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【12/21更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2017/12/21
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」がスタート!
◆バックナンバー
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【12/8更新】 はじめまして。


さて、いよいよ今年も終わりです。毎年感じることですが、1年って本当にあっという間にすぎちゃいますよね。そしてこの時期になると決まって、「なにかをやり残したような気がする」と感じたりもするんだよなぁ。われながら、進歩がないとしか言えません。

それはともかく、せっかくの年末。1年を締めくくるタイミングなのですから、どうせなら目いっぱい楽しみたいものです。

でね、「年末」で「クラシック」とくれば、これはもうベートーヴェンの「第九」(交響曲第9番 ニ短調 作品125<合唱>)ということになるじゃないですか。ところがこう書くと、必ずツッコミを入れる人がいるんですよね。

「年末に『第九』で盛り上がってんのって、日本人だけだよね」って。

たしかに、年末に「第九」でここまで盛り上がれるのは日本人だけかもしれません。でも、別にいいじゃないですか。それで年の暮れを実感できるのであれば、充分に意味のあることだと僕は思います。

なお、ディスる人のなかには、「年末に『第九』で盛り上がる“根拠”がない」とおっしゃる方もいらっしゃいます。ところが残念なことに、根拠はあるんですねぇ。

そもそも、初めて年末に「第九」が演奏されたのは、ドイツのライプツィヒです。第一次世界大戦が終わった1918年末、平和を願う気運が高まって演奏されたのでした。しかも「大晦日に『第九』を」というアイデアは、その後もドイツの名門オーケストラ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団によって引き継がれていきます。

ちなみに日本でその習慣が根づいたのは、第二次世界大戦が終わった2年後の1947年。ライプツィヒから30年近くあとのことです。日本交響楽団(現NHK交響楽団)が開催した「第九コンサート」が成功し、そこから「第九」を年末に聴こうという風潮ができたのですが、いずれにしても「年末に『第九』で盛り上がっているのは日本人だけ」という主張には根拠がないことがわかります。

しかし、そんなことはどうでもよくて、早い話が楽しんだモン勝ち。「年末の『第九』」を笑いたいという人は放っておいて、われわれは楽しんでしまおうじゃないですか。

というわけで前置きが長くなりましたが(ホントにね)、今回はせっかくなので、ハイレゾで3種類の「第九」を聴きくらべてみることにしました。

というのもクラシックって、同じ曲でも指揮者によって大きな違いが出るものなのです。ダンス・ミュージックでいえば、指揮者はプロデューサーやリミキサーみたいなもの。つまり、それぞれの“違い”が明確に反映されるわけで、それがクラシックのおもしろさだということ。

コアなクラシック・ファンからは「そんなの当然の話だろ」と突っ込まれるかもしれませんが、知らない人がいても全然おかしくないので、あえて書いておきました。ってことで、さっそく聴きくらべてみることにしましょう。

まず最初は、なんといってもヴィルヘルム・フルトヴェングラーから。ドイツが生んだ巨匠中の巨匠です。20世紀を代表する名指揮者であるだけに、彼が指揮した「第九」は数多いのですが、個人的に好きなのは1951年のバイロイト祝祭劇場での演奏を収録した『ベートーヴェン:交響曲第9番『合唱』(1951)です。

重厚で説得力に満ちた演奏は、さすがのひとこと。60数年前の作品ですから音質は時代を感じさせますが、それもまた味。聴けば聴くほど思いが伝わってくるかのような、素晴らしい作品だと思います。

フルトヴェングラーといえば、彼に次いで1955年にベルリン・フィルの首席指揮者となったヘルベルト・フォン・カラヤンの演奏も無視するわけにはいかないでしょう。

カラヤンとベルリン・フィルの「第九」といえば、僕がいちばん好きなのは、1979年10月21日に杉並区の普門館で行った公演を収録した『KARAJAN FUMONKAN LIVE 1979』です。しかし残念ながらこれは(CD化はされたものの)現時点ではハイレゾになっていません。

ですからレコード会社の人にはぜひがんばっていただきたいのですが、そんなわけで今回は、『ベートーヴェン:交響曲大全集』を聴いてみることにしましょう。

ここに収録された「第九」もいいんですよ。1961年から翌62年の録音なのですが(「第九」は62年11月の録音)、いま聴いても当時のカラヤンが絶頂期にあったことが手に取るようにわかります。

フルトヴェングラーの意思を引き継ぎつつ、そこに若い感性を加えたようなみずみずしさがあるのです。ハイレゾで聴くと、50数年前とは思えないほど音質もクリアですね。

さて、王道が2人続いたので、若手にも焦点を当てておきましょう。いきなり時代が飛びますが、イタリアの指揮者、アンドレア・バッティストーニと東京フィルハーモニー交響楽団による「第九」がとてもイケてるのです。

彼は1987年生まれですから、2015年12月20日 に渋谷のBunkamura オーチャードホールでこれを指揮したときは28歳だったことになります(何月生まれなのかは不明ですが)。

で、演奏が、まさに勢いづく若者の勢いをそのまま音に表したかのような感じ。その印象をひとことで表現するなら、「速!」です。

もちろん僕は、現存するすべての「第九」を聴いてきたわけではありません。が、そんな僕ですら、「速いなぁ、こりゃ」と思わずニヤけてしまうほど。

しかも素晴らしいのは、ただ速いだけでなく、実はきっちり作り込まれていることがわかる点です。最先端の建築物のように、緻密で洗練されている。そうしたサウンドを生み出すためには、これだけの速さが必要だったのだろうなということがはっきりわかるのです。そんなこともあって、この年末にいちばん聴いている「第九」はこれです。

さてさて、今回は3枚の「第九」を聴きくらべてみましたが、これだけでもはっきりと指揮者ごとの個性がわかると思います。同じ「第九」であっても、テンポ、音圧、情感などがまったく異なるということ。ぶっちゃけ、フルトヴェングラーのそれとバッティストーニのそれとでは、まったく違う曲のようでもあります。

だからこそ、興味のあるリミキサーのリミックス・ヴァージョンをチェックするような感じで、いろいろな指揮者の「第九」を聴きくらべてみてほしいのです(いや、「第九」に限らずね)。

そうすれば、きっといろいろな発見があるはずですから。



◆今週の「ルール無用のクラシック」







印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」