行けず、バランスを崩したりすることもあったのですが、このバッハだけに集中する時間を持てたことによって、まるで禊をしたかのように覚醒しましたね。

――では最後に、『無伴奏』の後半3曲を収めたアルバムの聴きどころを。

川田 いよいよ後半は、有名な「シャコンヌ」(パルティータ第2番の終曲)が入っていますね。それからソナタ第3番の「フーガ」(第2楽章)もめちゃくちゃ長くて難しい。「シャコンヌ」は、これまでも単体で弾く機会が何度もありましたが、このフーガは本当に苦労しました。でもね、これけっこういいと思いますよ、自分では納得してます。とにかくこの『無伴奏』には、私の人生そのものが入っていますから、人の人生を見るのもときには楽しいということで、ぜひ何度でも、昨年の前半と併せてお聴きいただけましたら幸いです。





『J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ BWV1001-1003』
/ 川田知子




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