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【12/15更新】 印南敦史のルール無用のクラシック

2017/12/15
タイトル通り、ロック好きでもJ-POPファンでも楽しめるクラシック音楽を紹介する、ジャンル不問のクラシック・レヴュー。月間50本以上の書評を執筆する書評家であり、ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』の作家としても知られ、更にヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の音楽評論家としての顔を持つ印南敦史による新連載「印南敦史のルール無用のクラシック」がスタート!
◆バックナンバー
【12/8更新】 はじめまして。


マリンバという楽器に注目したことはあるでしょうか?

恥ずかしながら、僕はそれを単体の楽器として意識したことがほとんどありませんでした。ぶっちゃけ、「木琴の大きなやつだよね?」という程度の認識しかなかったのです。

少なくとも、加藤訓子という奏者のことを知るまでは。でも彼女の作品を聴き込んでいくに従い、マリンバに対するイメージは大きく変わっていきました。

初めて聴いたのは、2011年にリリースされた『kuniko plays reich』というアルバムでした。イギリスの名門レーベル、Linn Recordsから発売されたその作品は、とにかく衝撃的と表現するしかありませんでした。

僕は文章を書く仕事をしているので、「衝撃的」という言葉を使えば、なんとなく説得力っぽいものが生まれるという、いやらしいギミックも熟知しています。しかし、そういうこととは話が別。彼女の音楽から受けた印象を言葉に置き換えるとしたら、やはり「衝撃的」だったとしか言えないのです。

なぜってそのアルバムでは、ミニマル・ミュージックの巨匠であるスティーヴ・ライヒの楽曲を打楽器用にアレンジし、演奏していたから。まず、その発想が突き抜けていると感じました。

そして実際に聴いてみた結果、それがとても画期的な試みであったことがよくわかりました。端的に言えば、ミニマル・ミュージックの構造とマリンバの音質には、とても親和性があるのです。

しかも、「衝撃」がそれだけで終わることはありませんでした。2013年にLinn Recordsからの第2作としてリリースされた『CANTUS』では、同じくミニマル・ミュージックの巨匠であるエストニアの作曲家、アルヴォ・ペルトの楽曲を取り上げてみせたからです。

とはいえライヒ・ショックを体験したあとでしたから、これはある意味で予想できたことでもあります。が、ニュース性がどうということはともかく、これも素晴らしい作品だったことに変わりはありません。

でね、思わず笑っちゃったんですけど(もちろん最大限の褒め言葉)、2015年作『IX』では、現代音楽を語る上では決して無視できない重鎮であるヤニス・クセナキスにも手を出してくれたんです。そこで取り上げられていたのは、室内楽曲「プレイアデス」とソロ打楽器作品「ルボン」。当然ながらここでも、クセナキス作品を独自の解釈で再現していました。

というわけで、作品がリリースされるたびに驚きの連続。かくして彼女の名前は、ミニマル・ミュージック〜現代音楽の系譜をていねいに、しかも誰にも真似できない手法によって表現できる重要人物として僕の脳裏に深く刻まれることになったのでした。

が、ここにきてまたもや「衝撃」が。2017年の春に、Linn Recordsからの第4弾作品がリリースされたのですが、これがまた予想をはるかに上回った内容だったのです。いやホント、まさかこう来るとは。

これまでの経緯を考えると、当然のことながらミニマル系作家の作品を取り上げるのだろうなと予測していたのですが、読みは外れました。というのも、今回のモチーフは、まさかのバッハだったのです。アルバム・タイトルは、『J.S. Bach: Solo Works for Marimba』。

数あるソロ作品のなかからチョイスされたのは、「平均律クラヴィーア曲集第1巻~前奏曲ハ長調 BWV.846」、「無伴奏チェロ組曲」第1、3、5番、「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」。

どれも、多くの人が耳にしたことがあるに違いない楽曲ばかりです。しかし、マリンバのために編曲され、演奏されたそれらは、新鮮で暖かいインパクトを与えてくれます。

以前、バッハについて彼女が「究極のミニマリズム」だと話しているのをどこかで読んだおぼえがあります。そのとき、とても共感しました。僕の場合はちょっと違った視点で、バッハの音楽を、ハウスのようなダンス・ミュージックに通じるものがあると感じていたからです。

「ミニマルとハウスは違うじゃん」と思われるかもしれませんが、“リフレイン”、すなわち連続性を備えているという点において、両者には小さな、しかし強靭な共通点があるように思えるからです。

そして今作を聴くと、そうした捉え方があながち的外れではなかったという気がします。マリンバによってここで表現されているのは、文字どおり「究極のミニマル」であり、その連続性は間違いなくダンス・ミュージックにもつながるエッセンスがあるから。

なにより、理屈以前に心地よい点が最大のポイント。オープニングの「平均律クラヴィーア」が始まった時点で、静かな森の中にいるような爽快感に包まれます。そして、その心地よさは「無伴奏チェロ組曲」へと引き継がれていきます。

「無伴奏ヴァイオリン・ソナタ」をマリンバで再現するという試みにも、まったく違和感はありません。しかも、実はものすごいことをやっているのに、知識などがなかったとしてもすっと受け入れられるような親しみやすさがあるのです。

いいかえれば、「ミニマル? 現代音楽? 全然わからない」という人でも、無理なく楽しめる作風。日常のBGMとしても有効ですし、聴き込めば聴き込むほど、その奥深さも理解できるでしょう。

そして、エストニアの教会でレコーディングされたというそのサウンドにはとても立体感があり、まさにハイレゾ向き。まるで目の前で演奏しているかのような、くっきりとした音像が浮かび上がります。ぜひチェックしてみてください。きっと気に入ると思いますよ。





◆今週の「ルール無用のクラシック」







印南敦史 プロフィール

印南敦史(いんなみ・あつし)
東京出身。作家、書評家、音楽評論家。各種メディアに、月間50本以上の書評を執筆。ベストセラー『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)をはじめ著書多数。音楽評論家としては、ヒップホップなどのブラック・ミュージックからクラシックまでを幅広くフォローする異色の存在。

ブログ「印南敦史の、おもに立ち食いそば」